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大和 郡山城 跡地石碑めぐり Vol.2 — 裏門跡から柳里恭屋敷跡まで9か所

郡山城 仕切堀
奈良・大和郡山 史跡郡山城跡

大和 郡山城 跡地石碑めぐり Vol.2 — 裏門跡から柳里恭屋敷跡まで9か所

郡山城の後半は、“門の連なり”と“堀で区切る思想”が一気に見えてきます。裏門跡から中仕切門跡へ、仕切堀で城内がどう分節されていたかを追い、松蔭門や南御門、西御門へ——石碑の点が線になり、城の骨格が立ち上がる感覚。
このVol.2では、現地写真+360°パノラマでその場の距離感まで再現しながら、迷わず回れる後半ルートとしてまとめました。

紹介スポット9か所
360°パノラマ9スポット
入場料無料(城跡)
最寄り駅近鉄郡山駅 徒歩約7分
現地取材2026年1月

郡山城の後半は、“門の連なり”と“堀で区切る思想”が一気に見えてきます。裏門跡から中仕切門跡へ、仕切堀で城内がどう分節されていたかを追い、松蔭門や南御門、西御門へ——石碑の点が線になり、城の骨格が立ち上がる感覚。
このVol.2では、現地写真+360°パノラマでその場の距離感まで再現しながら、迷わず回れる後半ルートとしてまとめました。

✅ 本ページの写真と360°パノラマは、2026年1月の現地取材で撮影したものです(坤櫓跡の立入注意については2026年3月の再訪時点の状況も併記)。最終更新:2026年9月19日。

スポット紹介

以下は、郡山城の石碑マップです。ブルーのスポットは、Vol.1で、オレンジは、Vol.2で紹介しています。

裏門跡 🎥 360°

郡山城 裏門跡の石碑
郡山城 裏門跡の石碑

奈良県の絵図資料解説に、二の丸御殿を中心に建物名称を記し、その中に「うら門」が含まれる、と説明されています。
史跡案内図でも「裏門跡(Ura Mon Site)」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 裏門跡

中仕切門跡 🎥 360°

郡山城 中仕切門跡の石碑
郡山城 中仕切門跡の石碑

史跡案内図で「中仕切門跡」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 中仕切門跡

仕切堀 🎥 360°

郡山城 仕切堀
郡山城 仕切堀
場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 仕切堀

松蔭門跡 🎥 360°

郡山城 松蔭門跡の石碑
郡山城 松蔭門跡の石碑

市の公開記事で、松蔭門跡の名称・読み(「松蔭」を「しょういん」と誤読されやすいこと等)に触れた解説があります。
史跡案内図でも「松蔭門跡(Matsukage Gate Site)」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 松蔭門跡

南御門跡 🎥 360°

郡山城 南御門跡の石碑
郡山城 南御門跡の石碑

史跡案内図で「南御門跡」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 南御門跡

五拾間馬場跡 🎥 360°

郡山城 五拾間馬場跡の石碑
郡山城 五拾間馬場跡の石碑

市の保存活用計画資料に「五拾間馬場」が記載され、配置として「東辺に沿って五拾間馬場…」とする記述があります。
史跡案内図でも「五拾間馬場跡」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 五拾間馬場跡

馬場先門跡 🎥 360°

郡山城 馬場先門跡の石碑
郡山城 馬場先門跡の石碑

史跡案内図で「馬場先門跡」として位置が示されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 馬場先門跡

西御門跡 🎥 360°

郡山城 西御門跡の石碑
郡山城 西御門跡の石碑

史跡案内図で「西御門跡」として位置が示されています。
また市の公開史料(歴史資料ページ)に、西門を伏見城から移した旨が記されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 西御門跡

柳里恭屋敷跡 🎥 360°

郡山城 柳里恭屋敷跡の石碑
郡山城 柳里恭屋敷跡の石碑

市の公開記事により、郡山城址西側の堀沿い道路脇に「柳里恭屋敷跡」碑があること、柳里恭(柳澤里恭。のち淇園)が享保9年(1724)に柳澤氏の転封に伴い郡山へ移住し、藩主吉里から柳澤姓と「里」の一字を賜って「里恭」と名乗った経緯などが説明されています。

場所
🎥
360° Panorama / 360° パノラマ — 現地体験 柳里恭屋敷跡
☕ このサイトは実地取材で制作しています。記事が参考になった方は、サポートいただけると励みになります。
現地を歩いた判断:後半の石碑をどう見るか

筆者は郡山城の石碑スポットに優先順位を付けていません(すべて城郭好き向けのスポットという位置づけです)。以下は本ページに記した現地の状態にもとづく分類であり、公式の推奨順ではありません。現地取材は2026年1月。

堀が読める
仕切堀・中仕切門跡

堀と門が隣り合う位置関係を、360°パノラマでその場の視界のまま確かめられます。

人物がたどれる
柳里恭屋敷跡

柳澤氏の転封に伴って郡山へ移住した柳里恭(柳澤里恭。のち淇園)の屋敷跡で、石碑は郡山城址西側の堀沿い道路脇に立ちます。

石碑のみ
そのほかの門跡

史跡案内図に位置が示される石碑が中心です。

アクセスと見学情報

📍 アクセス標準情報
最寄り駅近鉄郡山駅(近鉄橿原線)から徒歩約7分
もう一つの駅JR郡山駅(JR大和路線)から徒歩約15分
所在地奈良県大和郡山市城内町
入場料城跡(郡山城跡公園)は無料
開園時間城跡は24時間。天守台展望施設・郡山城情報館は 4~9月 7:00~19:00/10~3月 7:00~17:00
駐車場城跡周辺の駐車場は限られるため、公共交通機関の利用が確実です
現地での探し方本ページの石碑は城跡とその周辺に点在します。各スポットの正確な位置は、アコーディオン内の地図と360°パノラマでご確認ください

※アクセス・入場料・開園時間は、大和郡山市の公開情報および当サイトの郡山城ガイドにもとづく情報です。最新の情報は各公式サイトでご確認ください。

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よくある質問

裏門跡から柳里恭屋敷跡までの9か所です。Vol.2は9か所すべてに360°パノラマがあります。

本ページの石碑マップでは、ブルーのスポットがVol.1(15か所)、オレンジがVol.2(9か所)です。

市の公開記事によると、柳里恭(柳澤里恭。のち淇園)は享保9年(1724)に柳澤氏の転封に伴って郡山へ移住し、藩主吉里から柳澤姓と「里」の一字を賜って「里恭」と名乗ったと説明されています。

市の公開記事で、「松蔭」が「しょういん」と誤読されやすいことなど、名称と読みについて触れた解説があります。史跡案内図では「松蔭門跡(Matsukage Gate Site)」と示されています。

市の公開史料(歴史資料ページ)に、西門を伏見城から移した旨が記されています。

近鉄郡山駅(近鉄橿原線)から徒歩約7分、JR郡山駅(JR大和路線)から徒歩約15分です。

城跡(郡山城跡公園)は無料で、24時間入れます。天守台展望施設と郡山城情報館は4~9月が7:00~19:00、10~3月が7:00~17:00です。

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