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本丸エリアの緊張感から一転、二の丸エリアは庭園・茶屋・門・坂道がまとまった、皇居東御苑の中でも落ち着いた景観を楽しめるエリアです。現在の二の丸庭園は、昭和43年(1968)の皇居東御苑公開にあたり、18世紀半ば頃の庭園の絵図を参考に造られた回遊庭園です。
また、平川門は奥女中の通用門として「お局門」、城内の死者や罪人などを外へ出す門として「不浄門」とも呼ばれた場所です。汐見坂では、かつて日比谷の入り江を望めたと伝わる坂道の地形と、白鳥濠に沿った江戸城の石垣景観を楽しめます。
二の丸エリア
平川橋・平川門から入り、諏訪の茶屋・二の丸庭園を経て汐見坂へ——本丸の防衛線とは異なる、江戸城の庭園美と出入口の歴史を感じられるエリアです。
平川橋
慶長の記憶を伝える木橋——平川門へ向かう二の丸エリアの入口
平川橋(ひらかわばし)は、平川濠に架かる木橋で、一ツ橋一丁目側から皇居東御苑の平川門へ向かう入口にあたります。初めて橋が架けられたのは慶長19年(1614)とされ、現在の橋は昭和63年(1988)3月31日に改架されたものです。台湾ひのき材を用いた木橋で、橋脚と橋台は石造り、脚桁には鉄骨が用いられています。
欄干の擬宝珠は、もともと二重橋に備え付けられていたものが、明治20年(1887)の二重橋架け替えの際に平川橋へ移されたと伝えられています。橋を渡るとすぐに平川門へ続くため、江戸城の門へ入っていく動線を体感できるスポットです。
📜 史跡データ詳細
| 初架年 | 慶長19年(1614)とされています。 |
|---|---|
| 現橋改架年 | 昭和63年(1988)3月31日 |
| 構造・特徴 | 台湾ひのき材を用いた木橋。橋脚・橋台は石造り、脚桁は鉄骨。長さ29.7m、幅7.82m。 |
| 擬宝珠 | もとは二重橋にあったものが、明治20年(1887)の橋の架け替え時に平川橋へ移されたと伝えられています。 |
| 現存状況 | 現在の橋は昭和63年改架の木橋です。 |
| 文化財指定 | 特別史跡「江戸城跡」の範囲に含まれる遺構周辺です。橋単体の指定有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 木橋の姿:平川濠に架かる木橋の姿は、石垣や濠の景観とよく調和しています。
- 擬宝珠の来歴:二重橋から移されたと伝わる擬宝珠に注目すると、江戸城の橋がたどった歴史を感じられます。
- 平川門への動線:橋を渡って門へ向かう流れを歩くと、江戸城の入口としての構造を体感できます。
📌 トリビア
- 二重橋から転用された擬宝珠:明治20年(1887)に二重橋が架け替えられた際、旧橋の擬宝珠が平川橋に移されたと伝えられています。
- 平川門と一体の入口:平川橋は、平川門前に架かる橋です。橋だけでなく門・枡形・濠を一体で見ると、江戸城の入口としての意味がわかります。
地図を開くと、北桔橋門から平川橋までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:平川橋
平川門
奥女中と御三卿が通った門——「お局門」と「不浄門」の二つの顔
平川門(ひらかわもん)は、江戸城三の丸の正門とされ、本丸大奥に通じる奥女中の通用門だったことから「お局門」とも呼ばれました。また、田安・一橋・清水の御三卿の登城口としても使われた、格式ある門です。
一方で、城内の死者や罪人などを外へ出す際に用いられたことから「不浄門」ともいわれます。表向きの格式と、城内の禁忌を外へ出す役割が重なった、江戸城の空間秩序を伝える門です。
📜 史跡データ詳細
| 築造・整備 | 千代田区観光協会では、元和6年(1620)に仙台藩主伊達政宗ほか複数の大名によってつくられた江戸城三の丸の正門と案内されています。 |
|---|---|
| 構造・特徴 | 門・枡形が残る江戸城の内郭門です。平川濠側へ伸びる帯曲輪にも注目できます。 |
| 現存状況 | 現在も皇居東御苑の出入口として利用されています。 |
| 別称 | お局門(奥女中の通用門)、不浄門(城内の死者・罪人などを外へ出す門) |
| 文化財指定 | 特別史跡「江戸城跡」の範囲に含まれる遺構です。個別建造物としての指定有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 枡形の構造:橋を渡って門へ入ると、直線では進めない枡形構造を体感できます。敵を足止めする城門の仕組みを実感できるポイントです。
- 帯曲輪(おびくるわ):平川濠に伸びる細長い敷地で、江戸城の防御線の一部として見ると構造の面白さが増します。
- 平川橋との一体感:橋から門へ進む動線を歩くと、登城口としての平川門の役割を想像しやすくなります。
📌 トリビア
- 「不浄門」の由来:城内での死者や罪人などを外へ出す際に使われたことから、「不浄門」とも呼ばれました。
- 御三卿の登城口:田安・一橋・清水の御三卿の登城口としても使われたとされ、単なる裏口ではない格式を持っていました。
- 現在も使われる入口:現在は皇居東御苑の出入口として機能しており、竹橋駅方面からの来園に便利です。
地図を開くと、平川橋から平川門までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:平川門
諏訪の茶屋
吹上御苑から移された茶屋——二の丸庭園に佇む明治時代の数寄屋建築
諏訪の茶屋は、もともと明治天皇のご指示を受けて、皇居の西側にある吹上御苑に明治45年(1912)に建てられた茶屋です。皇居東御苑の整備にあたり、現在の二の丸庭園の場所へ移されました。
「諏訪」の名は、もとの場所に諏訪の神を祀る諏訪社があったと伝えられることに由来します。内部は通常非公開ですが、明治時代の数寄屋建築として優雅な外観を持ち、二の丸庭園の景観を引き締める存在です。
📜 史跡データ詳細
| 建築年 | 明治45年(1912) |
|---|---|
| 旧所在地 | 皇居西側の吹上御苑 |
| 移築 | 皇居東御苑の整備にあたり、現在の場所へ移されました。 |
| 構造・特徴 | 明治時代の数寄屋建築。外観のみ見学できます。 |
| 現存状況 | 現存 |
| 文化財指定 | 特別史跡「江戸城跡」の範囲内にある建物です。個別建造物としての指定有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 数寄屋建築の外観:柱・庇・屋根の比例が整った数寄屋建築の美しさを、庭園の緑を背景に観察できます。
- 庭園との一体感:茶屋単体ではなく、池・植栽・石組みとあわせて見ると、二の丸庭園の景観に奥行きが出ます。
- 四季の変化:春の新緑、初夏の花菖蒲、秋の紅葉など、季節によって周囲の表情が変わります。
📌 トリビア
- 吹上御苑から移築:現在の場所に最初から建っていたのではなく、皇居東御苑の整備に合わせて移された建物です。
- 名前の由来:もとの場所に諏訪社があったといわれ、諏訪の茶屋の名前もそのことに由来するとされています。
地図を開くと、平川門から諏訪の茶屋までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:諏訪の茶屋
二の丸庭園
18世紀半ば頃の絵図を参考に造られた回遊庭園——ヒレナガニシキゴイが泳ぐ二の丸の憩い
二の丸庭園は、江戸時代に御殿や庭園が設けられていた二の丸地区に整備された回遊庭園です。江戸時代の建物はたびたびの火災で焼失し、明治以降は荒廃しましたが、現在の庭園は昭和43年(1968)の皇居東御苑公開にあたり、18世紀半ば頃の庭園の絵図を参考に造られました。
池には、上皇陛下のご発案により、インドネシアのヒレナガゴイと日本のニシキゴイを交配して生まれたヒレナガニシキゴイが泳いでいます。初夏には菖蒲田のハナショウブ、秋には紅葉も楽しめる、皇居東御苑の自然美が集まったエリアです。
📜 史跡データ詳細
| 現在の庭園 | 昭和43年(1968)の皇居東御苑公開にあたり、18世紀半ば頃の庭園の絵図を参考に造られた回遊庭園です。 |
|---|---|
| 江戸時代の状況 | 二の丸には御殿があり、庭園が設けられていた時期もありましたが、たびたびの火災で建物は焼失しました。 |
| 構造・特徴 | 池を中心に歩いて楽しめる回遊庭園。二の丸池、菖蒲田、周辺の植栽が見どころです。 |
| 現存状況 | 現存(昭和43年公開時に整備された庭園) |
| 特記事項 | 池には上皇陛下のご発案に由来するヒレナガニシキゴイが泳いでいます。菖蒲田では84品種のハナショウブが育てられています。 |
👀 見どころ
- ヒレナガニシキゴイ:上皇陛下のご発案により生まれた品種で、長い鰭や尾鰭をなびかせて泳ぐ姿が見どころです。
- 回遊庭園の構成:池の周囲を歩きながら、石組み・植栽・水面の変化を楽しめます。
- 菖蒲田:84品種のハナショウブが植えられており、5月末から6月中旬頃にかけて花を楽しめます。
- 紅葉(秋):秋は庭園全体が色づき、池の水面に映る紅葉が美しい景色を作ります。
📌 トリビア
- 昭和43年公開時の整備:現在の庭園は、皇居東御苑の一般公開にあわせて整備されたものです。江戸時代の二の丸庭園そのものが完全に残っているわけではありません。
- 二の丸池の生き物:二の丸池にはヒレナガニシキゴイのほか、コウホネ・ヒメコウホネ・アサザなどの水生植物も見られます。
地図を開くと、諏訪の茶屋から二の丸庭園までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:二の丸庭園
汐見坂
本丸と二の丸を結ぶ坂道——かつて海を望めたと伝わる歴史の坂
汐見坂(しおみざか)は、本丸と二の丸を結ぶ坂道です。江戸時代の早い時期には、この坂の近くまで日比谷の入り江が入り込み、現在の東京駅周辺の低地や、その先の東京湾方面を望めたと伝えられています。
坂の横には白鳥濠が広がり、石垣と水面をあわせて楽しめます。二の丸庭園から本丸方面へ戻る場合にも、本丸と二の丸の高低差や、江戸城内の地形を体感できるルートです。
📜 史跡データ詳細
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 構造・特徴 | 本丸と二の丸を結ぶ坂道。白鳥濠沿いの石垣景観を楽しめます。 |
| 名称の由来 | 江戸時代の早い時期に、ここから日比谷の入り江や東京湾方面を望めたことに由来するとされています。 |
| 現存状況 | 現存 |
| 文化財指定 | 特別史跡「江戸城跡」の範囲に含まれる遺構です。個別指定の有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 本丸と二の丸の高低差:坂道を歩くと、江戸城内の地形と防御構造を体感できます。
- 白鳥濠の景観:坂の横に広がる白鳥濠と石垣の組み合わせは、二の丸エリアらしい見どころです。
- 名前の由来を想像する:現在は海を望めませんが、かつて日比谷の入り江や東京湾方面が見えたと伝わる地形を想像しながら歩くと、江戸の地形変化が見えてきます。
📌 トリビア
- 日比谷の入り江:江戸時代の早い時期には、現在の東京駅周辺は低地で、その先に東京湾や佃島が見えたと伝えられています。
- 白鳥濠との位置関係:汐見坂を歩くと、二の丸庭園の穏やかな景観から本丸側の高台へ移る地形の変化を感じられます。
地図を開くと、二の丸庭園から汐見坂までの位置関係を確認できます。
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