東京駅の待ち時間や乗り換えの空き時間でも歩ける範囲に、三浦按針(ウィリアム・アダムス)ゆかりの像や碑が4カ所残っています。丸の内南口から徒歩1分のデ・リーフデ号像から、八重洲の地名の由来になったヤン・ヨーステンの記念像・記念碑、そして東京都指定旧跡の屋敷跡まで。いずれも屋外または地下街の公開スポットで、入場料はかかりません。
東京駅発 三浦按針ゆかりの地 徒歩ルート
4つのスポットを効率よく回るなら、以下の順序がおすすめです。各スポットの見学目安は約5分、合計で約20分です(スポット間の徒歩移動時間は別途かかります)。新幹線の待ち時間で1カ所だけ見るなら、丸の内南口から徒歩1分のデ・リーフデ号像が現実的です。
見学目安:約5分。東京駅丸の内南口から徒歩1分。
見学目安:約5分。八重洲中央口から地下街直結。
見学目安:約5分。日本橋三丁目交差点の中央分離帯内。
見学目安:約5分。東京駅八重洲口から徒歩約15分(約1km)。
デ・リーフデ号像(丸の内ビルディング)
⭐おすすめ度:歴史的価値☆☆/視覚的魅力☆☆/体験的価値☆

デ・リーフデ号像は、江戸時代初期に日本に漂着したオランダ商船「リーフデ号」をモチーフにした青銅彫刻で、三浦按針(ウィリアム・アダムス)やヤン・ヨーステンらが乗船して来航した歴史を象徴します。東京都千代田区の丸の内ビルディング隣、住所は千代田区丸の内2‑4‑1に位置し、東京駅丸の内南口から徒歩1分の好立地です。
この像は、1980年(昭和55年)4月22日、オランダ王国のファン・アフト首相の来日時にオランダ政府から日本政府へ寄贈されたものです。リーフデ号が日本へ漂着した1600年にちなみ、徳川家康との関係を象徴する記念碑として設置されています。
見どころ
- 帆船彫刻:精巧なリーフデ号のブロンズ像は、帆や船体の躍動感があり、近代的な都市景観に映える。
- 歴史解説銘板:オランダ語および日本語で漂着や寄贈の経緯が記され、歴史的背景をその場で理解できる。
- 季節限定の楽しみ方:春は桜、紅葉時期は皇居周辺の緑とともに見ると、都市と自然が織りなすコントラストが楽しめます。
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⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
住所・アクセス
🗺 住所:東京都千代田区丸の内2‑4‑1
🚶 アクセス
最寄り駅:JR・東京メトロ丸ノ内線「東京駅」丸の内南口から徒歩1分(約0.1km)
基本データ
| 築造年 | 1980年(昭和55年) |
|---|---|
| 築造者 | オランダ王国政府(寄贈) |
| 構造・特徴 | ブロンズによる帆船模型彫刻 |
| 改修・復元歴 | 特になし |
| 現存状況 | 良好に現存 |
| 消滅・損壊 | なし |
| 文化財指定 | 未指定(記念碑) |
| 備考 | 丸ビル南東側、自転車置場の背後に設置されていることもある |
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:デ・リーフデ号は日本に漂着した初のオランダ船で、その乗組員ヤン・ヨーステンは八重洲の地名の由来となりました。三浦按針も徳川家康に外交・砲術・航海顧問として重用されました。
- 知る人ぞ知る情報:像は丸ビルの自転車置場の背後などやや目立たない位置にあり、通り過ぎやすい場所にこっそり立っています。
- 著名人との関係:ウィリアム・アダムス(三浦按針)は、英国出身ながら徳川家康に仕え指導者となり、“青い目の侍”として知られています。またヤン・ヨーステンは外交顧問となり、八重洲の地名の由来にもなりました。
ヤン・ヨーステン記念像(八重洲地下街)
⭐おすすめ度:歴史的価値☆☆/視覚的魅力☆/体験的価値☆

八重洲地下街(通称ヤエチカ)の「外堀地下1番通り」の東壁面にひっそりと設置された、オランダ人航海士ヤン・ヨーステン(Jan Joosten van Lodensteijn)の胸像です。三浦按針(ウィリアム・アダムス)とともにリーフデ号で来日し、徳川家康の信任を受けた外交顧問として活躍した人物をしのぶ象徴的なスポットで、八重洲の地名の由来にもなっています。地下街のキャラクターとしても活用され、地域の歴史を身近に感じられるモニュメントです。
地上に出ずに東京駅八重洲中央口から直結しているため、雨の日や荷物が多いときでも立ち寄りやすいのが利点です。
見どころ
- 胸像と歴史解説パネル:ヤン・ヨーステンの肖像とともに、来日や八重洲の地名の由来を紹介する「EDO‑TOKYO・YAESU HISTORY」パネルが並ぶ。
- 地下街キャラクター:八重洲地下街では彼のイラストや案内キャラクターとしても展開され、散策の中で姿を探す楽しみがある。
- 季節限定の楽しみ方:冬季やイベント時には周辺ショップの装飾にもキャラクターが登場し、地下街全体で楽しめる。
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⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約15分
住所・アクセス
🗺 住所:東京都中央区八重洲地下街 外堀地下1番通り付近
🚶 アクセス
最寄り駅:東京駅 八重洲中央口から直結。八重洲地下街「外堀地下1番通り」沿い、ラーメン店「游亀亭」と「俺のイタリアン&Bakery」の間に位置します。
基本データ
| 設置年 | 2009年(現在地に設置) |
|---|---|
| 作者 | オランダ人彫刻家 L.P.J. ブラート作 |
| 構造・特徴 | ブロンズ製胸像(壁面取り付け型) |
| 改修・復元歴 | 特に報告なし |
| 現存状況 | 良好 |
| 消滅・損壊 | なし |
| 文化財指定 | 未指定(記念像) |
| 備考 | キャラクターパネル「EDO‑TOKYO・YAESU HISTORY」とともに展示 |
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:ヤン・ヨーステンの日本名「耶楊子(やようす)」が変化して「八代洲」「八重洲」と地名になり、東京駅東側がその名に由来していると伝えられています。
- 知る人ぞ知る情報:地下街の一番街の壁面にひっそり設置されており、探しながら見つける楽しさがある。店舗の照明によりライトアップされることも。
- 著名人との関係:ヤン・ヨーステンは徳川家康の外交顧問として重用され、土木技術や貿易にも貢献した、初期の西洋人侍の一人ともされる歴史的人物です。
ヤン・ヨーステン記念碑(八重洲通・中央通り交差点 中央分離帯)
⭐おすすめ度:歴史的価値☆☆/視覚的魅力☆☆/体験的価値☆

ヤン・ヨーステン記念碑は、東京駅前を通る八重洲通りと中央通りが交差する日本橋三丁目交差点の中央分離帯にひっそりと設置されたレリーフ型の記念碑です。日蘭修好380周年を記念し、1989年(平成元年)に東京都中央区により設置されました。記念碑には、ヤン・ヨーステンの胸像と、彼が乗船して来日したとされるオランダ船「リーフデ号」が並ぶデザインで、中央には東インド会社のマークや古地図風の海・太陽・羅針盤のモチーフが配置されています。これらはオランダの航海技術と時間の象徴を表しています。
中央分離帯にあるため、横断歩道を渡って一度立ち止まる必要があります。すぐ隣に立つ高さ約7mの「平和の鐘」モニュメントが目印です。
見どころ
- ヤン・ヨーステン胸像と帆船レリーフ:ヤン・ヨーステンの顔とリーフデ号が描かれた立体的なブロンズレリーフが見どころ。
- 航海技術の象徴モチーフ:羅針盤、天球儀、古地図風デザインが巧みに組み込まれている。
- 平和の鐘:記念碑のすぐ隣にある高さ約7mのモニュメント。毎正時に鐘の音が響き、訪問に彩りを添えます。
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⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
住所・アクセス
🗺 住所:東京都中央区日本橋3丁目(八重洲通り中央分離帯内)
🚶 アクセス
最寄り駅:JR・東京メトロ「東京駅」八重洲口から徒歩数分。八重洲通りを進み、日本橋三丁目交差点の中央分離帯内。高さ約7 mの「平和の鐘」モニュメントが目印として目の前に立っています。
基本データ
| 築造年 | 1989年(平成元年) |
|---|---|
| 築造者 | 東京都中央区(日蘭修好380周年記念事業) |
| 構造・特徴 | ブロンズ製レリーフ:左がヤン・ヨーステン、右がリーフデ号 |
| 改修・復元歴 | 特になし |
| 現存状況 | 良好 |
| 消滅・損壊 | なし |
| 文化財指定 | 未指定(記念碑) |
| 備考 | 隣接して高さ7mの「平和の鐘」モニュメント有。目印になる。 |
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:ヤン・ヨーステンは1600年にリーフデ号で来日し、徳川家康に外交顧問として仕えた後、江戸城のそばに屋敷を与えられました。日本名「耶楊子(やようす)」が地名「八重洲」の由来になったと伝えられています。
- 知る人ぞ知る情報:中央分離帯に位置しているため、通り過ぎやすく見落とされがち。隣の「平和の鐘」が大きな目印として役立ちます。
- 著名人との関係:ヤン・ヨーステンは三浦按針(ウィリアム・アダムス)と共に来日し、家康の信任を得て外交・貿易面で活躍した初期の外国人侍の一人です。
三浦按針屋敷跡 & 按針通り(東京・日本橋)
⭐おすすめ度:歴史的価値☆☆☆/視覚的魅力☆/体験的価値☆

江戸時代初期、徳川家康は英国人航海士ウィリアム・アダムス(三浦按針)に旗本として日本橋室町に屋敷を与えました。屋敷跡には碑がひっそりと建ち、通りの名前「按針通り」がその歴史を伝えています。メインプロフィールで紹介した按針の生涯を踏まえ、ここでは彼が幕政に影響を及ぼした痕跡が街中に残る史跡として楽しめます。
4カ所のなかで唯一、按針本人の屋敷があったとされる場所で、東京都指定旧跡になっています。ただし東京駅八重洲口から徒歩約15分(約1km)と、ほかの3カ所よりは距離があります。
見どころ
- 史蹟碑「三浦按針屋敷跡」:和英併記の碑文があり、按針の功績を静かに伝える。戦後に有志により再建もされた歴史的モニュメント。
- 按針通り:電柱にも「按針通り」と表記され、かつての「安針町」の町名を彷彿とさせる散歩道。江戸時代の面影が通り名に息づく。
- 都市の中の歴史空間:近代ビルが立ち並ぶ街中に、小さく歴史が息づく空間。石碑と通りを見つけたときの驚きは格別です。
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⏳ 見学の目安
約2分〜10分
住所・アクセス
🗺 住所:東京都中央区日本橋室町1-10-8
🚶 アクセス
東京駅 八重洲口から徒歩15分(約1Km)
基本データ
| 建立年 | 1930年(昭和5年) |
|---|---|
| 再建年 | 1951年(昭和26年)/戦災で失われ、有志により再建 |
| 構造・特徴 | 石碑:和英併記の説明文 |
| 現存状況 | 良好(ビルの谷間にひっそり建つ) |
| 文化財指定 | 東京都指定旧跡 |
| 備考 | 周辺の街並みと一緒に江戸初期の面影を感じられる |
📌 トリビア
- 旧町名「安針町」:江戸時代から昭和7年(1932)まで町名として使用され、「按針通り」の由来となりました。
- 碑の移り変わり:戦災で破壊されたのち、1951年(昭和26年)に英語併記で再建されました。現在は東京都指定旧跡です。
- Shōgun とのつながり:主人公ジョン・ブラックソーン(演:真田広之)は按針がモデルの一人。屋敷跡はドラマ人気の背景としても注目されています。
江戸の国際性を象徴する按針の足跡は、現代の東京の街並みにひっそりと残る。新旧混在の歴史散策にぜひ組み込みたいスポットです。
現地を歩いた筆者個人の優先順位です。各施設・自治体の公式な推奨順ではありません。
4カ所で唯一、按針本人の屋敷があったとされる場所で、東京都指定旧跡。ただし東京駅八重洲口から徒歩約15分(約1km)かかるため、往復の時間を確保できるときに。
丸の内南口から徒歩1分。4カ所で最も行きやすく、見学目安は約5分。待ち時間が10分しかないならここだけで十分成立します。
八重洲中央口から地下街直結で、地上に出ずに行けます。八重洲の地名の由来を解説したパネルが併設されており、雨の日でも見学しやすい。
交差点の中央分離帯にあり、横断歩道を渡って戻る必要があります。題材が記念像と重なるため、時間が足りないときは記念像だけでも要点は押さえられます。
三浦按針完全マップ:東京編
よくある質問
最も近いデ・リーフデ号像は東京駅丸の内南口から徒歩1分、三浦按針屋敷跡は東京駅八重洲口から徒歩約15分(約1km)です。他の2カ所も東京駅から徒歩数分の範囲にあります。
見学だけなら4カ所合計で約20分が目安です(スポット間の徒歩移動時間は別途かかります)。10分程度しかない場合は、丸の内南口から徒歩1分のデ・リーフデ号像だけに絞るのが現実的です。
4カ所とも屋外または地下街の公開スポットで、入場料や事前予約は必要ありません。
リーフデ号で三浦按針とともに来日したオランダ人ヤン・ヨーステンの日本名「耶楊子(やようす)」が「八代洲(やよす)」を経て「八重洲」になったと伝えられています。八重洲地下街の記念像のそばには、この由来を解説したパネルが設置されています。
異なります。記念像は八重洲地下街の壁面に設置された胸像、記念碑は八重洲通りと中央通りが交差する日本橋三丁目交差点の中央分離帯に設置されたレリーフで、それぞれ別の場所にあります。
1980年(昭和55年)4月22日、オランダ王国のファン・アフト首相来日時に、オランダ政府から日本政府へ寄贈される形で設置されました。
デ・リーフデ号像→ヤン・ヨーステン記念像→ヤン・ヨーステン記念碑→三浦按針屋敷跡の順で回ると効率的です。各スポットの見学目安は約5分、合計で約20分です。
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