信長の隠れ岩 ― 朽木越えに関わると伝わる、滋賀・朽木の小さな伝承地
織田信長が1570年(元亀元年)の金ヶ崎の退き口・朽木越えの途中に身を潜めたと伝わる岩。現地には巨石・岩の隙間・現地説明板が残る。
信長の隠れ岩とは
滋賀県高島市朽木エリアに、信長の隠れ岩と呼ばれる場所があります。
織田信長が1570年(元亀元年)の金ヶ崎の退き口の後、朽木越えで京都へ向かう途中に身を潜めたと伝わる岩です。現地には大きな岩が積み重なり、岩の隙間に人が入れるような空間が残っています。
大きな観光名所ではありません。しかし、信長ゆかりの地を丁寧に追いたい人、金ヶ崎の退き口から朽木越えまでの道筋を現地で感じたい人には、訪問候補にしやすい場所です。
この記事で分かること
信長の隠れ岩とは何か
現地で何が見られるか
実際の行き方・アクセス方法
金ヶ崎の退き口・朽木越えとの関係
周辺スポットの情報
訪問判断:こんな人におすすめ
向いている人
信長ゆかりの地を隅々まで訪ねたい、熱心な信長ファンの方におすすめです。金ヶ崎の退き口や朽木越えのルートを実際の地形で追いたい歴史好きにも、訪問候補にしやすい場所です。
実際に訪れた際の体感では、ゆっくり岩の雰囲気を堪能し、写真を複数枚撮っても所要時間は15分程度でした。
注意点
信長にそれほど興味がない場合、「大きな岩がある」という見どころはありますが、大型観光地のような規模感を期待すると、見どころは限定的です。ピンポイントの伝承地として訪れる場所です。
岩の前に立ったときの上下・前後左右の雰囲気(360°パノラマ)
アクセス


所在地 滋賀県高島市朽木エリア(朽木市場周辺)
最寄り駅 JR湖西線 安曇川駅(JR-B16)
推奨交通手段 車(最も現実的)
所要時間目安 京都駅からJR湖西線で概ね1時間前後(目安。最新情報を確認してください)
車でのアクセス
車が最も現実的な交通手段です。Google Mapで「信長の隠れ岩」を検索し、案内に従って進むと到着できます。
車道沿いに入口看板があります。そこから土の山道を道なりに上っていくと、岩が現れます。

公共交通でのアクセス
- 最寄り駅:JR湖西線 安曇川駅(JR-B16)
- バス:江若交通 朽木線「安曇川駅」→「朽木学校前」下車
現地の歩き方

車道の入口から入り、道なりに山道を上ると岩が現れます。複雑な分岐はなく、一本道です。
道は軽く整備されていますが、舗装路ではなく土の山道です。足元に注意しながら進んでください。
歴史背景:なぜ信長は朽木にいたのか

金ヶ崎の退き口
1570年(元亀元年)4月、織田信長は越前・朝倉氏の攻略に向かっていました。しかし、近江の浅井長政が突如として信長と敵対したため、信長は越前から撤退を余儀なくされます。この撤退が「金ヶ崎の退き口」と呼ばれる出来事です。
殿軍(しんがり)を豊臣秀吉と池田勝正らが務め、信長はかろうじて京都へ生還しました。このとき信長が通ったとされる経路の一つが「朽木越え」です。
朽木越えと朽木元綱
『信長公記』には、信長が朽木を通り、朽木信濃守(朽木元綱)のもてなしを受けたことが記されています。
朽木元綱は当初、信長に敵対する可能性もありましたが、最終的に信長の通行を認めました。地元では、信長が朽木元綱の動向を見極めるまでの間、岩の間に身を潜めて待っていたと伝えられています。
その場所として伝わるのが、この「信長の隠れ岩」です。

現地で見られるもの


実際に訪れてみると、想像していたよりも大きな岩がありました。苔が生えており、山中に静かに佇む雰囲気があります。
- 大きな岩:複数の岩が積み重なった姿
- 岩の隙間:岩が重なり合ってできた空間。現地では信長が身を潜めた場所として伝わる
- 現地説明板:伝承の説明が書かれた看板
- 入口看板:車道沿いにある案内看板
現地看板には、朽木元綱が味方かどうかを確認するまで、信長が岩の間に隠れていたという内容が記されていました。
また、舗装された車道と、その奥に広がる自然の山中という対比が独特です。山道を少し上るだけで、急に自然の岩場が現れる感覚は、現地に来て初めて分かるものがあります。
主要スポット一覧(Core Spot Inventory)
CSI-01:信長の隠れ岩
金ヶ崎の退き口・朽木越えに関わると伝わる岩
| 種別 | 伝承地・自然岩 |
|---|---|
| 現在の状態 | 伝承地(自然の岩がそのまま残る) |
| 見どころ | 巨石の外観・岩の隙間・現地説明板 |
| 注意 | 「信長が実際にここに隠れた」とは史料では確認できない。地元の伝承として紹介されている |
CSI-02:国道沿い登り口
車道から山道へのアクセス起点
| 種別 | 入口・登山口 |
|---|---|
| 現在の状態 | 現存 |
| 見どころ | 車道沿い入口看板・山道の入口 |
| 注意 | 土の山道のため、滑りにくい靴で訪問すること |


岩へ向かう入口付近のパノラマ(360°)
岩に向かう山道のパノラマ(360°)
CSI-03:道の駅 くつき新本陣
朽木エリア観光の拠点施設
| 種別 | 道の駅・休憩施設 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県高島市朽木市場777 |
| 観光案内・物産 | 8:30〜17:00(公式情報。最新情報は公式サイトでご確認ください) |
| レストラン | 11:00〜14:00(公式情報。最新情報は公式サイトでご確認ください) |
信長の隠れ岩の近くにある道の駅です。朽木エリアの観光情報を入手したり、食事・休憩をしたりするのに便利な拠点です。
CSI-04:市場の町並み(朽木市場)
鯖街道の中継地として栄えた町並み
朽木市場は、かつての鯖街道の中継地点として栄えた町並みが残るエリアです。若狭(福井県側)から京都へ向けて鯖などの海産物が運ばれた道筋にあり、信長が朽木越えで通ったとされる経路とも重なります。
CSI-05:旧秀隣寺庭園・興聖寺
足利義晴ゆかりの国指定名勝庭園
朽木エリアで周辺を合わせて訪れるなら、旧秀隣寺庭園(興聖寺境内)も候補になります。昭和10年(1935年)に国の名勝指定を受けた庭園で、足利義晴が朽木に滞在した際に造られたと伝わります。
| 所在地 | 滋賀県高島市朽木岩瀬374(興聖寺境内) |
|---|---|
| 拝観料 | 500円(公式情報。訪問前に最新情報をご確認ください) |
| アクセス | 安曇川駅からバスで約30分、朽木学校前下車・徒歩約10分(訪問前に最新時刻表を確認してください) |
伝承・トリビア
周辺スポット
信長の隠れ岩を訪れた際に、合わせて立ち寄れる周辺スポットを紹介します。
| スポット | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 道の駅 くつき新本陣 | 朽木エリアの観光拠点。休憩・食事・物産 | 公式URL |
| 朽木市場(市場の町並み) | 鯖街道の中継地・歴史的な町並み | 公式URL |
| 旧秀隣寺庭園・興聖寺 | 国名勝の庭園。足利義晴ゆかりの地 | 公式URL |
| 金ヶ崎城跡 | 金ヶ崎の退き口の起点。福井県敦賀市 | 公式URL |
金ヶ崎城跡との違い
「信長の隠れ岩」と「金ヶ崎城跡」は、まったく別の場所です。
| 項目 | 信長の隠れ岩 | 金ヶ崎城跡 |
|---|---|---|
| 所在地 | 滋賀県高島市朽木エリア | 福井県敦賀市 |
| 歴史的文脈 | 金ヶ崎退却後の朽木越え途中の伝承地 | 金ヶ崎の退き口の起点側(撤退開始地点) |
| 現在の状態 | 自然の岩が残る伝承地 | 城跡として整備された史跡 |
金ヶ崎城跡は、信長が越前からの撤退を開始した側の地点で、福井県敦賀市にあります。信長の隠れ岩は、その退却の途中に朽木を通る際の伝承地です。同じ「金ヶ崎の退き口」という出来事に関係していますが、地理的に異なる場所です。
金ヶ崎城跡の場所(参考)
金ヶ崎城跡は福井県敦賀市にある別地点。信長の隠れ岩(滋賀県高島市)とは別の場所です。
よくある質問(FAQ)
織田信長が1570年の金ヶ崎退却・朽木越えの際に、朽木元綱の動向を確認するまで身を潜めたと伝わる岩です。滋賀県高島市朽木エリアにあります。史料での確認はできていないため、地元の伝承として紹介されています。
現在確認できる史料(信長公記など)では、信長が具体的にどこに身を潜めたかは記されていません。「信長がここに隠れた」というのは地元に伝わる言い伝えであり、滋賀県文化財保護協会の資料でも「真偽は不明」とされています。伝承として大切に伝えられてきた場所です。
大きな岩(複数の岩が積み重なった姿)、岩の隙間・空間、現地説明板、車道沿いの入口看板、山道が見られます。想像より大きな岩で、苔が生えており雰囲気があります。
実際に訪れた際の体感では、ゆっくり岩の雰囲気を堪能し、写真を複数枚撮っても15分程度でした。
訪問時には入口付近に2台程度が止められるスペースが見られました。ただし、公式に整備された駐車場ではないため、実際の状況は変わる場合があります。事前に状況を確認されることをおすすめします。
道は軽く整備されていますが、土の山道です。舗装されておらず、雨後は滑りやすくなります。滑りにくい靴で訪問することを強くおすすめします。特別な登山装備は必要ありませんが、スニーカー以上の靴が安心です。
いいえ、別の場所です。金ヶ崎城跡は福井県敦賀市にあり、金ヶ崎の退き口の起点側の史跡です。信長の隠れ岩は滋賀県高島市朽木エリアにある、退却途中の伝承地です。同じ「金ヶ崎の退き口」という出来事に関係していますが、まったく別の地点です。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の中で隠れたシーンはありませんでしたが、放送後に信長の隠れ岩がゆかりの地として紹介されていました。
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