福井駅から歩いて5分。石垣の一部と柴田公園の銅像が、柴田勝家とお市の方が最期を迎えた城の跡地であることを静かに伝えています。北の庄城址と、すぐそばにある福井城は、名前こそ紛らわしいものの、時代も城主も異なる別の城です。
柴田勝家が1575年に築いた北ノ庄城は1583年に焼失し、その跡地に、後年、結城秀康が新たに福井城を築きました。今、現地で見られる大きな石垣や堀の多くは、実は福井城側のものです。このページでは、北の庄城址に何が残っているのか、福井城とどう見分ければいいのかを整理したうえで、柴田勝家とお市の方が実際に眠る西光寺まで含めた回り方を、2025年10月の現地訪問にもとづいて紹介します。
この記事で分かること
- 北の庄城址に現存するものと、福井城との違い
- 福井駅からのアクセスと、実際にかかった所要時間
- 柴田勝家・お市の方が眠る西光寺への行き方
- 柴田神社で頂ける御城印について
- 2026年放送の大河ドラマ「豊臣兄弟!」との関係
訪問判断
石垣の一部が発掘されており、当時の様子を思い浮かべながら歩ける場所です。ただし、天守のような大きな建物は残っていません。目の前の石垣が柴田勝家の城のものなのか、その後の福井城のものなのか分かりにくい、という声もよく聞きます。この違いを先に押さえておくだけで、現地の見え方はかなり変わります。
北の庄城址資料館の見学には15分ほど、柴田公園・柴田神社・三姉妹神社を合わせて回るには20分ほどかかります。少し足を延ばして福井城や西光寺まで含めると、半日程度のコースになります。
| 最寄り駅 | JR福井駅(北口から徒歩約5分) |
|---|---|
| 路線 | 北陸新幹線、ハピラインふくい、えちぜん鉄道、福井鉄道 |
| 駅ナンバリング | 要確認 |
| 東京からの所要時間の目安 | 北陸新幹線「かがやき」で約3時間(乗車便により変動) |
| 京都からの所要時間の目安 | 特急+新幹線の乗り継ぎで約1時間50分前後(乗り換え1回が目安) |
| 大阪からの所要時間の目安 | 特急+新幹線の乗り継ぎで約2時間前後(乗り換え1回が目安) |
| 名古屋からの所要時間の目安 | 新幹線+特急の乗り継ぎで約2時間20分前後(乗り換え1〜2回が目安) |
| 駐車場 | 北庄城址観光駐車場(普通車8台、無料、9:30〜17:30) |
| 現地移動 | 平坦な市街地で、徒歩での移動がしやすいエリアです |
| 注意点 | 駐車場の台数が少ないため、車での訪問は早めの時間帯がおすすめです |
東京から訪れる場合、北陸新幹線「かがやき」を使うとおよそ3時間で福井駅に到着します。時間帯が合えば「かがやき」1本で乗り換えなしというのも、東京から訪れる際の利点です。朝10時前後に着けば、北の庄城址・柴田神社・資料館を回ったうえで福井城まで足を延ばしても、日帰りで東京に戻ることができます。城跡や資料館は18時までに閉まるところが多いため、観光は夕方までに終える計画が安心です。東京行きの最終の新幹線は20時台にあるため、観光のあとに食事をしてから帰ることもできます。大阪・京都から訪れる場合は、特急「サンダーバード」で敦賀まで行き、敦賀で北陸新幹線「かがやき」または「つるぎ」に乗り換えて福井へ向かうのが基本ルートです。名古屋からは、特急「しらさぎ」で敦賀まで行き、同じく「かがやき」または「つるぎ」に乗り換えます。いずれも敦賀駅での対面乗り換えが基本ですが、時間帯によっては別の経路のほうが早いこともあるため、乗車前に乗換案内アプリなどでルートを確認しておくとスムーズです。乗車便によって所要時間・乗換回数は前後するため、上表の時間は目安としてご覧ください。
北の庄城址・柴田公園周辺の地図
歴史ストーリー
北ノ庄城は、1575年に柴田勝家が織田信長から北陸の押さえを任されて築いた城です。ルイス・フロイスの記録には、1581年ごろに城の拡張工事が進められていたことが記されています。資料館の展示によると、フロイスは本能寺の変が起きる前に、この北庄の地を訪れていたとされています。信長と縁の深かった宣教師が、わざわざこの城下まで足を運んでいたというのですから、当時の北ノ庄城の存在感は相当なものだったのでしょう。
1583年、賤ヶ岳の戦いで羽柴(豊臣)秀吉に敗れた柴田勝家は、北ノ庄城に退き、妻のお市の方とともに天守で自刃しました。天守は焼失し、その後、勝家の時代の建物は再建されないまま、跡地には結城秀康による新しい福井城が築かれていきます。
勝家がその賤ヶ岳の戦いで本陣を置いたのが、福井県と滋賀県の県境にある玄蕃尾城跡です。土塁と堀だけが残る山城で、北の庄城址とあわせて訪ねると、勝家最後の一年をたどることができます。
天守の規模については、「九重」(9層)だったという表現が伝わっていますが、これは秀吉方の書状にみられる表現とされ、実際の階数には諸説あります。本当のところは分かりませんが、当時としてはかなり大きな天守だったのだろうと想像がふくらむ話です。
北の庄城址と福井城の違い
現地を歩くと、両者の違いははっきりします。柴田公園・柴田神社の一帯では、発掘された石垣の一部が保護された状態で展示されていて、当時の城の痕跡を狭い範囲でまとめて見ることができます。一方、少し離れた福井城址では、内堀や高い石垣が広い範囲で残り、御廊下橋という屋根付きの橋も復元されています。
福井城は、1601年に結城秀康(徳川家康の次男)が築城を始めた、江戸時代初期の城です。石垣が思いのほか立派なので勝家の城と勘違いしやすいのですが、これは秀康の時代のものです。1669年の焼失後、天守は再建されなかったため、今残っているのは石垣と内堀が中心になります。内堀に架かる御廊下橋は2008年3月に、山里口御門は2018年に、それぞれ復元されました。
北の庄城址・福井城・西光寺は、それぞれ少しずつ離れています。いずれも徒歩圏内ではありますが、地図上で近いからと一続きに考えず、別々の見どころとして時間を見ておくと、当日あわてずに済みます。
見どころ
柴田公園(北の庄城址)🎥 360°

柴田勝家公・お市の方・三姉妹の銅像が並び、園内には「北庄城址」の石碑や、発掘石垣の位置を示す「北庄城石垣」の標柱があります。2007年には「日本の歴史公園100選」に選定されています。








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北の庄城址資料館


柴田勝家・お市の方の肖像パネルや、北庄城跡から出土した鬼瓦・土器片、発掘された石垣と堀跡の様子などが展示されています。壁の年表を追っていくと、築城から落城までの流れが10分ほどでつかめます。




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柴田神社・三姉妹神社

柴田公園に隣接する柴田神社は、柴田勝家とお市の方を祀る神社です。境内には、三姉妹(茶々・初・江)を祀る三姉妹神社も並んでいます。三姉妹はお市の方と前夫・浅井長政の娘で、生まれ育ったのは小谷城。長女の茶々はのちに淀殿となり、大阪城で最期を迎えます。北の庄城で母を見送った三人が、その後どこへ向かったのかを知っていると、この小さな社の見え方も変わってきます。柴田神社では御城印を頂くことができ、今回の訪問時にも実際に授与していただきました。デザインや受付時間は変わることもあるので、事前に確認しておくと安心です。






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西光寺 ─ 柴田勝家・お市の方の墓所

福井駅から徒歩17分ほどの西光寺には、柴田勝家とお市の方の墓所があります。境内には大きな樹に囲まれた墓所があり、勝家とお市の方の墓石とともに、由緒を伝える解説板が設けられています。福井には、この西光寺のような柴田勝家の菩提寺のほか、徳川家の家紋を掲げた神社なども点在しており、柴田勝家が、今も地元の人々にとって特別な存在であり続けていることがよく分かります。
拝観は12時から16時まで、事前連絡制です。拝観料は300円で、専用の駐車場はありません(この2点は事前に確認しておくと安心です)。北の庄城址から少し距離があるため、時間に余裕を持って訪れることをおすすめします。
西光寺(柴田勝家公・お市の方墓所)周辺の地図







タップすると拡大できます。境内には柴田勝家公資料館という小さな資料館もあり、勝家とお市の方を祀る祭壇や、武将をかたどった面などが展示されています。
福井城 天守台・内堀・御廊下橋🎥 360°

福井城側には、天守台の石垣と内堀、そして復元された御廊下橋が残っています。天守そのものは1669年の焼失後に再建されていないため、現在は石垣と堀を中心とした遺構になっています。北西側では、南西の隅にあったとされる坤櫓(ひつじさるやぐら)の復元工事が進められており、2026年6月時点では周辺の石垣を補強する工事が行われています。完成時期は2029年ごろと見込まれています。



















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舎人門遺構・福井市立郷土歴史博物館・養浩館庭園🎥 360°

福井城址の北側には、発掘調査にもとづいて復原された舎人門の遺構があります。そこから少し歩くと福井市立郷土歴史博物館。福井城下の歴史や柴田勝家ゆかりの資料が並び、さらにその奥には養浩館庭園(旧御泉水屋敷)が広がっています。江戸時代に福井藩主松平家の別邸として作られた庭園で、1982年には国の名勝に指定されました。石垣と堀だけを見て帰ると気づきにくい、城下町としての福井の姿が見えてくる一角です。
福井城の北側を守っていた門の遺構です。発掘された礎石の上に、高さ約6メートル・幅約10メートルの門が、越前赤瓦の屋根を使って復原されています。当時そのままの建物ではなく、発掘調査にもとづく復原であることに留意してください。





福井城下の歴史や柴田勝家ゆかりの資料、福井城本丸の復元模型などを展示する博物館です。開館時間は午前9時から午後7時まで(11月6日〜2月末日は午後5時まで、入館は閉館30分前まで)、定期休館日はなく年末年始と展示替え期間のみ休館します。入館料は個人220円(養浩館庭園との共通券は350円)で、中学生以下・70歳以上・障がい者手帳をお持ちの方は無料です。福井駅から徒歩約15分、無料駐車場もあります。






江戸時代に福井藩主松平家の別邸として作られた池泉回遊式庭園で、当時の姿をよく残していることから1982年に国の名勝に指定されました。開園時間は3月1日〜11月5日が午前9時から午後7時まで、11月6日〜2月末日は午前9時から午後5時まで(入園は閉園30分前まで)、休園は年末年始(12月28日〜1月4日)のみです。入園料は個人220円(郷土歴史博物館との共通券は350円)です。






タップすると拡大できます。開館・開園時間や料金は変わることがあるので、訪問前に公式サイトなどで確認しておくとよいでしょう。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」との関係
2026年放送の大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、第32〜33回にあたる回で、賤ヶ岳の戦いから北庄城落城までが描かれています。第33回のサブタイトルは「北庄城の別れ」です。北の庄城址は、まさにその物語の最終盤の舞台ということになります。合戦そのものの舞台を訪ねるなら、滋賀県側の賤ヶ岳戦国ステーションや木之本の無料展示もあわせてどうぞ。なお、ドラマの描写と現地の史実は必ずしも一致しません。現地で見られるものは、あくまで史実・遺構としてご覧ください。
2025年10月の現地訪問にもとづく、筆者個人の優先順位です。北の庄城址・福井城・西光寺いずれの施設公式の推奨順でもありません。
福井駅北口から徒歩約5分で着く起点。銅像・石碑・発掘石垣の標柱を数分で確認できる、最も効率よく回れる見どころです。
入館無料、見学目安15分ほど。北ノ庄城の歴史と福井城との違いが年表つきで整理されているので、先に寄っておくと、そのあとの見学がぐっと分かりやすくなります。
柴田公園に隣接しており移動の手間はほぼありません。御城印を頂きたい場合はここに立ち寄る必要があります。
石垣・内堀・復元された御廊下橋と、見ごたえのある遺構が揃っています。ただし北の庄城址からは少し歩きます。坤櫓は現在も復元工事中(完成は2029年ごろの見込み)のため、この一角は石垣越しに眺める形になります。
拝観は12時〜16時・事前連絡制で、福井駅から徒歩約17分と他のスポットより離れています。柴田勝家とお市の方が実際に眠る場所であり時間が許せば優先度は高いのですが、拝観時間の制約と距離を考えると、本当に時間が無い場合は後回しにしても構いません。
よくある質問
いいえ、別の城です。北の庄城址は1575年に柴田勝家が築いた城の跡地で、1583年に焼失しました。現在の福井城は、その跡地に1601年以降、結城秀康が新たに築いた別の城です。
JR福井駅の北口から徒歩約5分です。
発掘された石垣の一部、柴田勝家公・お市の方・三姉妹の銅像、資料館の展示、柴田神社・三姉妹神社などです。少し足を延ばせば、福井城の石垣・内堀・復元された御廊下橋や、柴田勝家・お市の方の墓所がある西光寺も見られます。
福井駅から徒歩約17分の西光寺にあります。拝観は12時から16時まで、事前連絡制です。拝観料は300円ですが、訪問前に確認しておくと安心です。
柴田神社で頂くことができます。デザインや受付時間は変わることがあるため、訪問前の確認をおすすめします。
2026年放送の第32〜33回で、賤ヶ岳の戦いから北庄城落城までが描かれています。

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