姫路城完全ガイド エリア2:西の丸エリア
徳川家康の孫娘・千姫が暮らした西の丸。化粧櫓や約240メートルの百間廊下(長局)、いくつもの現存櫓が連なるこのエリアの11スポットを解説します。
姫路城完全ガイド:全6エリア
姫路城完全ガイドの「エリア2」では、徳川家康の孫娘・千姫が本多忠刻とともに暮らした西の丸を歩きます。菱の門をくぐった先に広がるこのエリアには、千姫の化粧部屋と伝わる化粧櫓や、約240メートルにわたる百間廊下(長局)など、居住空間と防御施設が一体となった姫路城ならではの構造が残ります。
エリア2のスポット一覧
西の丸 南門跡
“千姫の御成り門”と伝わる南の出入口

「西の丸 南門跡」は、姫路城の西の丸地区の南端に位置していたとされる門の遺構であり、現在は門そのものは失われているものの、往時の構造をしのばせる石垣や地形が静かにその存在を物語っています。西の丸の南側出入口として、内部からの出入りや物資の搬入など実務的な役割を担っていたと考えられています。
西の丸は、千姫が移り住んだことで知られる御殿エリアであり、この南門は彼女を取り巻く女中たちや関係者の出入り口としても使用されていた可能性があります。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城 西の丸南端)
菱の門から徒歩約1分(約46m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約10分
見どころ- 枡形構造の遺構:敵の侵入を防ぐためのL字型の通路跡や石垣の張り出しが確認できます。
- 南側から望む姫路城天守:門跡の周辺からは、天守を少し低い角度から見上げる絶好のビューポイントです。
ワの櫓
西の丸南端を守る二層構造の櫓

「ワの櫓(わのやぐら)」は、西の丸の南端に位置する二層構造の櫓で、西の丸の防衛線を構成する重要な一角を担っていました。「ワ」という名称は、櫓の配置を図面上で表した際の記号(文字)に由来するとされており、姫路城内に現存する「イ」「ロ」「ハ」といった他の櫓と同様、軍事的・構造的な区分を示すものです。
外敵が西側から攻め入った場合に備え、物見(見張り)や武器・弾薬の貯蔵、さらには戦時の臨時司令部としても機能していたと考えられています。西の丸はかつて千姫が暮らした御殿があったエリアであり、ワの櫓もそうした生活空間を守る役割を担っていたと見られています。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城 西の丸内)
西の丸 南門跡から徒歩約1分(約100m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 現存櫓の内部構造:木組みや格子窓、狭間(さま)などが残されています。
- 百間廊下との接続:ワの櫓は百間廊下の一端に位置しており、長大な回廊を歩いた先に現れる構造物です。
レの渡櫓
東小天守と乾小天守を結ぶ折れ構造の渡櫓

姫路城の「レの渡櫓(わたりやぐら)」は、天守群の中でも特に建築美と軍事的機能が融合した構造物です。「レの字」のように折れた形をしており、東小天守と乾小天守を結ぶこの渡櫓は、姫路城の複雑な防御構造の一端を担っていました。敵の侵入を遅らせる狭間や格子、急な階段や屈曲した通路など、細部にわたり戦国時代の知恵が込められています。
内部は近年の特別公開時に障子や火縄銃の展示が復元され、当時の武士たちの生活や城の防御体制を肌で感じることができる貴重な空間です。
住所:兵庫県姫路市本町68番地
ワの櫓から徒歩約1分(約10m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 独特な「レ」字型構造:敵の侵入を迷わせるよう計算されたレイアウトです。
- 復元された内部展示:2019年の特別公開では、火縄銃や障子が復元され、当時の様子をリアルに体感できました。
西の丸庭園
千姫が静かな日々を過ごした庭

「西の丸庭園」は、姫路城の西側に広がる静謐な空間で、かつて城主の正室が居住していた「西の丸御殿」の庭園部分にあたります。徳川秀忠の娘・千姫が本多忠刻に嫁いだ後、姫路城に住まい、この西の丸で静かな日々を過ごしたと伝えられています。
当時の御殿や庭園の建物自体は現存していませんが、その配置や意匠を感じさせるように、現在は整備された芝生や石畳、小径が残されています。庭園内には「化粧櫓」など複数の櫓が現存しており、これらは実際に千姫が使っていたと伝わる場所として見学も可能です。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城 西の丸エリア)
レの渡櫓から徒歩約1分(約62m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約30分
見どころ- 千姫ゆかりの空間:千姫が江戸から姫路に嫁ぎ、過ごした西の丸御殿の庭にあたります。
- 長局(百間廊下)との一体感:庭園の背後には現存建築である百間廊下が連なります。
ヲの櫓
百間廊下の最北端を守る見張り台

「ヲの櫓(をのやぐら)」は、姫路城・西の丸の北西端に位置する現存の櫓で、西の丸の外郭を防衛する重要な役割を果たしていました。百間廊下の最北端に位置する構造で、直線的な回廊の終着点として、敵の侵入を警戒する見張り台兼防衛拠点として機能していました。
豊臣秀吉が築いた原型にはまだ存在しなかったこの櫓は、池田輝政の大改築(1601〜1609年)の際に整備されたものです。
住所:兵庫県姫路市本町68
西の丸庭園から徒歩約1分(約30m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 百間廊下の終端を守る櫓:長さ240mにも及ぶ百間廊下の北端に位置します。
- 防御構造の工夫:内部には狭間(鉄砲・矢狭間)が設けられています。
ルの櫓
百間廊下を補強する現存櫓

「ルの櫓(るのやぐら)」は、姫路城の西の丸北側、百間廊下に連なる現存櫓のひとつで、江戸時代初期に築かれた堅牢な防御施設です。長く続く百間廊下の途中に配置されており、建物全体の防衛ラインと構造補強の要でもあります。
築造は池田輝政による姫路城の大改築(1601〜1609年)の時期で、女性たちが暮らした西の丸御殿の安全を守る意味でも重要なポジションにありました。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城 西の丸 北側)
ヲの櫓から徒歩約1分(約5m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 百間廊下との接続性:通路の防御と連絡の中継拠点として機能していました。
- 重厚な石垣と白壁の対比:石垣の上にそびえる白漆喰の櫓は”白鷺美”を体現しています。
西の丸 長局(百間廊下)
全長約240mの女中たちの回廊

「西の丸 長局(にしのまる ながつぼね)」は、「百間廊下」の名でも知られる、姫路城内でも特に印象的な建築空間のひとつです。長さはおよそ240メートルに及び、西の丸の南北を縦断するようにまっすぐ伸びており、格式高い御殿や櫓と櫓をつなぐ屋根付きの通路として造られました。内部には多くの「局(つぼね)=女性たちの居室」が連なっており、女中たちの生活空間の中枢でした。
三代将軍・徳川家光の正室である千姫が、夫である本多忠刻とともに姫路城に入った際に整備されたとされ、彼女に仕える多くの侍女たちがここに居住しました。現在は内部公開されており、当時の女中たちの生活や城内のしきたりを紹介する展示も設置されています。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城 西の丸内)
ルの渡櫓から徒歩約1分(約46m)
短時間での見どころ:約15分/じっくり観光するなら:約40分
見どころ- 240mの直線美:窓から差し込む自然光とともに続く長い廊下は、歩くだけで時代を遡るような感覚を味わえます。
- 女中たちの暮らしの痕跡:部屋区画や釘隠しなどに当時の生活様式が色濃く残っています。
ヨの渡櫓
居住と防御が融合した渡櫓

姫路城「ヨの渡櫓(わたりやぐら)」は、西の丸に配された渡櫓群のひとつであり、居住空間と防御施設という二つの顔を持つ、戦国時代の城郭建築の粋を示す貴重な遺構です。ヌの櫓、カの渡櫓などと連続し、西の丸長局(百間廊下)の構造の一部を形成しています。内部には女中たちの控えの間や通路、そして敵の侵入に備えた狭間(さま)や石落としなどが設けられています。
現在、ヨの渡櫓の内部は一般公開されていませんが、外観からも往時の美しさと緊張感を感じ取ることができます。
住所:兵庫県姫路市本町68番地 姫路城 西の丸内
西の丸 長局から徒歩約1分(約20m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 連続する櫓群の一部としての存在感:ヌの櫓・カの渡櫓などとつながる構造で、敵の侵入経路を封じる複雑な導線設計の中核に位置します。
- 華やかな内部装飾(非公開):かつては女中たちが使用した部屋に松や草花の絵が描かれていたと伝わります。
西の丸北門跡
千姫の生活空間へ通じた出入口跡

姫路城「西の丸北門跡」は、かつて城内の西の丸に存在した重要な出入口のひとつで、現在では門そのものは失われているものの、その痕跡がしっかりと地上に刻まれています。この門は、姫路城を取り巻く多重防御の一部であると同時に、千姫が暮らしていた西の丸への主要な出入り口でもありました。
西の丸は千姫のために整備された空間で、御殿と女性たちの暮らしが展開された特別な場所です。北門はその生活空間へのアクセスとして、また有事には防衛の最前線として機能していました。現在、門は失われたものの、石垣の角度、礎石の配置、そして門の土台が残っており、かつての規模や構造をしのぶことができます。
住所:兵庫県姫路市本町68番地 姫路城西の丸内
ろの門から徒歩約1分(約66m)
短時間での見どころ:約3分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 門の礎石・石垣跡:門そのものは失われているものの、地面に残る石の配置で当時の構造が分かります。
- 西の丸御殿の生活導線:千姫の生活空間へ通じる要所で、女性たちの出入りの通路でもありました。
化粧櫓
千姫の化粧部屋と伝わる優美な櫓

「化粧櫓(けしょうやぐら)」は、姫路城西の丸の北端に位置する、格式と美を備えた櫓(やぐら)です。名前に「化粧」とあるように、他の櫓とは一線を画した華やかさや優雅さを感じさせる佇まいで、軍事的な用途だけでなく、文化的・生活的な側面も色濃く残す空間として知られています。
徳川家康の孫娘・千姫が西の丸に住んでいた際、特に使用したと伝えられており、彼女の生活空間の一部として整えられたものと考えられています。櫓内には床の間や押し入れ、障子を備えた居住性の高い構造が確認されており、上層階級の女性のための特別な空間であったことがうかがえます。白漆喰の壁に囲まれた外観は、姫路城の「白鷺城」の異名を象徴する美しさを際立たせています。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城西の丸北端)
西の丸北門跡から徒歩約1分(約30m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 千姫ゆかりの空間:徳川家の姫として政略結婚を経た千姫が、戦乱を経てようやく安住したとされる場です。
- 畳敷きの内部と装飾:壁は白漆喰仕上げながら、内部は板間や畳、障子など武家屋敷風の居住空間を残しています。
ヌの櫓
大天守の南東を守る実戦的な櫓

「ヌの櫓(ぬのやぐら)」は、姫路城の大天守の南東部に位置する現存櫓で、天守曲輪の防御を固める重要な一角を担っています。天守への登城ルートを横から監視・狙撃できる位置にあり、狭間(さま)と呼ばれる銃眼や、石落としの機構が設けられているなど、純粋な防御用施設としての役割が色濃いのが特徴です。
築造は1601〜1609年、池田輝政による大拡張時代。豊臣秀吉が築いた天守台の原型を活かしつつも、それにさらに三重の防御構造を重ねるような配置で建てられました。
住所:兵庫県姫路市本町68(姫路城・天守曲輪内)
化粧櫓から徒歩約1分(約15m)
短時間での見どころ:約5分/じっくり観光するなら:約15分
見どころ- 狭間と石落としの構造:鉄砲や弓を放つための狭間が現存し、姫路城の戦略的構造を体感できます。
- 天守群との連携:大天守や乾小天守との連結性が高く、包囲型防御の”ハブ”のような役割を果たします。
FAQ
徳川家康の孫娘・千姫が西の丸に住んでいた際に使用したと伝えられる櫓で、居住性の高い畳敷きの室内が残っています。
正式には「西の丸 長局」と呼ばれる、全長約240メートルの屋根付き回廊です。ワの櫓から化粧櫓まで、西の丸の南北を貫いています。
百間廊下をじっくり歩く場合、エリア2全体でおよそ40分〜1時間を見込んでください。
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