玄蕃尾城跡は、1583年の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が本陣を置いた山城跡です。天守や石垣はなく、主郭・土塁・空堀・馬出・虎口といった土の遺構が、今も現地に残っています。福井県敦賀市と滋賀県の県境近くの山中にあり、車で訪れる場合は柳ケ瀬トンネル付近から駐車場まで狭い林道を進みます。天守や石垣を見る城ではなく、土塁や空堀の高低差を歩きながら確かめる山城で、実際に歩くと城域に入ってから地形の見え方が変わってきます。
目次
この記事で分かること
| 向いている人 | 山城が好きな人、賤ヶ岳の戦いに関心がある人、石垣や建物ではなく土塁・空堀の形を読み取ること自体を楽しめる人。 |
|---|---|
| 訪問前に知っておきたい点 | 天守・櫓・石垣などの建物はなく、駐車場から先は山道です。 |
| 所要時間 | 主要部まで徒歩約20分(敦賀市公式)。今回の見学は、駐車場発着・城内散策込みで約1時間かかりました。 |
| 交通手段 | 現実的なのは車です。公共交通機関を使う場合は、長い徒歩区間を伴います。 |
訪問前に知ること
駐車場を出るとすぐ、本格的な山道になります。訪問時は雨上がりで、落ち葉の下まで土が湿っていました。スニーカーでも歩けましたが、かなり泥がつきやすい状態でした。雨の後は、汚れてもよい靴の方が無難です。
駐車場には仮設トイレと受付ポストがあります。受付ポストには玄蕃尾城などのパンフレットと、登城記録簿が入っています(2026年4月18日から設置。設置状況は季節によって変わる可能性があるため、訪問前に敦賀市「国指定史跡 玄蕃尾城のご案内」で確認してください)。登城前にトイレを済ませておくと安心です。
熊の目撃情報や、林道での落石・狭い道への注意が敦賀市から案内されています。2025年4月に発生した落石はすでに撤去されていますが、狭い道であることに変わりはないため、注意しながら進んでください。
冬季(積雪期)は特に注意してください。2月に米原駅でカーシェアの車を借り、米原ルートで向かった際は、積雪のため林道に入ることができず、訪問を断念しました。積雪期は道路状況や規制が変わるため、出発前に福井県「みち情報ネットふくい」で道路規制・道路カメラを確認してください。玄蕃尾城の駐車場や現地設備については、敦賀市「国指定史跡 玄蕃尾城のご案内」で確認できます。
アクセス
アクセス・現地情報
玄蕃尾城への車ルートは、大きく分けて①福井県敦賀市側から入るルートと②滋賀県米原・長浜側から向かうルートの2つがあります。②のルートは、県道140号敦賀柳ヶ瀬線の柳ケ瀬トンネルを通って福井県敦賀市刀根側へ入り、①と同じ林道・同じ駐車場に合流します。柳ケ瀬トンネルは幅が狭く、信号による交互通行で、高さ2.8mの通行規制があります。
① 敦賀ルート(福井県敦賀ICから)
| 最寄り駅 | JR敦賀駅(北陸新幹線・北陸本線・湖西線・小浜線・ハピラインふくいが乗り入れ) |
|---|---|
| 車 | 敦賀ICから約20分、そこから徒歩約20分(福井県・敦賀市の案内)。柳ヶ瀬トンネル前の看板から林道に入り、駐車場まで実測で約8分でした(11時19分に林道へ入り、11時27分に駐車場へ到着)。柳ケ瀬トンネルには高さ2.8mの通行規制があります。また、トンネル入口から駐車場へ向かう林道は道幅が狭く、敦賀市はマイクロバスより大きな車両は通行できないと案内しています。 |
| 林道 | 舗装されていますが、道幅はかなり狭いです。訪問時は、対向車が来ないか気を使いながら進みました。駐車場は約5台分で、満車の可能性もあります。 |
② 米原ルート(滋賀県米原ICから)
| 車 | 北陸自動車道 米原IC(または木之本IC)から国道8号等を敦賀方面へ北上し、県道140号敦賀柳ヶ瀬線へ入って柳ケ瀬トンネルを通り、福井県敦賀市刀根側へ。そこから駐車場までは、①の敦賀ルートと同じ林道を通ります。 |
|---|---|
| 今回利用したルート | 今回は米原駅でカーシェアの車を借り、このルートで玄蕃尾城まで向かいました。所要時間は道路状況により変わるため、出発前にカーナビ等で確認してください。 |
車を使わない場合
| 公共交通 | 敦賀駅から愛発線コミュニティバスで刀根まで約27〜34分。そこから駐車場まで徒歩約50分、さらに城郭主要部まで徒歩約20分です。本数が限られ、一部に予約便もあるため、往路・復路とも事前に時刻表を確認してください。予約便は発車時刻の1時間前までに予約が必要です。 |
|---|---|
| タクシー | 敦賀駅から約25分、そこから徒歩約20分。 |
| 木ノ本駅側の代替 | 長浜・木之本側から徒歩で向かう方法もあります。長浜・米原観光情報「玄蕃尾城跡」では、JR木ノ本駅からバスで「柳ヶ瀬」まで約28分、バス停から玄蕃尾城跡まで徒歩約1.8kmと案内されています。 |
現地設備・公開状況
| 設備 | 駐車場には仮設トイレと受付ポストがあります。 |
|---|---|
| 公開状況 | 散策自由。 |
タップすると拡大できます
玄蕃尾城の位置
▼ 駐車場から玄蕃尾城跡までのルート
このルートMapは道案内の参考であり、通行の安全を保証するものではありません。
主要都市からの行き方の目安です。
- 東京から:北陸新幹線で敦賀まで直通。列車により約3時間20分前後。
- 京都から:特急サンダーバードで敦賀まで約1時間。
- 大阪から:特急サンダーバードで敦賀まで約1時間20〜30分。
- 名古屋から:特急しらさぎで敦賀まで約1時間40分前後(米原経由の案もあります)。
列車ごとに所要時間は変わるため、最新の時刻・乗り換えはJR西日本 敦賀駅でご確認ください。
1583年、なぜここが本陣だったか
1582年に織田信長が本能寺の変で亡くなったあと、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と柴田勝家の対立が深まりました。1583年3月、柴田勝家は山中尾城、つまり玄蕃尾城に本陣を置きました。
賤ヶ岳の戦いでは、柴田方の佐久間盛政が大岩山砦を奇襲したのち、秀吉が素早く軍を返して反撃し、柴田軍は撤退することになります。玄蕃尾城そのものは戦場にならず勝家が撤退したため、土塁・空堀・虎口といった構造が比較的良好に残っていると敦賀市は説明しています(当時のまま一切変わっていない、という意味ではありません)。
現地では、土塁や空堀の位置を追いながら、柴田勝家が本陣を置いた場所を実際に歩くことになります。建物は残っていませんが、案内図と地形を見比べていくと、陣城だった場所の広がりが見えてきます。「ここに柴田勝家が本陣を置いていたのか」と考えながら歩くと、地図で位置を見るだけのときとは印象が変わりました。
現在何が残るか
玄蕃尾城には天守や石垣はありません。福井県の文化財説明によれば、4つの郭(曲輪)、空堀、土塁、土橋、馬出、虎口、そして櫓台推定地からなる構造が確認されています。
主郭(本丸)は、土塁と空堀に囲まれた方形の中心部です。周囲の土塁は高さ0.6〜2mほどと説明されており、東・南・西には大規模な空堀があります。
城域に入ると、平場や土塁、空堀の高低差が、それまでの山道とは違って見えてきます。案内図と照らし合わせると、どこが郭で、どこが堀なのかを追いやすい城跡でした。
訪問時には城域入口に案内図があり、遺構名を示す白い札も設置されていました。案内図と札を見比べながら歩くと、虎口や馬出の位置を追いやすかったです。
実際に歩いた順路
駐車場に車を止めると、すぐに山道になります。城域に入る地点には全体図があり、そこから城跡だと分かります。
まず外周を一周するように回って全体の輪郭をつかみ、そのあとで内側の郭を確認しました。白い札・目印が見えるたびに近づき、それを頼りに各スポットをたどりました。
駐車場 → 山道 → 城域入口の全体図 → 南虎口(大手口) → 大手郭 → 東虎口 → 腰郭 → 張出郭 → 櫓台推定地 → 主郭(本丸) → 馬出 → 搦手郭 → 駐車場へ戻る
大きく迷った記憶はありません。白い札・目印が現地での理解にかなり役立ちました。この順路は今回の見学記録であり、唯一の正しい回り方というわけではありません。
主な遺構と見どころ
南虎口(大手口)
南側の入口にあたる遺構です。土の折れが作る通路を進むと、ここから城内に入っていく感覚がありました。
大手郭
南虎口を抜けた先に広がる郭で、大手(表口)にあたる区画です。次の虎口へとつながる位置にあります。
東虎口
城内には複数の入口(虎口)があり、東側にもそのひとつがあります。建物の門ではなく、土を折り曲げて作られた通路状の入口です。
腰郭
主郭の周辺には、一段低い位置に腰郭があります。歩いていると、足元の高低差で段差に気づく場面がありました。
張出郭
平場が外側に張り出す形の郭です。輪郭を意識しながら歩くと、その張り出し方がよく分かります。
櫓台推定地
主郭の北東隅が一段高くなっており、現地でも周囲との高低差を確認できました。福井県の文化財説明では、礎石などから櫓台があったと推測されていますが、天守があったと確認されているわけではありません。
主郭(本丸)
土塁と空堀に囲まれた方形の中心部です。ここまで歩いてきた郭・虎口の先に、城の中心にあたる空間が広がっています。寸法は資料によって差があるため、ここでは具体的な数値は挙げません。
馬出
土橋・虎口とセットで機能する防御用の郭です。ここだけを見ると単なる盛り土に見えますが、周囲の虎口・土橋とつながることで、入口を守る役割を果たしていたと説明されています。
搦手郭
見学順では後半にあたる郭です。南側の虎口群とは反対側にあり、雰囲気の違いを感じられる場所でした。
土塁・堀切・大空堀
今回歩いた中では、土塁の盛り上がりと空堀の落ち込みを特に見分けやすかった場所です。写真では高低差が小さく見えますが、現地では足元の起伏を追うと形が分かりやすくなります。
360°パノラマ
現地で撮影した360°パノラマです。櫓台推定地や城内、土塁・空堀の位置関係を、通常の写真より広い範囲で見られます。
遺構・現代の整備・推定を分けて見る
現地には、城の遺構と現在の案内設備が並んでいます。また、櫓台のように推定されている場所もあります。ここでは、それぞれを区別して紹介します。
| 現存する遺構 | 土塁、空堀、土橋、馬出、虎口などの土の形。 |
|---|---|
| 現代の整備 | 各遺構を示す白い札・目印、城域入口の案内図、駐車場の仮設トイレ・受付ポスト。 |
| 推定の遺構 | 櫓台推定地。礎石などから櫓台があったと推測されていますが、「天守台」であったとは確認されていません。 |
現在見えている土の形のすべてが築城当時のままかどうかは、この記事だけでは判断できません。現存する遺構・現代の整備・推定の遺構という3つの区分を意識しながら見学することをおすすめします。
スタンプ・御城印
玄蕃尾城は、続日本100名城No.140(内中尾山城)に選ばれています。続日本100名城のスタンプは、玄蕃尾城跡駐車場の受付ポストとJR余呉駅に設置されています。2026年4月4日〜12月20日は、賤ヶ岳戦国ステーション(10:00〜16:00)にも設置されています。スタンプ目的で訪れる場合は、日本城郭協会の最新案内をご確認ください。
敦賀市公式では、玄蕃尾城跡保存会の御城印は敦賀市役所3階の文化・交流推進課と敦賀市立博物館で配布されています。数に限りがあり、1人1枚までで、郵送には対応していません。博物館は月曜日などに休館日があります。
今回の訪問では、賤ヶ岳戦国ステーションでも御城印を購入できました。ただし、取扱場所は変わる可能性があるため、確実に入手したい場合は敦賀市の最新案内をご確認ください。
続日本100名城のスタンプは、今回の訪問では押していません。設置場所や利用時間は変更される場合があるため、スタンプ目的で訪れる場合は日本城郭協会の案内をご確認ください。
FAQ
天守や石垣はありませんが、主郭、土塁、空堀、馬出、虎口、そして櫓台推定地といった土の遺構が残っています。
福井県の公式説明では徒歩約20分です。今回の訪問では、駐車場を出てから城内を回り、駐車場に戻るまで約1時間かかりました。
舗装されていますが、道幅はかなり狭いです。柳ヶ瀬トンネル前の看板から駐車場までは実測で約8分でした。対向車が来ないか気を使いながら進んでください。
敦賀駅から愛発線コミュニティバスで刀根まで行き、そこから駐車場まで徒歩約50分、さらに城郭主要部まで徒歩約20分かかります。本数が限られ、一部に予約便もあるため、往路・復路とも事前に時刻表を確認してください。
今回の訪問ではスニーカーで歩けましたが、雨上がりでかなり泥がつきました。雨の後は、汚れてもよい靴の方が無難です。天候によって状態は変わります。
玄蕃尾城跡駐車場の受付ポストとJR余呉駅に設置されています。2026年4月4日〜12月20日は、賤ヶ岳戦国ステーションにも設置されています。設置場所・期間は変わる可能性があるため、訪問前に日本城郭協会の案内を確認してください。
敦賀市公式では、保存会による御城印は敦賀市役所3階の文化・交流推進課と敦賀市立博物館で配布されています。数に限りがあり、入手を保証するものではありません。今回の訪問では、賤ヶ岳戦国ステーションでも購入できました。
別の場所です。玄蕃尾城は柴田勝家の本陣、賤ヶ岳は決戦地です。両方を歩くと、本陣と戦場の位置関係を現地でつかみやすくなります。
関連地・次の行程
玄蕃尾城に加えて、決戦地となった賤ヶ岳古戦場や、羽柴秀長方の拠点だった田上山砦跡を回ると、両軍の陣地がどのように配置されていたかを現地で追えます。周辺の木之本地蔵院(浄信寺)や、木之本エリアの賤ヶ岳の戦いに関する無料展示(木之本の2つの無料展示【賤ヶ岳の戦い】)もあわせて訪れやすい場所です。2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』にあわせて、北近江豊臣博覧会でも賤ヶ岳合戦エリアの一つとして玄蕃尾城が位置づけられています。
米原・長浜方面から車で向かう場合は、長浜の観光とあわせて計画するのもおすすめです(長浜 豊臣兄弟!聖地めぐりガイド:大河ドラマ館・長浜城・竹生島の回り方)。
柴田勝家ゆかりの他の史跡や、賤ヶ岳の戦いをめぐるルート記事についても、Following the Shogunで順次紹介していく予定です。
STAY & ROUTE PLANNING
玄蕃尾城の前後はどこに泊まる? 敦賀・米原・長浜の3つの拠点
広告このセクションにはアフィリエイトリンクが含まれます。
玄蕃尾城は福井県敦賀市と滋賀県の県境近くにあり、敦賀側と米原・長浜側のどちらからでも行程を組めます。宿泊場所は城跡への近さだけでなく、玄蕃尾城へ向かうルートと、その後どちらへ旅を続けるかで選ぶと分かりやすくなります。敦賀、米原、長浜の3案から旅程に合う拠点を比較してみてください。
敦賀に泊まる
敦賀側から玄蕃尾城へ向かうなら、敦賀駅周辺を宿泊拠点にする方法があります。公共交通を利用する場合も敦賀駅から刀根方面へ向かうため、訪問日の交通時刻を確認したうえで旅程を組んでください。
- 敦賀側から玄蕃尾城へ向かう
- 敦賀駅を起点に公共交通や車で訪れる
- 玄蕃尾城の前後に敦賀周辺を組み込む
首都圏から新幹線と宿をまとめるなら
日本旅行の「JR+宿泊」は列車と宿をまとめて手配できます。個別予約より総額を抑えられる場合があるため、同じ列車・部屋・取消条件で比較してみてください。旅行日などの検索条件は予約画面でも確認してください。
日本旅行で首都圏発・敦賀のJR+宿泊を検索
敦賀駅周辺の宿だけ予約するなら
Yahoo!トラベルは、対象プランで獲得予定のPayPayポイントを予約時に使える場合があります。表示価格だけでなく、ポイント利用後の支払額も確認すると比較しやすくなります。
Yahoo!トラベルで敦賀駅周辺の宿を探す米原に泊まる
新幹線を使って到着し、その後の移動もしやすい場所を優先するなら米原が候補になります。玄蕃尾城へは米原・長浜側から車で向かう旅程を組むことができ、訪問後に別の地域へ移動する場合にも使いやすい拠点です。
- 新幹線を利用して前後の移動を組む
- 米原・長浜側から車で玄蕃尾城へ向かう
- 玄蕃尾城の後に別方面へ旅を続ける
米原駅周辺の宿だけ予約するなら
Yahoo!トラベルで米原駅周辺の宿を検索できます。対象プランでは獲得予定のPayPayポイントを予約時に使える場合があるため、表示価格とポイント利用後の支払額を確認して比較してください。
Yahoo!トラベルで米原駅周辺の宿を探す長浜に泊まる
玄蕃尾城とあわせて長浜・木之本側や湖北の史跡を巡るなら、長浜を宿泊拠点にする方法があります。玄蕃尾城へ米原・長浜側から向かい、翌日も湖北方面を続けて巡る旅程に組み込みやすい選択です。
- 長浜・木之本側から玄蕃尾城へ向かう
- 賤ヶ岳など湖北の史跡と組み合わせる
- 翌日も長浜・湖北方面を巡る
首都圏からJRと宿をまとめるなら
日本旅行の「JR+宿泊」は列車と宿をまとめて手配できます。個別予約より総額を抑えられる場合があるため、同じ列車・部屋・取消条件で比較してみてください。
日本旅行で首都圏発・彦根/長浜泊を検索
長浜周辺の宿を比較するなら
Yahoo!トラベルのリンク先では彦根・長浜・守山エリアの宿を検索できます。長浜を拠点にする場合は、予約画面で宿の所在地を確認したうえで選んでください。対象プランではPayPayポイントを予約時に使える場合があります。
Yahoo!トラベルで彦根・長浜周辺の宿を探す料金、空室、ポイント、クーポン、予約・取消条件は各予約サイトの画面でご確認ください。
運営者・サイト支援
この記事は、Following the Shogunが実際に現地を訪れ、撮影・取材した内容をもとに作成しています。運営者について詳しくは、サイトのAboutページをご覧ください。
現地取材を続けるための活動を応援していただける方は、以下からサポートいただけると励みになります。
☕ このサイトを応援する
Following the Shogunは現地取材をもとに制作しています。
記事が役に立ったと感じていただけたら、サポートいただけると励みになります。
QRコードからもサポートできます

comment