ドラマ『SHŌGUN』のAnjinのモデル、三浦按針(ウィリアム・アダムス)が関わった浦賀を、2025年3月と7月に歩きました。貿易港の碑、按針屋敷の伝承地、渡し船、横須賀市自然・人文博物館の按針像までを、写真とルートで紹介します。
目次
ドラマ『SHŌGUN』で描かれた青い目の侍・Anjin。そのモデルとなったウィリアム・アダムス、すなわち三浦按針が一時期深く関わったのが、神奈川県横須賀市にある港町・浦賀です。現在では幕末の黒船来航の地として知られる浦賀ですが、実は江戸幕府初期、按針と徳川家康によって“国際貿易港”としての未来が託されていた地でもありました。
この記事は、横須賀市で三浦按針の足跡をたどる2本のうち、浦賀側の歩き方をまとめたものです。国指定史跡の按針塚、鹿島神社、浄土寺は、三浦按針ゆかりの地めぐり:横須賀 完全ガイドで紹介しています。あわせて歩くと、按針の足跡を横須賀市内でひと続きにたどれます。
この記事のポイント
| 取材 | 2025年3月1日と7月21日の2回 |
|---|---|
| 起点 | 京急本線 浦賀駅 |
| 按針に直接かかわる場所 | 日西墨比貿易港之碑(東叶神社入口)、洲崎の案内板、横須賀市自然・人文博物館の按針像 |
| 碑の見学の目安 | 立ち寄りなら約10分、境内を含めてじっくりなら約30分 |
| 浦賀の渡し | 大人400円、小・中学生200円(2025年3月1日の掲示) |
| 按針が目的なら省ける場所 | 鴨居、浦賀の渡し、西叶神社 |
なぜ浦賀だったのか?——家康の国際戦略と按針の任務
1600年、ウィリアム・アダムスが豊後に漂着してから数年後、徳川家康の信任を得た按針は、外交・航海・造船の顧問として江戸に招かれます。彼に与えられた采地は三浦半島の逸見村(現在の横須賀市西逸見町)でしたが、按針が実務上活動したのは、それよりも東に位置する浦賀だったと考えられています。
浦賀は江戸湾の出入口にあたり、静かで水深もあり、造船や停泊に最適な天然の良港です。加えて、江戸からの距離が近く、軍事・経済の両面で戦略的価値が高い場所でした。
家康は、オランダやスペイン、ポルトガルとの交易ルート確立を目指しており、按針にはその交渉・技術指導が期待されました。その中でも浦賀を拠点とした外洋船の修理・建造や、西洋式の貿易港整備は、家康が按針に託した大きな役割のひとつでした。
浦賀における按針の活動——交易・造船・外交の拠点
現地の伝承や史料から、按針は浦賀の東岸(現在の東浦賀町付近)に作業・居住の拠点を構えていたとされています。特に注目すべきは、按針が造船・修理を行ったとされる鍛冶屋町(現・法幢寺周辺)や、按針屋敷跡の伝承地(東林寺南側の裏手一帯)の存在です。
また、スペインのマニラとメキシコのアカプルコを結ぶガレオン貿易船「サン・フランシスコ号」が日本沖で座礁した際、浦賀港での修理を按針が指揮したとも言われており、浦賀は一時的に太平洋横断航路の中継地となった可能性もあります。
按針の外交交渉の成果により、家康はフィリピン・メキシコ側と通商を目指す政策を展開しましたが、家康の死後、幕府の政策は鎖国方向へ転じ、この“浦賀貿易港構想”は実現には至りませんでした。
現地に残る痕跡——消えた屋敷、語り継がれる地名と石碑
浦賀において、按針の存在を直接示す建築物や屋敷跡の遺構は現存していません。しかし、地名や伝承、近年整備された記念碑などに、その痕跡が残されています。
- 按針屋敷跡の伝承地(東林寺裏手一帯):現在は住宅街ですが、かつては“按針屋敷”と呼ばれていました。江戸時代からその名が残っており、一部では按針が信仰した祠があったとの言い伝えもあります。
- 鍛冶屋町(法幢寺付近):按針が修理を担当した難破船に携わった鍛冶職人が集まった場所とされ、地名として残されました。
- 日西墨比貿易港之碑(東叶神社境内):2019年に建立された記念碑で、按針が関与した浦賀国際港構想を後世に伝えています。日本・スペイン・メキシコ・フィリピンの頭文字を刻んだこの碑は、浦賀が一時“開国”していた証とも言える存在です。
観光案内:浦賀を歩いてAnjinの足跡をたどる
浦賀は、現代においては静かな港町ですが、以下のような場所をめぐることで、按針の足跡を感じることができます。
| 東叶神社 | 「日西墨比貿易港之碑」があり、境内からは浦賀湾を望める。願いが“叶う”で知られる神社。 |
|---|---|
| 東林寺裏手 | 按針屋敷跡の伝承地。石碑などはないが、町の裏通りに残る地名と地形が当時を偲ばせる。 |
| 法幢寺周辺 | 鍛冶屋町の名残を感じるエリア。 |
| 浦賀の渡し | 現存する江戸時代からの渡し船。西浦賀から東浦賀へ、按針も使ったかもしれないルート。 |
浦賀を歩くモデルルート
2025年3月1日と7月21日の2回の訪問を、ひとつの順路にまとめました。
別の日(7月21日)は、東林寺、洲崎、法幢寺をまわったあとに鴨居へ向かい、八幡神社と鴨居東照宮を参拝しました。その後は横須賀温泉 湯楽の里で昼食をとり、馬堀海岸駅から京急で県立大学駅へ移動して、博物館を見学しています。
スポットガイド:浦賀・鴨居・横須賀を歩く
以下は、歩いた順ではなく、場所ごとにまとめた現地ガイドです。三浦按針に直接かかわるのは、東浦賀の碑と案内板、博物館の展示です。
西浦賀:西叶神社と浦賀の渡し
西叶神社
浦賀湾の西岸に建つ、東叶神社と対になる神社

浦賀湾の西岸、西浦賀にある神社です。浦賀の渡しで東岸から西岸へ渡り、参拝しました。浦賀湾を挟んで東叶神社と向かい合い、境内の案内板が、浦賀が東西に分かれた歴史と二つの叶神社について解説しています。
社殿の彫刻は天保13年(1842)の再建時のもので、「西叶神社社殿彫刻」として横須賀市の市民文化資産に指定されています。標柱の説明では、虹梁や欄間、拝殿の天井などに総数230を超える作品があり、作者として安房の彫工・後藤利兵衛の名が記されています。
三浦按針との直接のつながりを示す碑や展示は、見た範囲では見当たりませんでした。按針の足跡が目的なら省略できますが、社殿の彫刻や浦賀の東西の成り立ちに関心があれば、立ち寄る価値があります。
渡し船を使うルートです。京急浦賀駅から東渡船場まで歩き、渡し船で西渡船場へ渡り、西叶神社まで歩きます。
① 京急浦賀駅から東渡船場まで(徒歩)
② 浦賀の渡しで東渡船場から西渡船場へ渡ります(渡し船)。運賃は「浦賀の渡し」の項を参照してください。
③ 西渡船場から西叶神社まで(徒歩)
- 社殿彫刻:天保13年(1842)の再建時の作で、標柱では総数230を超える作品があると説明されています。
- 福寿弁財天:境内社の一つ。石鳥居の扁額と、蛇の絵柄の赤い幟が目印です。
- 案内板:「西叶神社」と「東西叶神社について」の解説のほか、源頼朝ゆかりの寺社・城跡を示す地図看板があります。
- 六龍開運御朱印の案内:2025年3月1日の撮影時には、森戸大明神、長運寺、西叶神社、浄楽寺、福泉寺、海南神社の六寺社をめぐる御朱印の企画が掲示されていました。現在の頒布状況は、各寺社の案内に従ってください。






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浦賀の渡し
西浦賀と東浦賀を結ぶ渡し船

浦賀湾の西岸と東岸を結ぶ渡し船です。西渡船場と東渡船場に案内板や待合施設があり、乗り場で船を呼ぶと来る方式です。乗り場の案内板には、船を呼ぶボタンの説明がありました。
2025年3月1日に東渡船場から乗り、西岸で西叶神社を参拝してから、西渡船場で再び乗って東へ戻りました。赤い屋根の小さな船で、対岸の東浦賀の住宅や寺院が近くに見えます。
西渡船場の掲示によると、運賃は大人400円、小・中学生200円で、未就学児は大人1人につき無料でした。運航時間は7時から17時と記されており、運休の案内は見当たりませんでした。いずれも2025年3月1日の掲示で、最新の運賃は乗り場の掲示でご覧ください。
| 運賃 | 大人400円/小・中学生200円/未就学児は大人1人につき無料(2025年3月1日の掲示) |
|---|---|
| 運航時間 | 7時〜17時(同掲示) |
| 乗り場 | 西渡船場・東渡船場 |
| 乗り方 | 乗り場で船を呼ぶボタンを押す |
| 船 | 1998年就航のFRP船、定員12名(横須賀市の案内) |




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東浦賀:按針屋敷の伝承地から東叶神社の明神山まで
東林寺と三浦稲荷社
三浦稲荷社の鳥居と並ぶ、東浦賀の浄土宗寺院

東浦賀の坂を上った先にある寺院で、浦賀奉行所与力だった中島三郎助親子の墓があります。入口では、寺号標の隣に三浦稲荷社の鳥居と石段が並んでいます。
入口付近の案内板「深本・雷電・三浦稲荷社」には、遊廓の主人だった江戸屋半五郎が財産を手放して遊女を解放し、出家したことや、文化6年(1809)に雷電為右衛門の相撲興行があったことが紹介されています。
横須賀市の「浦賀さんぽ」の案内では、三浦稲荷社の裏から法幢寺にかけての石垣の下あたりを「按針屋敷」と呼ぶと紹介しています。按針の屋敷そのものを示す遺構は現存せず、石碑もありません。
- 中島三郎助親子の墓:市の案内では、三郎助は明治維新後も幕臣の立場を貫き、函館の千代ヶ岱台場で父子ともに戦死したと紹介されています。
- 三浦稲荷社:石の鳥居と小さな社殿が、寺号標の隣に立っています。
- 案内板:江戸屋半五郎と雷電の話が読めます。



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洲崎の案内板
案内板が伝える、按針屋敷と浦賀城の話

東浦賀の「洲崎」には、地名の由来を記した案内板が立っています。案内板には、三浦按針の屋敷に関する古い記録と、東叶神社の裏山にあったとされる浦賀城のことが書かれています。
案内板は、按針屋敷の正確な場所は分かっていないと説明しています。屋敷跡の碑や遺構はないため、この看板を読むことが、現地で按針と屋敷の話に触れる手がかりになります。
法幢寺周辺
鍛冶屋町の名残とされる東浦賀の斜面

東浦賀の斜面に沿って住宅が並ぶ一帯で、法幢寺の周辺は鍛冶屋町の名残とされています。住宅の間の路地には手押しポンプの井戸が残り、その奥に高台へ上がる長い石段が延びています。
高台の木立の中に、法幢寺の案内板が立っています。案内板によると、法幢寺は明応2年(1493)の開創で、本堂には阿弥陀三尊像が安置され、薬師如来と十二神将も伝わっています。浦賀城との関係にも触れています。
日西墨比貿易港之碑(にっせい ぼくひ ぼうえきこう の ひ)
浦賀が国際貿易港だった時代を伝える石碑

「日西墨比貿易港之碑」は、横須賀・東浦賀の東叶神社境内に2019年建立された荘厳な石碑で、慶長期における浦賀湊の国際港としての歴史を今に伝えています。三浦按針(ウィリアム・アダムス)は徳川家康の信任を得て、スペイン・メキシコ(新スペイン)・フィリピンとの貿易交渉を円滑に進め、浦賀を東国唯一の国際貿易港へと押し上げました。そして按針の働きにより最初の太平洋横断航路が実現し、一時は長崎・平戸と肩を並べる重要港となったことが刻まれています。
- 貿易港碑文:慶長期のスペイン経由マニラ・メキシコとの交流、太平洋航路、バテレン追放・鎖国への過程が要約されており、当時の世界観が浮かび上がります。
- 碑の配置:東叶神社の参道脇にあり、石段や鳥居、手水舎との調和が美しい。
- 季節の見どころ:春は桜、秋は紅葉と共に碑が彩られ、渡し船の航路と合わせた訪問がおすすめ。
短時間の立ち寄り:約10分(碑写真撮影+碑文閲読)
じっくり歴史散策:約30分(東叶神社境内散策含む)
神奈川県横須賀市東浦賀2‑21‑25(東叶神社境内)
浦賀駅からのアクセスは、このページ下部の「アクセス・基本情報」にまとめています。
おすすめ度
歴史的価値:☆☆☆
視覚的魅力:☆☆
体験的価値:☆☆
| 建立年 | 2019年(4月25日除幕) |
|---|---|
| 建立者 | 浦賀湊を世界文化遺産にする会+東叶神社氏子 |
| 構造・特徴 | 赤御影石の石碑。日西墨比(スペイン・メキシコ・フィリピン)貿易港としての沿革が詳述 |
| 改修・復元歴 | 建立以降の改修記録なし |
| 現存状況 | 良好。東叶神社参道脇に位置 |
| 文化財指定 | 地域の歴史碑として注目(国指定ではない) |
| 備考 | 碑文は英語併記。神社の桜と共に観光資源 |
三浦按針ゆかりの地巡りでは、按針塚や鹿島神社、浄土寺とあわせて訪れることで、彼が果たした国際交流の歴史と江戸湾・浦賀湊の重要性をより深く実感できるスポットです。
東叶神社
ソテツと赤い提灯、石段の上の拝殿

丘の斜面に建つ東叶神社は、石鳥居をくぐり、石段を上がった先に拝殿があります。左右にソテツが広がり、緑青色の屋根の下に赤い提灯が並ぶ姿が、石段の下からよく見えます。拝殿の正面の柵には、たくさんの絵馬が掛けられています。
入口付近の和英併記の案内板は、創建の伝承、明神山の歴史、勝海舟の断食の伝承、県指定天然記念物の社叢林を紹介しています。境内略図の案内板には、拝殿から明神山の奥の院、東照宮、神明社へ続く参道が示されています。
明神山:浦賀東照宮・浦賀城址・勝海舟断食之跡
東叶神社の背後にある山の上

東叶神社の背後にある明神山には、浦賀東照宮と呼ばれる小さな社殿があります。石造の基壇の上に格子戸の木造の社が立ち、神社庁では徳川家康を祀る「東照神社」として紹介されています。家康が浦賀を貿易港にしようとした歴史を碑で読んだあとに、家康を祀る社が同じ山にあることも、浦賀の歴史を考える手がかりになります。
山上には「浦賀城址」の案内板があります。後北条氏が房総の里見氏に備えて築いた城といわれ、東京湾を見渡せる立地だと説明されています。案内板の下には、広重の旅絵日記に描かれた浦賀の景観が添えられています。
高台からは、木々の間に浦賀湾口と東京湾が望めます。参道には「勝海舟断食之跡」の標柱があり、案内板は、勝海舟が咸臨丸で太平洋を渡る前にここで水垢離と断食をしたという伝承を紹介しています。
- 浦賀東照宮:格子戸と緑青色の屋根の小社殿。手前の短い石段に「奉献」と刻まれた石灯籠があります。
- 浦賀城址:案内板で城の伝承と山上の立地を知ることができます。
- 勝海舟断食之跡:標柱が立つ、伝承地です。
- 眺望:高台から浦賀湾口と東京湾を見渡せます。参道は手すり付きの長い石段が続きます。






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鴨居・馬堀海岸:八幡神社・鴨居東照宮・湯楽の里
浦賀駅から京急で北へ向かった鴨居の海沿いにある神社と、その帰りに立ち寄った温泉施設です。三浦按針との直接のつながりは確認できていないため、浦賀の旅の合間に町歩きとして組み込む場所として紹介します。
鴨居八幡神社
海に面した、白い大鳥居の神社

鴨居の海岸沿いの道に面して、白い大鳥居が立っています。扁額には「八幡神社」と記され、奥に緑青色の屋根の社殿が見えます。境内から振り返ると、大鳥居の向こうに鴨居の港と防波堤が広がり、海のすぐそばに鎮座していることがよく分かります。
境内の由緒板には、源頼朝や三浦氏に関わる創建の伝承と、祭礼の日程が記されています。石鳥居の奥の拝殿は木造で、唐破風のある大きな屋根が目を引きます。
鴨居東照宮
岩壁に寄り添う、小さな祠

鴨居八幡神社とは別の場所にある小さな祠です。白い鳥居をくぐって急な石段を上がると、岩壁に沿った開口部に木製の格子戸があり、中に注連縄と白い紙垂が見えます。周囲は竹や草木に囲まれ、静かな祈りの場になっています。
創建年代や由緒は現地では確認できませんでしたが、東照宮の名から、徳川の時代と浦賀・鴨居のつながりを考える手がかりになります。

横須賀温泉 湯楽の里
散策の途中で温泉と昼食

鴨居から馬堀海岸駅へ向かう途中に立ち寄りました。館内は広くてきれいで、露天風呂からは目の前に東京湾が見えます。温泉に入ったあと、館内で昼食をとりました。
午前に東浦賀と鴨居を歩いて汗をかく夏の日には、博物館へ移動する前の休憩場所にもなります。営業時間や料金は、施設の案内でご確認ください。
横須賀市自然・人文博物館:按針像を見る
浦賀の碑や案内板で按針の足跡を読んだあと、博物館の展示を見ると、横須賀と按針の関わりが一続きになります。浦賀駅から京急で県立大学駅へ移動して訪ねました。
横須賀市自然・人文博物館
人文館2階に、三浦按針・小栗忠順・ヴェルニーの像

人文館2階の「三浦半島の近世・近代」の常設展示室に、三浦按針(ウィリアム・アダムズ)の像があります。ケースには小栗上野介忠順とフランソワ・レオンス・ヴェルニーの像も並び、横須賀が海と造船で歩んだ歴史を、三人を軸に紹介しています。映像コーナーや、船・港のパネルもあります。
館内には約25分いました。按針像だけを目当てにするなら短時間で見られますが、佐島から移築された天保13年(1842)建築の漁師の家や、三浦半島の漁業用具の展示も見ごたえがあり、時間に余裕があれば合わせて見られます。
博物館に隣接する平和中央公園の入口には、旧名称の「中央公園」と刻まれた園名石があります。
| 開館時間 | 9:00〜17:00 |
|---|---|
| 休館日 | 月曜日、12月29日〜1月3日 |
| 入館料 | 無料 |
| 最寄り | 横須賀中央駅から徒歩約10分 |






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歩いた経験から選ぶ、時間がないときの優先順位
2025年3月と7月の2回の訪問にもとづく、筆者個人の優先順位です。三浦按針の足跡を目的とした場合の目安で、公式の推奨順ではありません。
按針が関わった浦賀の貿易港の歴史を、碑と境内の案内板でまとめて読めます。浦賀駅から徒歩約20分で、ここだけでも訪ねる意味があります。
按針屋敷の伝承にふれる案内板が読めます。碑へ向かう途中にあり、足を延ばしやすい場所です。
按針像を間近に見られます。入場無料で、約25分の見学でした。
按針の足跡を目的にするなら省けます。町歩きや社殿の彫刻に関心があれば、時間に合わせて組み込めます。
アクセス・基本情報
アクセス・基本情報
| 起点 | 京急浦賀駅(駅前にバス乗り場) |
|---|---|
| 日西墨比貿易港之碑 | 浦賀駅から徒歩約20分(約1.5km)。バスなら「新町」下車の目安は約7分 |
| 浦賀の渡し | 西渡船場と東渡船場を結ぶ。大人400円、小・中学生200円、未就学児は大人1人につき無料。運航は7時〜17時(2025年3月1日の掲示) |
| 博物館 | 浦賀駅から京急で県立大学駅へ移動。9:00〜17:00、月曜・12/29〜1/3休、無料(公式サイトの2026年11月2日時点の案内) |
| 地図 | 各スポットはGoogleマップで検索すると到達できます |


浦賀の前後に泊まるなら
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浦賀は京急浦賀駅から歩いて回れますが、碑や博物館、鴨居まで含めると半日以上かかります。日帰りが難しければ、横須賀側に泊まる方法と、横浜に泊まって京急で往復する方法があります。料金は日程や部屋で大きく変わるため、ここでは比較せず、エリアだけを挙げます。
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よくある質問
2025年3月1日の掲示では、大人400円、小・中学生200円で、未就学児は大人1人につき無料でした。運航は7時から17時と記されていました。最新の運賃と時間は、乗り場の掲示でご確認ください。
東叶神社の入口に立つ、2019年建立の記念碑です。浦賀が海外との貿易港だった歴史を伝えています。碑文の背景は、本文のスポット解説にまとめています。
京急浦賀駅から徒歩約20分(約1.5km)です。バスなら「新町」下車で、乗車時間の目安は約7分です。
正確な場所は分かっていません。洲崎の案内板も、場所は不明と説明しています。横須賀市の「浦賀さんぽ」の案内では、三浦稲荷社の裏から法幢寺にかけての石垣の下あたりを「按針屋敷」と呼ぶと紹介しています。遺構や碑は現存しません。
三浦按針の足跡が目的なら、鴨居、浦賀の渡し、西叶神社は省けます。最優先は日西墨比貿易港之碑で、時間があれば東林寺・洲崎・法幢寺と博物館を加えてください。
公式サイトの2026年11月2日時点の案内では、開館は9:00から17:00、休館日は月曜日と12月29日から1月3日、入館料は無料です。按針像を見るだけなら約25分が目安でした。
按針塚、鹿島神社、浄土寺などは別の記事で紹介しています。この記事は、浦賀側の碑、按針屋敷の伝承地、博物館を中心にまとめています。
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