摠見寺エリアは、信長が自らの菩提寺として建立した遠景山摠見寺の境内にあたる、国の重要文化財が現存する貴重なエリアです。室町時代に建立された三重塔と二王門は、信長の命で甲賀から移築されたもの。安土城焦失後も無事に残り、今も往時の風格を伝えています。
重要文化財と生活の痕跡
三重塔
室町時代から生き延びた国の重要文化財── 甲賀から移築された塔
摠見寺の三重塔は、室町時代の1454年(享徳3年)に建立された建物です。もともとは近江国甲賀郡の長寿寺にありましたが、織田信長が安土城築城の際に現在地へ移築しました。三間三重塔婆で屋根は本瓦葺きという特徴を持ち、国の重要文化財に指定されています。
- 三重塔:室町時代に建立され、信長の命で現在地に移築された重要文化財です。
- 二王門:1571年(元亀2年)建立の入母屋造本瓦葺きの楼門で、こちらも重要文化財に指定されています。
- 季節限定の楽しみ方:春には桜、秋には紅葉が楽しめます。

短時間:約5分 / じっくり:約20分
🗺 住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6367
🚶 アクセス:最寄り駅:JR琵琶湖線「安土駅」から徒歩約20分(約1.5km)
| 建立年 | 享徳3年(1454年、室町時代) |
|---|---|
| 移築 | 天正年間(1575–76年頃)、信長により甲賀・長寿寺から |
| 修理・改修 | 1555年修理、1604年豊臣秀頼による補修あり |
| 現存状況 | 現地に現存 |
| 文化財指定 | 国の重要文化財 |
| 備考 | 平成29年の台風被害後、平成30年秋に修復工事実施 |
| 目に見えるもの | 発掘・記録でわかったこと |
|---|---|
| 三間三重塔婆・本瓦葺き | 棟札から甲賀郡の長寿寺からの移築が確認。秀頼による補修記録も |
安土城跡発掘調査報告書 / 重要文化財指定調書
- 甲賀からの移築:もともと甲賀郡の長寿寺にあったものを、信長が安土城築城の際に移築したとされています。
- 二つの重文:境内には二王門も現存しており、二つの重要文化財を同時に見られます。
- 信長の菩提寺:摠見寺は信長が自らの菩提寺として建立した寺院です。
二王門
金剛力士像が守る楼門── 信長が甲賀から移した重要文化財
摠見寺の二王門は、室町時代に建立された楼門形式の建物で、国の重要文化財に指定されています。もともと近江国甲賀郡の寺院にあったものを、信長の命で現在地に移築したと伝えられています。内部には金剛力士像が安置されており、城跡の入り口付近でひときわ存在感のある建物です。
- 二王門:室町時代に建立された楼門形式の重要文化財です。
- 金剛力士像:門内部に安置されている一対の像で、力強い造形が特徴です。
- 季節限定の楽しみ方:春には桜、秋には紅葉が楽しめます。

短時間:約5分 / じっくり:約20分
🗺 住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
🚶 アクセス:最寄り駅:JR琵琶湖線「安土駅」から徒歩約30分(約2.5km)
| 建立年 | 元亀2年(1571年) |
|---|---|
| 建立者 | 甲賀武士・山中俊好 |
| 移築 | 天正期(1571年頃)、信長により安土城内へ |
| 構造・特徴 | 入母屋造・本瓦葺きの二層構造;格子内に金剛力士像 |
| 文化財指定 | 門と金剛力士像ともに国の重要文化財 |
| 現存状況 | 石階段上に現存 |
| 目に見えるもの | 発掘・記録でわかったこと |
|---|---|
| 楼門・金剛力士像 | 甲賀郡の寺院から移築。門と像の両方が重文指定 |
安土城跡発掘調査報告書 / 重要文化財指定調書
- 甲賀からの移築:もともと近江国甲賀郡の寺院にあったものを移築したと伝えられています。
- 二つの重文を一度に:境内には三重塔も現存しており、二つの重要文化財を一度に見ることができます。
- 信長の菩提寺:摠見寺は信長が自らの菩提寺として建立した寺院で、この門もその一部です。
竈跡
城に暮らした人々の息吹── 戦国の日常を伝える遺構
安土城跡の西側上段郭では、竈跡(かまどあと)が複数確認されています。調理や暖房など日常生活の痕跡として貴重な遺構で、炭や焼け土が入った皿状の凹地も見つかっています。これらは火災の痕跡や、竈を作り替えた際の名残と考えられています。軍事拠点としてのイメージが強い安土城ですが、人々が実際に生活していたことがこうした遺構からわかります。
- 竈跡:西側上段郭に点在する竈跡は、当時の生活の様子を伝える遺構です。
- 炭や焼け土の痕跡:火災の痕跡や竈の作り替えの際に生じたと考えられる炭や焼け土が見られます。
- 季節限定の楽しみ方:春には桜、秋には紅葉が楽しめます。

短時間:約5分 / じっくり:約15分
🗺 住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
🚶 アクセス:安土城跡入場口から出て右手に現れる
| 年代 | 天正期(1576〜1582年) |
|---|---|
| 発見場所 | 西側上段郭 |
| 構造・特徴 | 複数の竈跡、炭・焼け土の入った皿状凹地 |
| 現存状況 | 遺構として確認可能 |
| 文化財指定 | 国指定特別史跡「安土城跡」 |
| 目に見えるもの | 発掘・記録でわかったこと |
|---|---|
| 竈跡・炭・焼け土の凹地 | 火災痕跡と竈作り替えの名残、城内での日常生活を証明 |
安土城跡発掘調査報告書
- 生活の場としての城:竈跡の発見により、安土城が単なる軍事拠点ではなく実際の生活の場でもあったことが明らかになっています。
- 作り替えの痕跡:炭や焼け土の入った皿状の凹地は、火災の痕跡や竈の作り替えの名残とされています。
- 信長の城での暮らし:信長が築いた安土城での日常生活の一端を伝える遺構です。
よくある質問(FAQ)
短時間で回ると約20分、じっくり見学すると約40分です。三重塔と二王門の二つの重要文化財を中心に巡るコンパクトなエリアです。
三重塔・二王門とも内部への立ち入りはできませんが、外観は間近で見学できます。二王門の格子越しに金剛力士像を見ることができます。
はい、二王門周辺の360°パノラマ写真を当サイトで公開しています。専用ページでご覧いただけます。
特別拝観は仮本堂(徳川家康邸跡、大手道エリア付近)で不定期に開催されます。摠見寺エリアの三重塔・二王門は常時見学可能です。
竈跡は安土城跡の西側上段郭にあり、城跡入場口から出て右手に位置します。摠見寺ルートで下山する途中に見学できます。
当サイトの情報は2026年3月時点のものです。最新の開城時間・料金は摠見寺公式サイトでご確認ください。


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