- ① 大手門エリア
- ② 富士見櫓エリア
- ③ 本丸エリア
- ④ 二の丸エリア
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皇居東御苑の外周に広がる城外エリアには、江戸城の門・濠・神社・桜の名所が点在しています。なかでも必見は、桜田門、田安門、半蔵門、そして千鳥ヶ淵です。
桜田門は桜田門外の変の舞台として知られ、現在も大きな枡形門の構造をよく残す国指定重要文化財です。田安門・清水門も国指定重要文化財で、北の丸公園側に江戸城の城門構造を伝えています。一方、千鳥ヶ淵は春の桜とボートで知られる人気スポットで、江戸城の防衛と水源確保の歴史も感じられる場所です。
城外エリア
9つのスポットは皇居の西・南・北側に分散しています。すべてを一日で回るより、目的に合わせて「半蔵門・千鳥ヶ淵方面」「桜田門・桔梗門方面」「北の丸公園方面」に分けて歩くと、無理なく見学できます。
平河天満宮
銅鳥居が残る江戸の天満宮——学問・縁結び・撫で牛信仰が残る社
平河天満宮(ひらかわてんまんぐう)は、江戸三大天神のひとつとも称される天満宮で、学問の神・菅原道真公を祀ります。境内には銅鳥居、撫で牛、縁結びの梅などがあり、都心にありながら江戸以来の信仰の雰囲気を感じられる神社です。
特に注目したいのが、弘化元年(1844)12月に麹町周辺の人々によって奉納された銅鳥居です。平成6年(1994)4月1日に千代田区指定文化財に指定されており、石製の柱木に銅板を巻き付けた構造や、台座の獅子彫刻から、江戸後期の町人信仰と鋳造技術を読み取れます。
📜 史跡データ詳細
| 主祭神 | 菅原道真公 |
|---|---|
| 銅鳥居奉納 | 弘化元年(1844)12月。資料によっては天保15年(1844)と表記されることもあります。 |
| 文化財指定 | 銅鳥居が千代田区指定文化財(平成6年4月1日指定) |
| 境内の見どころ | 銅鳥居、撫で牛、縁結びの梅、狛犬、力石など。 |
| 構造・特徴 | 石製の柱木に銅板を巻き付けた鳥居。台座部分に獅子の彫刻があります。 |
| 見学状況 | 境内参拝可。行事等により状況が変わる場合があります。 |
👀 見どころ
- 銅鳥居:弘化元年(1844)に奉納された鳥居で、江戸後期の信仰と鋳造技術を伝える文化財です。
- 台座の獅子彫刻:鳥居の台座には獅子の彫刻が見られ、細部まで観察すると造形の面白さがあります。
- 撫で牛:天満宮らしい見どころとして、境内の撫で牛にも注目です。体の気になる部分を撫でる信仰が伝わります。
- 縁結びの梅:平河天満宮の名物のひとつ。学問だけでなく縁結びの社としても親しまれています。
📌 トリビア
- 戦災の痕跡:銅鳥居の柱木には、戦時中の空襲時の機銃掃射による損傷とされる部分も残り、近代史の痕跡も読み取れます。
- 町人信仰の証:麹町周辺の人々が奉納した鳥居で、江戸後期の地域信仰を示す資料でもあります。
地図を開くと、半蔵門駅(Z05)から平河天満宮までの位置関係を確認できます。
千鳥ヶ淵
水源確保のダムとして機能した濠——春は約230〜260本の桜が咲くボートの名所
千鳥ヶ淵(ちどりがふち)は、皇居北西部に位置する濠です。千代田区観光協会では、江戸開府当時に麹町方面から流れる小川をせき止め、水を確保するためのダムとして機能していたと紹介されています。
現在は全長約700メートルの千鳥ヶ淵緑道として整備され、春には桜のトンネルと濠の水面がつくる華やかな景色を楽しめます。桜の本数は公式案内でも約230本〜約260本と表記に幅がありますが、ソメイヨシノやオオシマザクラが咲く東京屈指の花見スポットであることは変わりません。区営の千鳥ヶ淵ボート場もあり、春には水面から桜を見上げる体験も人気です。また、第二次世界大戦の戦没者遺骨を収蔵する千鳥ヶ淵戦没者墓苑も隣接しています。
📜 史跡データ詳細
| 歴史的役割 | 江戸開府当時、水を確保するためのダムとして機能していたと紹介されています。 |
|---|---|
| 桜の本数 | 千鳥ヶ淵緑道に約230〜260本。公式案内により表記が異なる場合があります。 |
| 緑道の長さ | 約700メートル |
| ボート場 | 区営の千鳥ヶ淵ボート場があります。営業時間・休場日・料金は公式情報で要確認。 |
| 隣接施設 | 千鳥ヶ淵戦没者墓苑 |
| 名称の由来 | 濠の形が千鳥に似る説や、都鳥などが集まったことに由来する説など、複数の説があります。 |
| 見学状況 | 緑道散策は無料。ボート利用は有料です。 |
👀 見どころ
- 桜のトンネル(春):緑道沿いの桜が一斉に咲くと、濠に沿って桜のトンネルのような景観が広がります。例年3月下旬〜4月上旬が見ごろです。
- 千鳥ヶ淵ボート場:お濠でボートを漕ぎ、水面から桜を見上げる体験は格別です。営業状況は変わるため事前確認が安全です。
- 千鳥ヶ淵戦没者墓苑:近くには戦没者墓苑もあり、花見の華やかさとは異なる静かな祈りの空間があります。
- エゴノキ(初夏):緑道沿いでは、桜以外にも季節の花や新緑を楽しめます。
📌 トリビア
- ダムとしての役割:江戸城創成期には、水源を確保するために小川をせき止めた場所として説明されています。
- ボート利用時の注意:ボート場は休場日・営業時間・料金改定・利用区域制限などが変わる場合があります。訪問当日の公式情報を確認すると安心です。
🗺 住所
東京都千代田区九段南2丁目周辺
🚶 アクセス
東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅(Z05)」5番出口から徒歩約11分(約750m)
⏳ 見学目安
短時間:約15分 / じっくり:約30〜60分
💴 散策料
無料(ボートは有料)
地図を開くと、半蔵門駅(Z05)から千鳥ヶ淵緑道までの位置関係を確認できます。
半蔵門
服部半蔵ゆかりの名を伝える西側の門——甲州街道へ通じる江戸城の要衝
半蔵門(はんぞうもん)は、江戸城内郭門のひとつで、「こうじまち口」とも呼ばれ、四谷門とともに甲州街道の要衝でした。門名は、伊賀者の服部半蔵がこのあたりに配下とともに屋敷を拝領していたという説に由来します。
千代田区の説明では、門は元和6年(1620)に仙台藩主・伊達政宗ほか6名の東国大名によって築造されたとされています。明治4年(1871)に渡櫓門は撤去され、現在は高麗門だけが残り、皇室の皇居への通用門として使用されています。甲州街道へ通じる位置にあるため、非常時の退避路として語られることも多い門です。
📜 史跡データ詳細
| 築造 | 元和6年(1620)に伊達政宗ほか6名の東国大名により築造されたと説明されています。 |
|---|---|
| 別称 | こうじまち口 |
| 名称の由来 | 伊賀者の服部半蔵がこのあたりに屋敷を拝領していたという説があります。 |
| 現存状況 | 明治4年(1871)に渡櫓門は撤去され、現在は高麗門が残ります。 |
| 現在の利用 | 皇室の皇居への通用門として使用されています。一般の通行はできません。 |
👀 見どころ
- 高麗門と半蔵濠:現存する高麗門と半蔵濠をあわせて見ると、江戸城西側の守りの大きさが伝わります。
- 甲州街道との関係:半蔵門の外は甲州街道方面へ続きます。現代の道路とのつながりにも注目です。
- 服部半蔵の由来説:門名には服部半蔵ゆかりの説があり、江戸城と伊賀者の関係を想像できる場所です。
- 一般通行不可:現在は皇室の通用門として使用されており、外観からの見学が基本です。
📌 トリビア
- 象の山車に由来する異説:山王祭礼の象の山車が枡形門をくぐれず、半分だけしか入らなかったという説も伝えられています。
- 現在も生きる地名:半蔵門線や半蔵門駅の名前として、現在の東京の交通にも門名が残っています。
🗺 住所
東京都千代田区麹町一丁目1先
🚶 アクセス
東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅(Z05)」3b出口から徒歩約1分(約100m)
⏳ 見学目安
短時間:約5分 / じっくり:約10分
💴 見学料
外観見学無料
地図を開くと、半蔵門駅(Z05)から半蔵門までの位置関係を確認できます。
桜田門
桜田門外の変の舞台——現存最大級の枡形を残す江戸城外桜田門
桜田門(さくらだもん)は、江戸城外郭を守った門のひとつで、外桜田門とも呼ばれます。環境省は、寛永13年(1636)に修築され、大正12年(1923)の関東大震災で破損した後、鉄網土蔵造りに改修されたと説明しています。
桜田門は、高麗門と渡櫓門の間に枡形をもつ桝形城門です。現存する城門の中でも大きな枡形をよく残しているため、昭和36年(1961)6月に国の重要文化財に指定されています。幕末の桜田門外の変の舞台としても知られています。
📜 史跡データ詳細
| 修築 | 寛永13年(1636)に修築されたと説明されています。 |
|---|---|
| 構造・特徴 | 高麗門と渡櫓門からなる桝形城門。枡形は15間×21間と説明されています。 |
| 改修 | 関東大震災で破損し、その際に鉄網土蔵造りに改修されました。 |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和36年6月指定) |
| 歴史的事件 | 万延元年(1860)3月3日、桜田門外の変の舞台となりました。 |
👀 見どころ
- 大きな枡形:第一の門と第二の門の間に四角い広場を設ける、江戸城らしい防御構造を体感できます。
- 桜田門外の変の現場:門の外周辺が、幕末史を大きく動かした事件の舞台です。
- 皇居外苑の景観:濠・石垣・門を一体で見ると、江戸城外郭の規模が伝わります。
📌 トリビア
- 桜田門外の変:万延元年(1860)3月3日、大老・井伊直弼が水戸藩浪士らに襲撃されました。幕末政治の転換点として知られています。
- 外桜田門:桔梗門が「内桜田門」とも呼ばれるため、こちらは「外桜田門」と呼ばれます。
地図を開くと、桜田門駅(Y17)から桜田門までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:桜田門
御宿稲荷神社
家康が宿をとったという伝承を残す稲荷——「御宿」の名が示す関東移封の記憶
御宿稲荷神社(おんじゅくいなりじんじゃ)は、千代田区内神田にある稲荷社です。千代田区観光協会では、徳川家康が関東に移された時に宿をとった邸宅に祀られていた小祠を、家康の足留めの記念として「御宿稲荷神社」と称し、社地を与えたのが始まりと伝えられる、と紹介されています。
社殿は戦災で全焼しましたが、御神体は無事だったとされ、昭和31年(1956)に再建、現在の社殿は平成19年(2007)に新築されたものです。大きな境内ではありませんが、家康の関東移封にまつわる伝承を今に伝える場所です。
📜 史跡データ詳細
| 由緒 | 徳川家康が関東に移された時に宿をとった邸宅に祀られていた小祠に由来すると伝えられています。 |
|---|---|
| 戦災後 | 戦災で社殿は全焼しましたが、御神体は無事だったとされています。 |
| 再建・新築 | 昭和31年(1956)再建、平成19年(2007)現在の社殿を新築。 |
| 主なご利益 | 千代田区観光協会では防火防災と案内されています。 |
| 見学状況 | 参拝可。地域の小さな神社のため、静かに参拝しましょう。 |
👀 見どころ
- 「御宿」の社名:徳川家康が宿をとったという伝承を、社名そのものが今に伝えています。
- 内神田の小さな歴史スポット:周囲は都市化していますが、家康の関東入りにまつわる伝承を感じられる場所です。
📌 トリビア
- 家康の関東移封:天正18年(1590)の関東移封は、後の江戸整備につながる大きな転機でした。御宿稲荷神社は、その時代の記憶を伝える伝承地のひとつです。
🗺 住所
東京都千代田区内神田1-6-8
🚶 アクセス
JR「神田駅(JY02/JK27)」から徒歩約7分(約500m)/ 東京メトロ・都営「大手町駅(M18/T09/C11/Z08/I09)」A2出口から徒歩約4分
⏳ 見学目安
短時間:約5分 / じっくり:約15分
💴 参拝料
無料
地図を開くと、神田駅(JY02/JK27)・大手町駅(M18/T09/C11/Z08/I09)から御宿稲荷神社までの位置関係を確認できます。
桔梗門(内桜田門)
皇居一般参観の集合場所——桔梗濠・蛤濠とあわせて見る内桜田門
桔梗門(きっきょうもん)は、内桜田門とも呼ばれる門で、外桜田門である桜田門と対になる位置づけで語られます。現在は皇居一般参観の集合場所としても案内されており、皇居参観に参加する場合はこの門に集合します。
門名については、太田道灌の家紋とされる桔梗紋に由来する説などがあります。外からの見学では、桔梗濠・蛤濠周辺の石垣や、巽櫓との位置関係をあわせて見ると、江戸城内郭の雰囲気がつかみやすくなります。
📜 史跡データ詳細
| 別称 | 内桜田門 |
|---|---|
| 現在の利用 | 皇居一般参観の集合場所として案内されています。 |
| 名称の由来 | 太田道灌の家紋とされる桔梗紋に由来する説などがあります。 |
| 見学状況 | 外観見学可。皇居一般参観では集合場所として使われます。 |
| 文化財指定 | 特別史跡「江戸城跡」の範囲に含まれる遺構周辺です。個別指定の有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 皇居一般参観の入口:皇居参観では桔梗門に集合するため、現代の皇居見学とも関係の深い門です。
- 桔梗濠・蛤濠との景観:門だけでなく、濠と石垣をあわせて見ると内郭門らしい雰囲気が伝わります。
- 巽櫓との位置関係:桔梗門と巽櫓をあわせて見ると、皇居外苑側から見た江戸城の景観が引き締まります。
- 内桜田門の呼び名:外桜田門である桜田門と区別して、内桜田門とも呼ばれます。
📌 トリビア
- 桔梗紋の由来説:門名には複数の説がありますが、太田道灌の家紋とされる桔梗紋との関係が語られることがあります。
- 参観時の集合場所:皇居一般参観の案内では、桔梗門までの交通機関と所要時間が示されています。
地図を開くと、二重橋前駅(C10)から桔梗門までの位置関係を確認できます。
巽櫓
江戸城東南の守りを伝える二重櫓——桜田二重櫓とも呼ばれる現存櫓
巽櫓(たつみやぐら)は、江戸城の東南、つまり巽の方角を守った櫓で、桜田二重櫓とも呼ばれます。白壁と黒瓦のコントラストが美しく、皇居外苑側から桔梗門周辺とあわせて見られる江戸城の代表的な景観のひとつです。
江戸城にはかつて多くの櫓がありましたが、現在も江戸城時代の面影を伝える櫓は限られています。巽櫓は、富士見櫓・伏見櫓と並んで現存櫓として紹介されることが多く、外観から江戸城の防御施設としての姿を感じられます。桔梗門・二重橋方面とセットで見る景観も印象的で、皇居外苑側から江戸城の輪郭を感じやすいスポットです。
📜 史跡データ詳細
| 別称 | 桜田二重櫓、桜田巽櫓 |
|---|---|
| 位置 | 江戸城の東南、巽の方角に位置する櫓です。 |
| 構造・特徴 | 二重櫓。白壁と黒瓦の外観が特徴です。 |
| 現存状況 | 現存。外観を皇居外苑側から見学できます。 |
| 文化財指定 | 宮内庁所管の江戸城遺構です。個別建造物としての指定有無は公式情報で要確認。 |
👀 見どころ
- 二重櫓の外観:白壁と黒瓦の整った姿が、江戸城らしい重厚な景観をつくっています。
- 桔梗門・二重橋との組み合わせ:桔梗門や濠、二重橋方面とあわせて見ると、皇居外苑から見た江戸城の輪郭がつかみやすくなります。
- 狭間・石落とし:外観からは、城を守るための実戦的な工夫にも注目できます。
- 現存櫓としての価値:江戸城の櫓で現存するものは限られているため、外観だけでも見る価値があります。
📌 トリビア
- 「巽」の意味:巽は東南の方角を指す言葉です。城の方角と防御施設の名称が結びついています。
- 桜田二重櫓:桜田門・桔梗門周辺の景観とあわせて語られることが多い櫓です。
🗺 住所
東京都千代田区千代田1周辺
🚶 アクセス
桔梗門から徒歩約5分(約300m)/ 東京メトロ千代田線「二重橋前駅(C10)」から徒歩圏内
⏳ 見学目安
短時間:約5分 / じっくり:約15分
💴 見学料
外観見学無料
地図を開くと、二重橋前駅(C10)・桔梗門から巽櫓周辺までの位置関係を確認できます。
清水門
北の丸東側を守る重要文化財の枡形門——万治元年の刻銘を伝える門
清水門(しみずもん)は、北の丸公園の東側に残る旧江戸城の城門で、国指定重要文化財です。千代田区観光協会では、寛永元年(1624)に広島藩初代藩主・浅野長晟により建てられた枡形の城門と紹介されています。
一方、文化財資料では、現在の建物について、扉の肘金物の刻銘から万治元年(1658)の建立とわかると説明されています。公開記事では、「寛永元年に築かれたとされ、現在の建物は万治元年の刻銘を伝える」と整理すると安全です。
📜 史跡データ詳細
| 築造 | 寛永元年(1624)に浅野長晟により建てられたと紹介されています。 |
|---|---|
| 現在の建物 | 扉の肘金物の刻銘から、明暦の大火後の万治元年(1658)の建立と説明されています。 |
| 構造・特徴 | 高麗門と櫓門からなる枡形門。石段とあわせて江戸時代の状況を色濃く残します。 |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和36年6月7日指定) |
| 清水家との関係 | 宝暦9年(1759)に九代将軍家重の第二子・重好がこの門内に一家を創立し、門名にちなみ清水家と称しました。 |
👀 見どころ
- 万治元年の刻銘:扉の金物に残る刻銘が、建物の年代を考える手がかりになります。
- 枡形と石段:高麗門・櫓門・石段の組み合わせが、北の丸側の城門らしい見どころです。
- 清水家との関係:御三卿の清水家の名は、この門名に由来するとされています。
📌 トリビア
- 清水の由来説:昔このあたりに清水が湧いていた、または清水寺があったことにちなむなど、門名には複数の説があります。
- 北の丸公園の東入口:現在は北の丸公園へ入るルートとしても利用されています。
🗺 住所
東京都千代田区北の丸公園1-1
🚶 アクセス
都営新宿線・東京メトロ「九段下駅(T07/Z06/S05)」から徒歩約3〜6分
⏳ 見学目安
短時間:約15分 / じっくり:約30分
💴 見学料
無料
地図を開くと、九段下駅から清水門までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:清水門
田安門
江戸城最古級の建築を伝える北の丸の門——高麗門が残す元和・寛永期の記憶
田安門(たやすもん)は、北の丸公園の北端に残る旧江戸城の城門で、国指定重要文化財です。千代田区の説明では、元和6年(1620)に建築され、寛永13年(1636)に修繕されたものが現在に伝わっていると考えられ、高麗門は江戸城の中で最も古い建築物とされています。
文化財資料では、現在の建物は高麗門の扉釣金物の刻銘により寛永13年(1636)の建立とわかると説明されています。いずれにしても、江戸城の総構完成当時にさかのぼる貴重な門として評価される、城外エリア屈指の重要スポットです。
📜 史跡データ詳細
| 建築・修繕 | 千代田区説明では、元和6年(1620)建築、寛永13年(1636)修繕と考えられています。 |
|---|---|
| 文化財資料上の年代 | 現在の建物は、高麗門の扉釣金物の刻銘により寛永13年(1636)の建立と説明されています。 |
| 構造・特徴 | 石垣に囲まれた入枡形で、北を正面とする高麗門と西側の櫓門からなります。 |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和36年6月7日指定) |
| 名称の由来 | この台地が田安台と呼ばれ、田安神社(現在の築土神社)があったことに由来します。 |
👀 見どころ
- 江戸城最古級の高麗門:高麗門は江戸城の中で最も古い建築物と説明されています。
- 枡形構造:高麗門から櫓門へ折れて進む構造を実際に歩くと、城門の防御性がよくわかります。
- 土橋と水位調整:田安門前の土橋は、千鳥ヶ淵と牛ヶ淵の水位調整にも関わっていました。
📌 トリビア
- 上州方面への道:江戸時代には、江戸城北の丸から牛込門を経て上州方面へ向かう道の起点でした。
- 石垣の履歴:石垣は戦災で崩れ、昭和40年(1965)の北の丸整備に合わせて修復されましたが、地上から2〜3段分は江戸時代の原型を保つと説明されています。
🗺 住所
東京都千代田区北の丸公園
🚶 アクセス
都営新宿線・東京メトロ「九段下駅(T07/Z06/S05)」2番出口から徒歩約3分(約200m)
⏳ 見学目安
短時間:約15分 / じっくり:約30分
💴 見学料
無料
地図を開くと、九段下駅から田安門までの位置関係を確認できます。
パノラマ写真:田安門
よくある質問(FAQ)
江戸城跡 全体マップ
城外エリアは皇居の西・南・北に分散しています。半蔵門・平河天満宮・千鳥ヶ淵は西側、桜田門・桔梗門・巽櫓は南側、清水門・田安門は北側に位置します。
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※ 桜の開花状況や千鳥ヶ淵ボート場の営業情報は変更になる場合があります。訪問前に千代田区・千代田区観光協会などの公式情報をご確認ください。
※ このページは Following The Shogun〜将軍の遺響〜 が作成した歴史観光ガイドです。

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