ドラマ『将軍 SHŌGUN』の太閤殿下のモデル
ドラマ『将軍 SHŌGUN』をご覧になった方は、主人公ジョン・ブラックソーンや吉井虎長の物語に魅了されたことでしょう。この中で登場した太閤殿下のモデルとなったのが、実在の日本の武将、豊臣秀吉です。
豊臣秀吉 関連城郭・年表(要約+詳細)
ここでは、秀吉の城郭との関わり(城主・築城・普請・軍事拠点)を、よく知られる出来事を中心にまとめています。年代は史料整理の都合で幅をもって語られることもあるため、表では「目安」として示しています。
推定年齢は生年を天文6(1537)年とした満年齢の概算です(生年には異説があるため、目安としてご覧ください)。
目安(高/中)は、公的解説・文化財説明などで比較的確認しやすいかどうかの目印です。
| 時期(目安) | 推定年齢(満年齢・概算) | 城・陣城 | 所在(現) | 関与の性格 | 説明 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1574〜1582頃 | 約37〜45歳 | 長浜城 | 滋賀県長浜市 | 高 城主(近江北部の拠点) |
今浜の地に城が整えられ、秀吉の居城として「長浜」の名が定着したとされる。
詳細城の完成後に地名を「今浜」から「長浜」に改め、天正10(1582)年頃まで居城とした旨が紹介される。 |
| 1580〜1581頃 | 約43〜44歳 | 姫路城 | 兵庫県姫路市 | 高 拠点化・普請 (播磨・中国攻めの拠点) |
中国攻めの拠点として姫路城を受け、3層の天守を築いたとされる。
詳細姫路城の年表では、天正8(1580)年に献上を受け、秀吉が3層の天守を築き、翌年に完成した旨が示されている。 現在の姫路城は後代の大改築も受けているため、秀吉期は「近世城郭化の段階の一つ」として捉えると理解しやすい。 |
| 1582 | 約45歳 | 備中高松城(包囲・水攻め) | 岡山県岡山市 | 高 軍事拠点(包囲戦) |
天正10(1582)年の戦いでは、水攻めで知られる包囲戦の舞台となった。
詳細岡山市の文化財説明では、「羽柴秀吉による水攻めの舞台として全国的に著名」とされ、水攻め堤防の遺構も史跡に含まれる。 戦いの展開や築堤の規模には史料上の議論もあるため、表では「水攻めで知られる包囲戦」として要点を示している。 |
| 1583〜 | 約46歳〜 | 大坂城 | 大阪府大阪市 | 高 築城・政権中枢 |
天正11(1583)年に築城が始まり、豊臣政権の中心拠点となった。
詳細大阪城公園(特別史跡)の解説では、天正11(1583)年に築城に着手した旨が示される。 大坂城は豊臣期の整備ののち、江戸期以降の改変もあるため、解説では「豊臣期大坂城」という視点で整理すると理解しやすい。 |
| 1590 | 約53歳 | 石垣山城(石垣山一夜城) | 神奈川県小田原市 | 高 陣城(小田原攻め) |
小田原攻めの本陣として築かれた総石垣の城として知られる。
詳細「一夜城」は呼称として有名だが、観光解説では、実際には一定期間をかけて築いた旨も説明されている(伝承と史実整理を分けて理解できる)。 |
| 1591〜1598頃 | 約54〜61歳 | 名護屋城(肥前) | 佐賀県唐津市 | 高 前線拠点(出兵の拠点) |
朝鮮出兵に際し築かれ、諸大名の陣跡が周囲に多数置かれた前線拠点として知られる。
詳細名護屋城は、佐賀県立名護屋城博物館の解説で「出兵拠点として築かれた城」とされ、城跡と陣跡が国の特別史跡に指定されている。 「名古屋城(尾張)」と混同されやすいため、表記は「名護屋城(肥前)」とするのが一般的。 |
| 1592〜1596頃 | 約55〜59歳 | 伏見城(指月・木幡山) | 京都府京都市(伏見) | 高 築城・拠点整備 |
伏見に拠点化が進み、築城・整備が段階的に進められたとされる。
詳細京都府教育委員会の解説では、伏見城の築城は天正20(1592)年頃に始まり、文禄3(1594)年以降に工事が本格化した、という時期区分が示される。 伏見城は地震による倒壊・再建など変遷が大きいため、表では「拠点化・整備が進む時期」としてまとめている。 |
| 項目 | 概要 | 読み方のポイント |
|---|---|---|
| 墨俣一夜城 | 「一夜にして砦を築いた」と伝えられる有名な逸話。 | 自治体解説でも「伝えられている」として紹介されるため、史実の断定ではなく伝承として読むと理解しやすい。 |
| 聚楽第 | 秀吉が京都に造営した関白の公邸(城郭風の邸宅)。 | 「城」そのものというより政庁・邸宅としての性格が強い。城郭年表とは別枠で扱うと整理しやすい。 |
参考(公的解説・公式サイト等)
人物
豊臣秀吉:農民から天下人へ – 戦国時代最大の立身出世の物語








