清洲城・岐阜城・安土城・比叡山延暦寺など、実地取材した信長ゆかりの地を県別に整理。『SHŌGUN 将軍』の黒田信久を入口に、史実と作中設定を混同しない形で巡れます。
この記事で分かること
| 訪問ガイド | 各城の詳しい解説・現地ガイド記事へのリンク(全件実地取材済み) |
|---|---|
| ドラマとの関係 | 『SHŌGUN 将軍』の黒田信久と、史実の織田信長との違い |
| 城・史跡 | 信長の主要な居城や主な合戦に関わる城の訪問レポートとガイド |
| 混同しやすい城 | 旧二条城・那古野城・岐阜城天守・名護屋城(佐賀)の違い |
人物
ドラマをきっかけに史実側を深掘りしたい人向けに、織田信長の生涯と主要トピックをまとめた解説記事も用意しています。
ドラマ『SHŌGUN 将軍』の黒田信久について
ドラマ『SHŌGUN 将軍』の世界観を支える要素のひとつが、作中で語られる"かつての支配者"の影です。作品内では、織田信長をモデルとする人物として「黒田信久(Kuroda Nobuhisa)」が登場し、すでに故人という位置づけで語られます。
黒田信久は、落葉の方の父という設定で語られ、かつて分裂した日本を統一へと導いた存在として位置づけられています。才能によって得た権力が、裏切りによって儚く崩れるという歴史の皮肉を思わせる人物であり、作中の登場人物たちの決断や運命に深い影を落とします。名前は語られるだけで場面の空気を一変させます。
史実の織田信長は、天下統一に迫る過程で本能寺の変(1582年)を迎えた人物として知られます。ドラマの「黒田信久」は、その史実を下敷きにしつつ、あくまで作中の設定として描かれる存在です。なお、落葉の方のモデルとされる淀の方の父は、史実では信長ではなく浅井長政です。この点もドラマと史実を切り分けるうえで押さえておくと混乱しにくくなります。
ここから先は、史実として広く知られる流れを軸に、信長ゆかりの城郭・史跡を整理します。作中の要素は作品表現として楽しみながら、史実は史実として別軸で追うと、両方の理解が深まります。

混同しやすい城の整理
信長ゆかりの地を調べるとき、同じ読みや近い名前の城で検索が行き違いになりやすい箇所があります。以下に整理しました。
| 紛らわしい組み合わせ | 整理のポイント |
|---|---|
| 旧二条城 vs 元離宮二条城 | 旧二条城は信長が足利義昭のために築いた城(現在は石碑のみ)。現在「二条城」として知られる元離宮二条城は、その後に徳川家康が築いた別の場所です。検索時は「旧二条城跡」で分けると迷いにくくなります。 |
| 那古野城 vs 名古屋城 | 那古野城は、もとは今川義元の父・今川氏親が尾張進出の拠点として築いた城。信長の父・信秀が奪い取り、幼い信長に譲りました。信長が清洲城へ移ったあと廃城となり、のちに家康が同じ跡地に名古屋城を築いています。現在、名古屋城二之丸に那古野城址の碑が残ります。 |
| 那古野城(名古屋)vs 名護屋城(佐賀) | 読みが同じ「なごや」でも全く別の城。名護屋城(佐賀県唐津市)は豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点として1591年に築いた城で、信長とは直接の関係はありません。秀吉が「自分のゆかりの地と同じ読みだ」と気に入った地に築いたと伝わります。 |
| 岐阜城天守(現存?) | 信長ゆかりの城で現在も木造天守が残っているのは犬山城のみです。岐阜城の現在の天守建物は後世の復興で、戦国期の建物ではありません。安土城・清洲城なども同様に、天守は現存しません。 |
訪問ガイド
愛知県
岐阜県
滋賀県
京都府
奈良県
おすすめスポット
京都・滋賀・岐阜・愛知は比較的距離が近く、長期滞在であれば一緒に回れます。ただし、各スポットは見どころが多いため、1スポットにつき半日〜1日を確保しておくと時間に余裕をもって見学できます。
山城で、石垣も多く残っています。現在多く残っている平城とは違い、「山に登って史跡を巡る」感覚が強く、訪問した実感を持ちやすいスポットです。春の桜の時期は緑の中に花の色が映えて特におすすめ。城跡のみなら半日で回れますが、周辺の博物館なども含めてゆっくり見るなら1日確保すると余裕があります。
信長が焼き討ちしたと伝わる場所ですが、現在は復興され、建物も残り、現代も修行の場として機能しています。当時とは違えど、本物の仏教の場ならではの空気感を体験できます。冬はシャトルバスが運行されないため移動が困難で、春〜秋の訪問がおすすめです。全エリアを回るなら1日確保した方がよいです。
金華山の頂上にある天守から見る景色が良く、旅行に来た実感を強く感じられます。なお、2026年は修理工事が行われており天守閣の中には入れません。近くにある展望台から景色を楽しむ形になります。岐阜城の周辺には伊奈波神社などもあり、岐阜駅エリアの観光とセットで計画すると充実します。春の桜、秋の紅葉の季節がおすすめ。岐阜城のみなら半日、周辺エリアを含めるなら1日確保を。
信長の叔父にゆかりのある城で、日本に数えるほどしか残っていない現存天守のひとつです。木造の内部を実際に歩いて見学できる貴重な体験ができます。桜の春や紅葉の秋がおすすめで、約半日程度を計画すると良いです。
訪問日記
よくある質問
ドラマ内で、かつて分裂した日本を統一へと導いた人物として語られる武将です。落葉の方の父という設定で登場しますが、すでに故人として扱われています。史実の織田信長がモデルとされており、才能によって得た権力が裏切りで崩れるという構図が共通しています。ただし、ドラマの登場人物は史実の信長そのものではなく、作中の設定として描かれています。史実と分けて楽しむことで、ドラマと歴史の両方をより深く理解できます。
別の場所に建てられた別の城です。旧二条城は、信長が足利義昭のために築いた城で、現在は石碑のみが残ります。現在「二条城」として知られる元離宮二条城は、その後に徳川家康が築いた城です。同じ「二条城」という名前で検索すると混乱しやすいため、「旧二条城跡」と「元離宮二条城」で分けて検索すると目的の場所にたどり着きやすくなります。
同じ場所にありますが、別の時代に建てられた別の城です。那古野城はもとは今川義元の父・今川氏親が尾張進出の拠点として築いた城で、後に信長の父・信秀が奪い取り、幼い信長に譲りました。信長が清洲城へ移ったあと廃城となり、その跡地に徳川家康が名古屋城を築きました。現在、名古屋城二之丸に那古野城址の石碑が残っています。
全く別の城です。名護屋城(佐賀県唐津市)は、豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点として1591年に築いた城で、信長とは直接の関係はありません。秀吉自身が「自分のゆかりの地・尾張の那古野と同じ読みだ」と気に入ってこの地を選んだと伝わっています。信長ゆかりの地を調べる際は、佐賀の「名護屋城」と検索結果が混在することがあるため注意が必要です。
現在の天守建物は後世に建てられた復興です。信長ゆかりの城の中で、現在も木造天守が現存しているのは犬山城のみです。安土城・清洲城・岐阜城をはじめ、信長に関わる城の多くは天守が残っておらず、石垣や遺構・案内板で往時をたどる形になります。なお、2026年は岐阜城で修理工事が行われており、天守閣の内部見学はできません。
「一夜城」という伝承は広く知られていますが、史料の読み方については諸説あります。現地にある建物は後世に建てられた資料館・復元施設であり、戦国期の遺構ではありません。伝承と現地施設を切り分けながら訪れると、歴史を立体的に楽しめます。
京都・滋賀・岐阜・愛知は比較的距離が近く、長期滞在であれば一緒に回れます。ただし各スポットの見どころが多いため、1か所につき半日〜1日を確保するのが現実的です。安土城跡・比叡山延暦寺はそれぞれ1日、岐阜城と周辺エリア・犬山城は半日が目安です。季節は春(桜)と秋(紅葉)が各スポットとも特におすすめです。
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Following the Shogunは現地取材をもとに制作しています。
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