弘前城の観光を終えたあと、もう少し足を延ばしてみる価値のある場所があります。城の東側、静かな住宅街の一角に、東北地方でも屈指の美しさとされる五重塔がそびえています。最勝院五重塔です。
最勝院は弘前市銅屋町にある真言宗の寺院で、境内の五重塔は国指定重要文化財です。木々に囲まれた静かな境内に、江戸時代初期の建築が、1991年の台風被害後の全面解体修理を経て、現在も境内に立っています。弘前城と合わせて歩けば、城下町の歴史をより深く体感できる場所です。
境内に隣接する弘前八坂神社とあわせると、所要時間は30分ほど。弘前城から歩いて行ける距離にあり、日本の寺社建築をじっくり見たい方に向いています。
弘前城から最勝院への徒歩ルート(約15〜20分)
この記事で分かること
| 主な見どころ | 最勝院五重塔(国指定重要文化財)。江戸時代初期の現存建築で、東北地方屈指の美しさと称される五重塔 |
|---|---|
| 五重塔の状態 | 1664年(寛文4年)の墨書が確認された現存建築。1991年の台風19号で被害を受け、全面解体修理を実施(1994年完工)。「修理を経た現存建築」となります。 |
| 境内の建物 | 護摩堂(旧大円寺系・現存)、旧仁王門(1827年建立・1964年頃移築・2025年登録有形文化財)、仁王門(1984年建立)、鐘楼・平和の鐘(1956年再建)、本堂(再建)、水屋 |
| 隣接スポット | 弘前八坂神社が境内に隣接。同じ参拝導線でほぼ続けて回れる |
| 所要時間 | 最勝院のみ約20分、弘前八坂神社込みで約30分 |
| 拝観料 | 通常無料。さくら期間・ねぷた期間・紅葉期間は有料になる場合あり(訪問前に最新情報をご確認ください) |
| 弘前城から | 約1km東・徒歩約15〜20分 |
| JR弘前駅から | 徒歩約30分、またはバスで「弘高前」か「本町」バス停から徒歩数分 |
| 住所 | 青森県弘前市銅屋町63 |
| 拝観時間 | 9:00〜16:30(季節により変更あり) |
行く価値はありますか?
弘前城だけでなく、日本の寺社建築や城下町の雰囲気も楽しみたい方には、立ち寄る価値があります。
五重塔は住宅街と木々に囲まれた静かな場所に立っており、観光地的なにぎやかさはありません。弘前城を訪れた際の立ち寄りスポットとして、無理なく組み込める距離と所要時間です。城の石垣や堀とはまた違う、江戸時代の木造建築を間近で見られます。
仁王門から境内に入り、五重塔と本堂を見て、隣の弘前八坂神社まで足を運べば、30分前後でひとつながりの参拝ができます。弘前城→最勝院→弘前八坂神社と歩くルートは、城下町の歴史に触れながら移動できる充実したコースです。
アクセス
| 最寄り駅 | JR奥羽本線 弘前駅 |
|---|---|
| バス利用 | 弘前バスターミナルから土手町循環バスなどで「弘高前」または「本町」バス停下車、徒歩数分。運賃は2026年時点で大人現金150円・ICカード130円程度(訪問前に最新情報をご確認ください) |
| 駅から徒歩 | 約30分 |
| 弘前城から | 城の東側を抜けて約1km。徒歩15〜20分ほどで到着します。途中に「弘前城新寺構南溜池跡」の説明看板があり、城下町のなりたちを知る手がかりになります。 |
| 新幹線利用 | 東北新幹線で新青森駅まで(東京から約3時間)、JR奥羽本線に乗り換えて弘前駅まで約35分 |
| 駐車場 | 境内付近に普通車数台分のスペースあり。詳しい台数・利用条件は現地または公式にてご確認ください。 |
歴史背景
なぜ住宅街の中に五重塔が立っているのか
最勝院は、弘前城下の整備に深く関わった津軽家ゆかりの寺院です。現在の境内は、神仏分離以前の旧大円寺を源とします。
旧大円寺はかつて牛頭天王を祀る寺社複合の場でした。弘前城下における宗教・文化の一拠点として栄えましたが、明治時代の神仏分離令によって大きく変容します。牛頭天王信仰に基づく祭祀は、現在の弘前八坂神社へと引き継がれる形になりました。
境内の護摩堂は旧大円寺系の建物として現在も残っており、最勝院と弘前八坂神社が隣り合っているのはこうした歴史的な経緯によるものです。津軽家は江戸幕府の体制下で外様大名として藩政を担い、弘前城下の寺社整備はその一環でした。現在の弘前の寺社群はその名残を多く残しています。
📜 神仏分離が境内を変えた
明治維新後に施行された神仏分離令は、全国の寺社複合施設に大きな変容を迫りました。それまで神と仏が習合して祀られていた場所では、仏教的な要素と神道的な要素を明確に分離することが求められたのです。
最勝院の前身にあたる旧大円寺も、この流れの中で変容を余儀なくされます。牛頭天王への信仰は弘前八坂神社として独立する形で引き継がれ、寺院部分が最勝院として現在に至ります。護摩堂はこの変容の前後をまたいで残っている建物のひとつであり、かつての寺社複合の空間を現代につなぐ要素です。
最勝院と弘前八坂神社が隣り合っているのは、偶然ではありません。かつてひとつの境内で信仰が営まれていた歴史の痕跡が、現在もこの場所に残っています。
境内の見どころ
最勝院の境内には、建立年や来歴の異なる複数の建物が残っています。それぞれの成り立ちを知ってから歩くと、境内の見え方が変わります。
最勝院五重塔
東北地方最北の現存五重塔
最勝院のシンボルであり、この記事の主役です。高さ31.2メートル。1664年(寛文4年)の墨書が塔内から確認されており、江戸時代初期の建立とされています。東北地方でも特に美しい五重塔として知られ、明治41年(1908年)の指定説明には「東北地方第一ノ美塔ナリ」と記されています。青森県で最初に指定された重要文化財建造物です。
五重塔は再建でも復元でもなく、江戸時代に建てられた本物の建物です。ただし1991年の台風19号で大きな被害を受け、全面解体修理(建物を一度すべて解体し、部材を点検・補強・修理したうえで組み直す工法)を経て1994年に完工しました。「修理を経た現存建築」として理解するのが正確です。
📜 五重塔データ
| 建立 | 1664年(寛文4年)8月の墨書を確認。完成は1667年(寛文7年)と伝わる。大円寺六世・京海の発願により、津軽家三代藩主・信義の時代に着工。 |
|---|---|
| 建立の目的 | 津軽統一の過程で戦死した敵味方双方の武士を供養するためとされる(寺伝) |
| 高さ | 総高31.2メートル |
| 重要文化財指定 | 明治41年(1908年)4月23日指定。青森県初の重要文化財建造物。指定説明に「東北地方第一ノ美塔ナリ」と記録。 |
| 台風被害と修理 | 平成3年(1991年)台風19号により大きな被害を受け、全面解体修理を実施。平成6年(1994年)秋に完工、翌平成7年(1995年)春に竣工式。 |
| 現在の状態 | 現存(全面解体修理済み)。外観拝観のみ。 |
📋 現地看板
タップすると拡大できます
本堂
参拝の中心となる再建建物
現在の本堂は20世紀に再建されたものです。本尊の大日如来像を安置しています。五重塔が江戸時代の現存建築であるのに対して、本堂は現代的な寺院建築です。五重塔とあわせて境内に存在しています。
本堂は20世紀に再建されています。再建年には不明な点が残りますが、現在の本堂は20世紀に再建された建物として紹介されています。屋根は2002年に修理・変更されています。
護摩堂
旧大円寺から受け継がれた建物
境内に残る護摩堂は、旧大円寺の建物として現在も使われています。かつて牛頭天王が祀られていた場所との歴史的な関係から、最勝院と弘前八坂神社の成り立ちを理解するうえで重要な建物です。神仏分離の前後をまたいで残っている貴重な一棟で、旧大円寺から受け継がれた建物として現在も境内に残っています。
護摩堂は、旧大円寺に由来する建物として伝えられています。神仏分離後も境内に残り、最勝院と弘前八坂神社の歴史的な関係を現代につなぐ建物です。正確な建立年は不明。
仁王門と仁王像
旧仁王門(1827年)と新仁王門(1984年)が並ぶ
最勝院には仁王門が2棟あります。それぞれ建立の時代が異なり、境内の変遷を知る手がかりになります。
🏯 旧仁王門(仁王坂)
| 建立 | 文政10年(1827年)。大工は成田輿三郎。 |
|---|---|
| 修理 | 昭和2年(1927年)に屋根こけら葺を鉄板葺などに改修 |
| 移築 | 昭和39年頃(1964年頃)、境内西側から現在地へ曳家のうえ移築 |
| 文化財登録 | 令和7年(2025年)11月17日、国の登録有形文化財に登録 |
| 現在の状態 | 移築・登録有形文化財 |
🏯 新仁王門(現・参拝入口)
| 建立 | 昭和59年(1984年)。弘法大師1150年御遠忌の記念事業として建立。 |
|---|---|
| 現在の状態 | 参拝導線の入口として使用中 |
🗿 仁王像
仁王門に安置された仁王像は承応2年(1653年)の造立で、解体修理の際に胎内から墨書が発見され、青森県最古の仁王像であることが判明しています。2017年に阿形像の眼球が落下したことを機に全身の解体修理が行われ、2022年に完了しました。
鐘楼・平和の鐘
戦後に再建された「平和の鐘」
もとの鐘は戦時中の金属供出で失われました。現在の鐘楼と梵鐘は昭和31年(1956年)に再建されたもので、「平和の鐘」と呼ばれています。基壇には弘前城本丸内にあった旧津軽為信銅像の台座を転用したと伝わります。
水屋(手水舎)
参拝前の手水
本堂に向かう前に手を清めるための手水舎です。参拝の習わしに従い、水屋で手を清めてから堂内に進みます。
弘前八坂神社
弘前八坂神社と京都の八坂神社は名称が似ていますが、別の独立した神社です。弘前の旧大円寺の牛頭天王信仰が明治の神仏分離後に引き継がれた神社であり、弘前の地元の歴史に根ざしています。
最勝院に隣接する弘前八坂神社は、旧大円寺の牛頭天王信仰が神仏分離後に引き継がれた神社です。最勝院の境内から自然な流れで立ち寄ることができ、ほぼ同じ参拝導線で回れます。
毎年7月下旬には「弘前八坂神社祭礼(祇園会)」が行われており、2026年は7月26日開催の予定です。八坂神社の祭神や社務所の詳細については、現地または公式情報でご確認ください。
伝承と深掘り
五重塔の建立年については、1664年(寛文4年)の墨書が塔内から確認されています。資料によって表記に差異がみられることがありますが、現地看板や弘前市の公式資料では「寛文4年(1664年)」の刻名が根拠として紹介されています。完成は1667年(寛文7年)と伝わります。
最勝院が旧大円寺の流れを汲む寺院であること、神仏分離で弘前八坂神社へと信仰が引き継がれたこと——これらは現地の案内板にも記されており、境内を歩きながら少しずつ読み解ける情報です。弘前城の歴史とあわせて知ることで、城下町全体の宗教的・文化的な背景が見えてきます。
御朱印
今回の訪問時には、最勝院で御朱印を拝受できました。現在の受付状況・場所・初穂料は変更される可能性があるため、訪問前に公式情報または現地でご確認ください。
よくある質問
周辺の史跡
最勝院・弘前八坂神社をめぐった後は、弘前城下のほかの史跡へ足を延ばしてみてください。
☕ このサイトを応援する
Following the Shogunは現地取材をもとに制作しています。
記事が役に立ったと感じていただけたら、サポートいただけると励みになります。
QRコードからもサポートできます
comment