上野東照宮とは|江戸前期の社殿が都心に現存する理由
徳川家康を祀るために建てられた上野東照宮は、三代将軍・徳川家光の命により1651年(慶安4年)に日光東照宮に準じた壮麗な社殿へ造営替えされた神社です。金色殿・唐門・透塀はいずれも国指定重要文化財として今日まで保存されており、江戸前期の建築装飾技術を東京の中心部で直接確認できる、数少ない場所のひとつです。
上野戦争・関東大震災・東京大空襲という三度の大きな危機をすべて生き延びた「不滅の社殿」として知られています。特に東京大空襲では金色殿の裏に落ちた焼夷弾が不発に終わり、社殿が奇跡的に残りました。金箔と岩絵具による彩色、昇り龍・降り龍の透彫、権現造の社殿構成——いずれも1651年造営当時のままです。
私が初めて上野東照宮を訪れたとき、最も強く記憶に残ったのは「東京・上野の真ん中に、これほど豪華な金色の社殿があるのか」という驚きでした。上野公園といえば博物館、動物園、不忍池の印象が強い場所ですが、その一角に突然、徳川家ゆかりの金色の社殿が現れます。この都市の風景とのギャップこそ、上野東照宮ならではの第一印象です。
ただし、何度も訪れるうちに、この神社の魅力は「金色で豪華」という一言では終わらないことが分かってきました。唐門や金色殿には、彫刻、彩色、葵の御紋などが細部まで作り込まれており、訪れるたびに新しい発見があります。初回は社殿全体の輝きに圧倒され、二回目以降は彫刻の密度や金の質感、透塀の内側に入ったときの静けさに気づく。上野東照宮は、短時間でも見られる一方で、繰り返し訪れるほど深みが増す場所です。
📖 日光東照宮との関係:日光東照宮が山中の広大な境内に多数の建築が連なる造りであるのに対し、上野東照宮は東京都心にあり、参拝ルートがコンパクトにまとまっています。家光は「遠く日光まで参拝できない江戸の人々のために」この社殿を整えたとも伝わります。社殿の格式・装飾の様式は日光に準じており、比較して訪れると両者の共通点と差異がよくわかります。
💴 拝観料の構造:境内は「無料エリア(参道〜唐門)」と「有料の御拝観エリア(金色殿・栄誉権現社・大楠)」の2層になっています。唐門まで無料で参拝でき、透塀の内側に入り社殿を間近で見るには大人700円が必要です。
実際に何度も訪れて分かった、上野東照宮の本当の見どころ
結論から言うと、上野東照宮は有料の御拝観エリアまで入る価値があります。無料エリアでも唐門までは見られますが、透塀の内側に入ると、見えるものが明らかに変わります。金色殿をより近くで見られるだけでなく、外の上野公園のにぎわいとは違う、静かな空気の中で社殿と向き合えるからです。
特に印象的なのは、金色の質感です。写真では「金色の建物」として伝わりますが、現地では光の当たり方、角度、周囲の影によって金の見え方が変わります。東京の中心部にありながら、突然、非日常的な金色の空間が現れる。その感覚は、写真だけでは伝わりにくい部分です。
初めて訪れるなら、正面の大石鳥居から入るルートがおすすめです。不忍池側からも入れますが、やや地味な入口です。大石鳥居から参道を進み、石灯籠、水舎門、唐門へと近づいていく流れの方が、上野東照宮の格式と高揚感を自然に感じられます。
スポット一覧と見どころ比較
| スポット名 | エリア | 歴史 | 視覚 | 体験 | 文化財 | 料金 | 所要目安 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 大石鳥居 | 参道 | ★★★ | ★★ | ★ | 重文 | 無料 | 3〜10分 |
| 五重塔 | 参道脇 | ★★★ | ★★★ | ★★ | 重文 | 無料 | 5〜15分 |
| 不忍口鳥居 | 池之端口 | ★★★ | ★★ | ★ | — | 無料 | 3〜10分 |
| 水舎門 | 参道 | ★★ | ★★ | ★ | — | 無料 | 3〜10分 |
| 神楽殿 | 参道 | ★★ | ★★ | ★★ | — | 無料 | 3〜10分 |
| 水舎 | 参道 | ★★ | ★ | ★ | — | 無料 | 3〜10分 |
| 唐門 | 参道(無料) | ★★★ | ★★★ | ★★ | 重文 | 無料 | 5〜15分 |
| 金色殿 | 有料エリア | ★★★ | ★★★ | ★★★ | 重文 | 700円 | 10〜20分 |
| 栄誉権現社 | 有料エリア | ★ | ★ | ★★ | — | 700円 | 5〜10分 |
| 大楠(御神木) | 有料エリア | ★★ | ★★ | ★★ | — | 700円 | 5〜10分 |
| お化け灯籠 | 参道外 | ★★ | ★★ | ★ | — | 無料 | 5〜10分 |
有料エリアは入るべき?実際に訪れた結論
上野東照宮で迷いやすいのが、「無料エリアだけでよいのか、有料の御拝観エリアまで入るべきか」という点です。実際に何度も訪れた経験から言うと、初めての人ほど有料エリアまで入ることをおすすめします。理由は単純で、無料エリアと有料エリアでは、金色殿の見え方と空気感が大きく違うからです。
| 訪問目的 | おすすめ | 理由 |
|---|---|---|
| 時間がない人 | できれば有料エリアまで | 急ぎ足なら5分でも参拝はできますが、それでは「行った」という確認で終わりがちです。短時間でも金色殿を近くで見る方が、訪問の満足度は高くなります。 |
| 歴史好き | 有料エリアまで行くべき | 徳川家光が家康を敬う気持ちが、金色殿の造りや装飾の密度から伝わってきます。細部の彫刻や葵の御紋まで見るなら、近くで見られる有料エリアの価値は高いです。 |
| 写真目的 | 有料エリアまで行くべき | 唐門は無料エリアでも撮影できますが、金色殿を主役にするなら有料エリアが必要です。正面からだけでなく、やや斜めの角度で撮ると立体感が出ます。 |
| 徳川家康・江戸時代に興味がある人 | 有料エリアまで行くべき | 東照宮という場の意味、家康を祀る空間、家光の造営意図を感じるには、金色殿を遠くから見るだけでは少し物足りません。 |
参拝ルートと歩き順
上野東照宮は、正面参道の大石鳥居から入るルートと、不忍池側の不忍口鳥居から入るルートがあります。初めて訪れるなら、まずはJR上野駅公園口方面から大石鳥居へ向かい、正面参道を進むルートがおすすめです。大石鳥居、水舎門、石灯籠、唐門へと進む流れの中で、少しずつ社殿の存在感が高まっていくため、上野東照宮らしい参拝体験になります。
不忍池側の鳥居は入口としてはやや地味ですが、実は江戸城内の紅葉山東照宮から移されたという重要な背景を持っています。最初の訪問では見落としやすい場所ですが、上野東照宮と江戸城・徳川家のつながりを感じられるスポットなので、時間があれば参拝後に回るのがおすすめです。
公園口 徒歩10分
神楽殿・水舎 参道中間
入場 有料エリア
栄誉権現社 奥参道
上野東照宮の撮影ポイント|現地で撮って分かったおすすめ構図
上野東照宮で写真を撮るなら、主役にしたいのはやはり金色殿です。東京の中心部にありながら、ここだけ別世界のように金色の社殿が現れるため、写真でも強い印象を残せます。ただし、唐門と金色殿の間はそれほど広くないため、真正面から大きく撮るというより、やや斜めから立体感を出す構図が向いています。
| 被写体 | おすすめ構図 | 現地でのポイント |
|---|---|---|
| 金色殿 | やや斜め | 金色の面の重なりと立体感が出ます。記事の主役写真に最も向いています。 |
| 唐門 | 正面+斜め | 正面は彫刻と装飾の密度、斜めは門の奥行きが伝わります。 |
| 五重塔 | 参道側・周遊ルート | 参道からも見えますが、現在は近くまで寄って見学できるため、塔の存在感をより撮りやすくなっています。 |
| 石灯籠・参道 | 奥行きを使う | 建物ほど派手ではありませんが、灯籠の並びや葵の御紋を意識して撮ると雰囲気が出ます。 |
| 不忍口鳥居 | 石段と一緒に撮る | 華やかさよりも、江戸城由来の歴史を伝える補助写真として使うと価値が出ます。 |
各スポット詳細ガイド
① 大石鳥居
上野東照宮への表参道。備前御影石の石造明神鳥居、1633年奉納

上野東照宮の表参道に立つ大石鳥居は、寛永10年(1633)に酒井忠世が徳川家康を讃えて奉納した石造明神鳥居です。備前の御影石を用いた質実な姿は、華やかな社殿へ向かう導入部として静かな重みを見せます。柱には寄進銘と享保19年(1734)の修造銘が残り、解体・埋設を経て元の場所に再び立った歴史を今に伝えています。
📍 見どころ
- 備前御影石の鳥居:華やかな社殿へ進む前に、備前の御影石による堅牢な石造美を確認できます。
- 寄進銘と修造銘:柱には酒井忠世の寄進銘と享保19年の修造銘があり、江戸前期から続く由緒を物語ります。
- 季節の参道:春は牡丹・桜、秋は紅葉やダリア展、正月は冬ぼたん鑑賞と合わせて参道を歩けます。
| 築造年 | 1633年(寛永10年) |
|---|---|
| 奉納者 | 酒井忠世 |
| 構造 | 石造明神鳥居。備前の御影石使用。 |
| 改修歴 | 享保19年(1734年)修造。天和年間に解体埋設、1734年に掘り起こして再建。 |
| 文化財 | 国指定重要文化財(1942年12月22日指定) |
| 備考 | 柱の根元は最大で地下4mに埋まっている。1923年関東大震災でも倒壊を免れた。 |
📌 トリビア
- 埋められた鳥居:天和年間にいったん解体・埋設されましたが、1734年に掘り起こされ、元の場所に立て直されました。
- 不沈の御影石:根元が深く埋まる構造もあり、関東大震災でも倒壊を免れたと紹介されています。
② 旧寛永寺五重塔
1639年再建。上野の木立に重なる五層の塔、江戸前期の宗教建築の傑作

上野東照宮の参道脇に姿を見せる五重塔は、現在は「旧寛永寺五重塔」として知られる国指定重要文化財です。もとは徳川家康を祀る上野東照宮の塔として1631年に建てられ、現存する塔は1639年に再建されました。神仏分離・管理移管を経ながら、東照宮と寛永寺の歴史が重なった上野らしい景観をつくっています。
📍 見どころ
- 江戸前期の五層塔:1639年再建の塔で、五層の水平線が上野の樹木と重なり、江戸初期の宗教建築らしい落ち着いた輪郭を見せます。
- 初層の装飾:初層の軒下には十二支を表した蟇股や四隅の龍の彫刻があり、2013〜2014年の改修で彩色が整えられました。
- 高さ約36m:九輪まで約36mという都内最大級の塔が上野公園の緑の中にそびえ立ちます。
| 初建 | 1631年(寛永8年) |
|---|---|
| 現存塔 | 1639年(寛永16年)再建 |
| 築造者 | 土井利勝(奉納) |
| 構造 | 三間五重塔婆。高さ九輪まで約36m。第五層は銅瓦葺、その他は本瓦葺。 |
| 改修歴 | 1918年半解体修理。2013〜2014年改修(初層漆・彩色・木部補修)。 |
| 文化財 | 国指定重要文化財(1911年4月17日指定) |
| 管理 | 東京都(1958年に寛永寺より寄付) |
📌 トリビア
- 東照宮の塔から動物園へ:もとは上野東照宮の塔でしたが、明治の神仏分離で寛永寺へ譲渡され、現在は東京都管理の下、動物園敷地内に立っています。
- 花見客の火が原因:初建の塔は1639年、花見客の失火で焼失し、同年に土井利勝により再建されました。
③ 不忍口鳥居
江戸城・紅葉山東照宮から1873年に移築。不忍池側からの静かな入口

不忍池側から上野東照宮へ入る不忍口鳥居は、初めての訪問では見落としやすいスポットです。正面参道の大石鳥居に比べると入口としては控えめで、私自身も最初はその重要性を十分に意識していませんでした。しかし、この鳥居は1873年(明治6年)に江戸城内の紅葉山東照宮から移されたものとされ、上野東照宮と江戸城を結ぶ背景を持っています。
正面からの参拝体験を重視するなら大石鳥居から入るのがおすすめですが、徳川家や江戸城とのつながりに関心がある人は、不忍口鳥居も見ておく価値があります。華やかな金色殿や唐門とは違い、目立たない場所に歴史が残っている点が、このスポットの面白さです。
📍 見どころ
- 江戸城・紅葉山東照宮由来:江戸城内にあった紅葉山東照宮から移された鳥居で、上野東照宮の中でも江戸城とのつながりを感じられる入口です。
- 珍しい不忍参道の石段:短い段と長い段が交互に続く珍しい石段があります。
- ぼたん苑とのセット参拝:春のぼたん祭・秋のダリア展・冬ぼたんの時期は、ぼたん苑の鑑賞とあわせて不忍池側から参拝できます。
| 移築年 | 1873年(明治6年) |
|---|---|
| 原所在地 | 江戸城内・紅葉山東照宮(黒田忠之奉納) |
| 構造 | 御影石製の石鳥居。不忍池側の不忍参道入口に立つ。 |
| 文化財 | 情報なし |
| 備考 | 不忍参道の石段は参拝者の私財で造られた階段。 |
📌 トリビア
- 上野生まれではない鳥居:この鳥居は上野で新造されたものではなく、明治6年に江戸城内紅葉山東照宮から移築されたものです。
- 私財で造られた石段:不忍参道の石段は幕府が造ったものではなく、参拝者の私財によって造られました。
④ 水舎門
御水舎の上屋を門として転用した変わり種。1651年建立→1964年移築

大石鳥居の先で参道を受け止める水舎門は、もとは社殿前にあった御水舎の上屋で、1651年(慶安4年)に老中・阿部重次が奉納した水舎を起源とし、1964年(昭和39年)に門として移築されました。手水のための建物が参道の門へ姿を変えた、上野東照宮ならではの建築転用の例です。
📍 見どころ
- 御水舎由来の門:最初から門として建てられたものではなく、手水のための建物の上屋を転用したという、珍しい経緯を持つ建築です。
- 石灯籠参道への入口:水舎門を抜けると、1651年の造営替えで諸大名が奉納した石灯籠が連なる参道が広がります。
| 原建立年 | 1651年(慶安4年)御水舎として |
|---|---|
| 門への移築 | 1964年(昭和39年) |
| 奉納者 | 阿部重次(老中) |
| 文化財 | 情報なし |
📌 トリビア
- 転用の建築:最初から門として建てられたものではなく、社殿前の御水舎の上屋を昭和39年に移した建物です。
- 参道の転換点:門の先は石灯籠が連なる参道から唐門・透塀へ進む導入部で、社殿の華麗さに入る前の落ち着いた転換点です。
⑤ 神楽殿
1874年深川木場組合が奉納。御神楽・琵琶奉納の伝統芸能の舞台

神楽殿は、1874年(明治7年)に深川木場組合が奉納した芸能奉納の建物です。整った屋根の勾配が参道沿いの景観に落ち着いた品格を添え、御神楽や琵琶などの伝統芸能が奉納される場として、上野東照宮の信仰と文化を現在につないでいます。
📍 見どころ
- 屋根の勾配の美しさ:参道の木々を背景に、端正な屋根の線が静かに浮かび、金色殿へ向かう道中に落ち着いた見どころをつくっています。
- 伝統芸能の奉納空間:御神楽や琵琶などが奉納される場所で、参拝だけでなく神社に受け継がれる芸能文化にも触れられます。
| 建立年 | 1874年(明治7年) |
|---|---|
| 奉納者 | 深川木場組合 |
| 用途 | 御神楽・琵琶など伝統芸能の奉納 |
| 文化財 | 情報なし |
📌 トリビア
- 明治期の奉納建築:江戸時代の建物ではなく、明治7年に深川木場組合が奉納した建物です。
- 琵琶も奉納される:御神楽だけでなく、琵琶などの伝統芸能奉納の場としても活用されています。
⑥ 水舎(手水舎)
阿部重次奉納の水盤(1651年)を備える清めの場

上野東照宮の水舎は、参拝者が社殿へ進む前に身を清める場所です。水盤には老中・阿部重次が慶安4年(1651)に奉納したことを示す銘が確認され、金色殿へ向かう参道上で江戸前期の奉納文化を静かに伝えています。
📍 見どころ
- 阿部重次奉納の水盤:慶安4年の奉納銘が残る水盤で、徳川家光の時代に整えられた境内空間を足元から感じられます。
- 参拝の所作と建築鑑賞をつなぐ場:金色殿へ進む前に手を清める場として、参拝の気持ちを整えながら建築空間を楽しめます。
| 水盤奉納年 | 1651年(慶安4年) |
|---|---|
| 水盤奉納者 | 阿部重次(老中) |
| 水盤素材 | 小松石 |
| 備考 | かつて社殿前右側にあった御水舎の上屋は1964年に水舎門として移築。 |
📌 トリビア
- 水舎門との関係:現在参道に立つ水舎門は、もとはこの場所にあった御水舎の上屋を移したものとされています。
- 小松石の水盤:水盤は小松石(神奈川県・真鶴近郊産の石)とする記録があります。
⑦ 唐門
1651年、徳川家光の造営替えによる唐破風の門。昇り龍・降り龍が守る金色殿の正面

唐門は、無料エリアで見られる上野東照宮最大の見どころです。金色殿の正面に立つ門で、唐破風の屋根、昇り龍・降り龍の彫刻、細かな彩色が密度高く施されています。初めて訪れると金色殿の印象が強く残りがちですが、何度も見ていると、むしろ唐門の細部にこそ上野東照宮の作り込みの深さが表れていることに気づきます。
写真を撮るなら、完全な正面だけでなく、少し斜めから見るのがおすすめです。正面では装飾の華やかさが分かり、斜めからは門の厚みや奥行きが出ます。金色殿へ向かう前に、この唐門の彫刻や葵の御紋を丁寧に見ておくと、有料エリアに入った後の社殿鑑賞にもつながります。
📍 見どころ
- 唐破風の門構え:社殿正面に立つ曲線的な破風が、金色殿へ向かう参拝路の緊張感を高める象徴的な造形です。
- 昇り龍・降り龍と透彫:龍の彫刻や錦鶏鳥・銀鶏鳥の透彫が密度高く配され、金箔と彩色による江戸前期の装飾美を間近に見られます。
- 「頭を垂れる龍」の意味:下を向く龍が「昇り龍」と呼ばれ、偉大な人ほど頭を垂れるという謙虚さの意が込められています。
| 築造年 | 1651年(慶安4年) |
|---|---|
| 築造 | 徳川家光の命による造営替え |
| 構造 | 桁行一間・梁間一間、向唐門、銅瓦葺。唐破風造り四脚門。 |
| 文化財 | 国指定重要文化財(1911年4月17日指定) |
| 彫刻 | 柱内外四面に昇り龍・降り龍、上部に錦鶏鳥・銀鶏鳥の透彫、内側に諫鼓鳥の意匠。 |
📌 トリビア
- 日光東照宮に準じた姿:唐門は日光東照宮に準じた社殿に整えるため、家光による1651年の造営替えで建てられました。
- 生彩色と置上彩色:金箔で覆った上から岩絵具で彩色する「生彩色」と、文様を盛り上げて彩る「置上彩色」の両技法が用いられています。
⑧ 金色殿(社殿)
1651年、徳川家光造営。権現造の黄金社殿。上野の森に残る徳川の記憶の核心

金色殿は、上野東照宮を訪れるなら最も見ておきたい社殿です。1627年(寛永4年)創建の社殿を、三代将軍・徳川家光の命により1651年(慶安4年)に日光東照宮に準じた姿へ建て替えたものが現存しています。初めて見たときは、東京・上野の中心にこれほど豪華な金色の建築が現存していること自体に驚かされます。しかし、実際に何度も訪れてみると、魅力は単なる金色の派手さではなく、彫刻、彩色、葵の御紋、建物全体の奥行きにあることが分かってきます。
特に有料の御拝観エリアに入ると、無料エリアから見ていた印象とは変わります。外から眺めるだけでは分かりにくい金の質感、社殿の立体感、透塀の内側に入ったときの静けさがあり、上野公園のにぎわいから一段切り離されたような空気を感じます。入場料を払うか迷う人もいるかもしれませんが、金色殿を本当に味わうなら、有料エリアまで入る価値があります。
撮影は、唐門と金色殿の間の空間が広くないため、自然とやや斜めの構図になりやすいです。ただ、その角度の方が社殿の立体感や金色の面の重なりが出ます。上野東照宮の記事の主役写真にするなら、金色殿は最も説得力のある被写体です。
🔗 金色殿特別開扉 現地レポート →
📍 見どころ
- 権現造の社殿構成:参道側から拝殿・幣殿・本殿が連なり、徳川家康を祀る社殿としての格式を建築全体で示しています。
- 金箔と生彩色の彫刻:鷹・牡丹・鳳凰・阿吽の獅子などの彫刻に金箔と岩絵具の彩色が施され、江戸前期の豪華な装飾技術を間近に感じられます。
- 三度の災禍を生き延びた社殿:上野戦争・関東大震災・東京大空襲をすべて免れた奇跡の建築。特に大空襲では裏に落ちた焼夷弾が不発だったと伝わります。
| 創建 | 1627年(寛永4年) |
|---|---|
| 現存社殿 | 1651年(慶安4年)造営替え |
| 築造 | 徳川家光の命による |
| 構造 | 権現造(拝殿・幣殿・本殿)。本殿は三間四方入母屋造、幣殿は両下造、拝殿は入母屋造・千鳥破風付・向拝三間・軒唐破風付。いずれも銅瓦葺。 |
| 改修歴 | 2009〜2014年(約5年)保存修復工事完了。 |
| 文化財 | 国指定重要文化財(1911年4月17日指定) |
| 御祭神 | 徳川家康公・徳川吉宗公・徳川慶喜公 |
📌 トリビア
- 江戸庶民のための日光東照宮:遠く日光まで参拝できない江戸の人々のために、家光が日光東照宮に準じた豪華な社殿として造営替えさせた建築です。
- 生彩色と置上彩色:金箔で覆った上から岩絵具で彩色する生彩色と、文様を盛り上げて彩る置上彩色の両技法が用いられています。
- 焼夷弾の不発:東京大空襲では金色殿の裏に落ちた焼夷弾が不発で、奇跡的に倒壊を免れました。
⑨ 栄誉権現社(御狸様)
大正年間に寄贈。「他を抜く」強運の神。受験・就職・必勝祈願に人気

栄誉権現社は、金色殿脇に鎮まる境内社です。御狸様とも呼ばれ、江戸時代には安置された場所に災いをもたらしたと伝わり、大正年間に上野東照宮へ寄贈されてからは強運を授ける神として信仰されるようになりました。「他を抜く(タヌキ)」という縁起に重ねて、受験・就職・必勝を願う参拝者が手を合わせる親しみやすい信仰の場です。
📍 見どころ
- 「他を抜く」強運の御狸様:受験や就職、勝負事の祈願で親しまれる、金色殿の荘厳さとは対照的な小さな信仰スポットです。
- 有料エリア内の静かな参拝場所:金色殿を間近に見る御拝観エリア内にあり、拝観とあわせて立ち寄れます。
| 寄贈時期 | 大正年間 |
|---|---|
| 別称 | 御狸様・強運開祖 |
| ご利益 | 強運・受験・就職・必勝 |
| 場所 | 御拝観エリア(透塀内) |
| 文化財 | 情報なし |
📌 トリビア
- 災いを運んだ神:江戸時代には大奥など安置された各所に災いをもたらしたと伝わり、大正年間に上野東照宮へ寄贈された後、強運を授ける神になったと伝わります。
- 無料エリアではない:御神木や社殿前参拝と同じ有料エリア内にあります。
⑩ 大楠(御神木)
樹齢600年以上・幹周8m超。上野東照宮創建以前からの御神木

大楠は、上野東照宮の御拝観エリアに立つ御神木です。上野東照宮が1627年に創建される以前からこの地を見守ってきた木とされ、樹齢は600年以上、幹の太さは8m以上で上野公園一と紹介されています。金箔の社殿と深い緑が向かい合う景観は、江戸前期の建築美と上野の自然の時間を同時に感じさせます。御神木前には静心所が設けられ、参拝前に心を落ち着ける場としても親しまれています。
📍 見どころ
- 樹齢600年以上の御神木:上野東照宮創建(1627年)以前からこの地にあるとされる大楠。上野公園一とされる幹の太さが見どころです。
- 静心所からの眺め:御神木前の静心所に腰を落ち着けると、上野の喧騒から離れ、大楠の存在感を静かに感じられます。
- 金の社殿と緑のコントラスト:金色殿を背景に大楠が立つ景観は、建築美と自然美が交差する上野東照宮らしい見どころです。
| 樹齢 | 600年以上(推定) |
|---|---|
| 幹の太さ | 8m以上(上野公園一) |
| 種類 | クスノキ |
| 場所 | 御拝観エリア(透塀内) |
| 備考 | 御神木前に静心所あり。御神木を回る奥参道で金色殿へ向かえる。 |
📌 トリビア
- 神社より古い木:上野東照宮の創建は1627年ですが、大楠は神社創建前からこの地を見守っている御神木と紹介されています。
- 奥参道のランドマーク:大楠の近くには御神木を回って金色殿へ向かう奥参道があります。
⑪ お化け灯籠
日本三大石灯籠の一つ。1631年奉納。境内敷地の外(大石鳥居そば)に立つ石灯籠

お化け灯籠は、上野東照宮の入口付近に立つ巨大な石灯籠です。寛永8年(1631年)に佐久間勝之が奉納したもので、その大きさから「お化け灯籠」と呼ばれています。名古屋の熱田神宮・京都の南禅寺の大石灯籠とともに、日本三大石灯籠の一つに数えられています。
📍 見どころ
- 日本三大石灯籠の一つ:熱田神宮・南禅寺の大石灯籠と並び称される石造物。迫力と由緒を兼ね備えています。
- 参道入口での圧倒的存在感:大石鳥居のすぐ脇に据えられ、上野東照宮に集まった大名奉納の信仰と格式を力強く伝えます。
- 200基の石灯籠群:境内には200基以上の石灯籠があり、その中でも特別な巨大灯籠として参道を彩ります。
| 築造年 | 1631年(寛永8年) |
|---|---|
| 奉納者 | 佐久間勝之 |
| 構造 | 巨大石灯籠。日本三大石灯籠の一つ。 |
| 現存状況 | 現存。大石鳥居の脇に立つ。 |
| 備考 | 上野東照宮の石灯籠は境内全体で200基以上。 |
📌 トリビア
- 金色殿造営より前:徳川家光による1651年の金色殿造営替えより前の1631年に奉納された、境内最古クラスの奉納物の一つです。
- 上野の石灯籠群:境内には参道沿いに大名奉納の石灯籠が200基以上並び、この巨大灯籠はその象徴的存在です。
アクセスと実用情報
📍 上野東照宮 基本情報
御拝観・御朱印授与は各30分繰り上げ終了(天候により変更あり)
御拝観(金色殿・栄誉権現社・大楠):大人700円 / 小学生300円 / 団体20名以上600円
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