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名古屋城 天守閣と不明門 ― 内部閉館中の天守を外から見る

名古屋城 天守閣。金鯱を戴く五層五階の再建天守で、現在は閉館中
名古屋城 本丸エリア #3

名古屋城 天守閣と不明門 ― 内部閉館中の天守を外から見る

名古屋城には、築城当初から現存する「旧二之丸東二之門」や再建された「不明門」、大空襲後に復元された「天守閣」、現在修復中の「搦手馬出跡」など、歴史的な門や天守が多数点在しています。それぞれの建築様式と背景に触れながら、徳川の威信が息づく名古屋城の奥深さを体感しましょう。

エリア本丸北部(門・天守周辺)
竣工1612年(慶長17年)頃
現況天守閣は閉館中/搦手馬出跡は立入禁止
見学目安4スポットで計約33〜85分
この記事は現地取材にもとづいて作成しています(複数回訪問・最終訪問:2026年6月)。

本丸北部の4スポット

旧二之丸東二之門から不明門まで、いずれも徒歩1〜3分程度の距離に点在しています。ただし、石垣修復工事のため、現在は旧二之丸東二之門から搦手馬出跡の先へ進むことができません。各スポットの詳細(見どころ・所要時間・アクセス・トリビア)はカード内の「詳細を開く」ボタンから確認できます。

旧二之丸東二之門

名古屋城 旧二之丸東二之門。1612年頃建造の高麗門形式で、1972年に本丸東二之門跡へ移築された現存の城門

名古屋城の旧二之丸東二之門(きゅうにのまるひがしにのもん)は、1612年(慶長17年)頃に建造された高麗門形式の門で、かつて二之丸の東側に位置し、主要な出入口として機能していました。1972年(昭和47年)に本丸東二之門跡へ移築され、現在に至ります。

この門は、戦災を免れた数少ない現存建造物の一つであり、1975年(昭和50年)に重要文化財に指定されています。

見どころ
  • 高麗門の構造:高麗門は、主柱と控柱を持つシンプルながらも堅牢な構造が特徴で、戦国時代の城門建築様式を今に伝えています。
  • 移築の歴史:元々の位置から本丸東二之門跡への移築により、門の歴史的背景や保存の取り組みを感じることができます。
  • 季節限定の楽しみ方:春には周囲の桜が美しく咲き誇り、歴史的建造物との調和が見事です。

見学の目安:短時間での見どころ 約10分(門の外観と周辺の観察)/じっくり観光するなら 約20分(門の構造や歴史の詳細な観察、写真撮影など)

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城内

アクセス:清正石から徒歩約1分(約20m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:旧二之丸東二之門は、名古屋城築城時からの現存建造物であり、戦災を免れた貴重な遺構として知られています。
  • 知る人ぞ知る情報:1972年の移築により、現在の位置に再配置され、保存状態も良好であるため、当時の建築技術や様式を直接観察することができます。
  • 著名人との関係:名古屋城は徳川家康の命により築城され、旧二之丸東二之門もその一部として建造されました。

搦手馬出跡

名古屋城の搦手馬出跡(からめてうまだしあと)は、本丸の東北部に位置し、城の裏門にあたる搦手門を防御するための重要な施設でした。馬出とは、城の出入口に設けられた半円形や方形の小さな区画で、敵の侵入を防ぎ、味方の出撃を円滑にする役割を持っています。名古屋城の搦手馬出は、東側の防御を強化するために設けられ、特に本丸への直接的な侵入を防ぐ構造となっていました。

近年、この搦手馬出周辺の石垣が老朽化し、膨らみや崩落の危険性が指摘されていました。そのため、2004年から解体修理が開始され、2023年には本格的な積み直し作業が進められています。この修復工事は、名古屋城内でも指折りの一大プロジェクトとして注目されています。

よって、現在は、旧二之丸東二之門から先に行くことができません。

見どころ
  • 石垣の修復工事:現在進行中の石垣の積み直し作業を間近で見ることができ、伝統的な石積み技術の継承を実感できます。
  • 馬出の構造:馬出の形状や配置を観察することで、戦国時代の城郭防御の工夫を学ぶことができます。
  • 季節限定の楽しみ方:春には周囲の桜が美しく咲き、歴史的な遺構と自然の調和を楽しむことができます。

見学の目安:短時間での見どころ 約10分(搦手馬出跡の観察)/じっくり観光するなら 約20分(石垣の詳細な観察や写真撮影を含む)

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城 搦手馬出跡

アクセス:旧二之丸東二之門から徒歩約1分(約20m)ただし、現在立ち入り禁止。

豆知識
  • 意外な歴史的背景:搦手馬出は、城の裏門を防御するための施設であり、敵の侵入を防ぐと同時に、味方の出撃を支援する役割も果たしていました。
  • 知る人ぞ知る情報:修復工事中には、石垣の石に刻まれた大名の刻印や墨書きが発見され、築城当時の歴史を今に伝えています。
  • 著名人との関係:名古屋城の築城には、徳川家康の命により全国の大名が動員され、搦手馬出の石垣にも彼らの関与が刻まれています。

天守閣

名古屋城 天守閣。金鯱を戴く五層五階の再建天守で、現在は閉館中

名古屋城の天守閣は、1612年(慶長17年)に完成した五層五階の壮大な建造物で、当時の最新技術と徳川家の威信が結集されたものでした。大天守の大棟には金鯱(きんしゃち)が飾られ、その豪華さから「金鯱城」とも称され、尾張徳川家の象徴となりました。しかし、1945年の名古屋大空襲で焼失し、1959年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建されました。再建から約60年が経過し、設備の老朽化や耐震性の問題が指摘され、現在は閉館中です。

見どころ
  • 天守閣の外観:金鯱が輝く壮麗な姿は、名古屋のシンボルとして親しまれています。
  • 本丸御殿:天守閣近くに位置し、豪華絢爛な内部装飾が見どころです。
  • 季節限定の楽しみ方:春には桜、秋には紅葉が天守閣周辺を彩り、美しい景観を楽しめます。

見学の目安:短時間での見どころ 約10分/じっくり観光するなら 約30分

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城内

アクセス:旧二之丸東二之門から徒歩約2分(約150m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:天守閣は、1930年(昭和5年)に城郭として国宝第一号に指定されました。
  • 知る人ぞ知る情報:再建された天守閣内部は博物館として利用されていましたが、現在は耐震性の問題から閉館中です。
  • 著名人との関係:名古屋城は徳川家康の命により築城され、天守閣もその一環として建造されました。

不明門

名古屋城 不明門。多門塀の下をくぐる埋門形式で、両側に剣塀を備える

名古屋城の不明門(あかずのもん)は、本丸の北側に位置する埋門形式の門で、本丸御殿の大奥へ通じる秘門として機能していました。常に厳重に施錠されていたことから、「あかずの門」とも呼ばれていました。この門は多門塀の下部に設けられ、両側には槍の穂先を並べた剣塀が続いており、防御性を高める工夫が施されています。1945年の名古屋大空襲で焼失しましたが、1978年に原形通りに再建され、現在に至ります。

見どころ
  • 不明門の構造:多門塀の下をくぐる埋門形式で、両側に剣塀が設けられています。
  • 剣塀:槍の穂先を並べた防御用の塀で、侵入者を防ぐ役割を果たしていました。
  • 季節限定の楽しみ方:春には桜、秋には紅葉が周囲を彩り、歴史的建造物との美しい調和を楽しめます。

見学の目安:短時間での見どころ 約3分/じっくり観光するなら 約15分

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城本丸北側

アクセス:小天守閣から徒歩約1分(約40m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:不明門は、本丸御殿の大奥へ通じる秘門として、特定の人々しか通行を許されていませんでした。
  • 知る人ぞ知る情報:門の両側に続く剣塀は、侵入者を防ぐための独特な防御設備で、名古屋城の他の部分では見られない特徴です。
  • 著名人との関係:名古屋城は徳川家康の命により築城され、不明門もその一部として設けられました。
☕ このサイトは実地取材で制作しています。記事が参考になった方は、サポートいただけると励みになります。
現地を歩いた判断:時間がないならどう回るか

複数回の現地訪問(最終:2026年6月)にもとづく、筆者個人の優先順位です。名古屋城公式の推奨順ではありません。

最優先
天守閣

金鯱を戴く名古屋城の象徴で、外観の撮影スポットとしては最優先です。ただし内部は現在閉館中(1959年再建の鉄骨鉄筋コンクリート造で、耐震性の問題により)。「天守に登れる」と思って行くと必ず失望するので、外から眺める場所と割り切って予定を組んでください。

できれば
旧二之丸東二之門

1612年頃に建てられた本物の現存門を、1972年に本丸東二之門跡へ移築したものです。再建ではなく当時の部材が残っている点で、天守閣とは価値の質が違います。二之丸エリア#1の「二之丸東門跡」に門が無いのは、この門がここへ移されたためです。

できれば
不明門

1945年に焼失し1978年に原形通り再建された門ですが、両側に続く剣塀(槍の穂先を並べた塀)とセットで見ると防御思想がよく分かります。本丸の北側にあるので、天守閣を見た流れで通れます。

後回し可
搦手馬出跡

城の裏門を守る馬出の跡地で、現地では遺構の輪郭を読み取る必要があります。城郭の縄張りに関心があれば面白い場所ですが、初訪問で時間が限られているなら通過して構いません。

名古屋城 全体マップ

アクセス・開館時間・入場料(名古屋城 共通)

開館時間9:00〜16:30(本丸御殿への入場は16:00まで)
休館日12月29日〜1月1日
入場料大人 500円(2026年9月30日まで)/1,000円(2026年10月1日から)
中学生以下は無料(改定後も据え置き)
※2026年8月23日時点で確認。名古屋市議会で条例改正が可決済みです。改定日より前に購入した観覧券は、改定後もそのまま使用できます。
最寄り駅地下鉄名城線「名古屋城」駅から徒歩約5分

最新の開館状況・料金は名古屋城公式サイトで事前にご確認ください。

よくある質問

旧二之丸東二之門は1612年(慶長17年)頃に建造された高麗門形式の門で、もとは二之丸の東側にありましたが、1972年(昭和47年)に本丸東二之門跡へ移築されました。戦災を免れた現存建造物として、1975年(昭和50年)に重要文化財に指定されています。

現在の天守閣は1945年の空襲で焼失した後、1959年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建されたものです。再建から約60年が経過し、設備の老朽化や耐震性の問題が指摘されたため、現在は閉館中となっています。

搦手馬出跡周辺の石垣は老朽化により膨らみや崩落の危険性が指摘され、2004年から解体修理が開始されました。2023年には本格的な積み直し作業が進められており、現在は旧二之丸東二之門から先に立ち入ることができません。

開館時間は9:00〜16:30(本丸御殿への入場は16:00まで)、休館日は12月29日〜1月1日です。入場料は大人500円ですが、2026年10月から1,000円に改定される予定です。最寄り駅は地下鉄名城線「名古屋城」駅で、徒歩約5分です。

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