
この城は、単に美しい国宝天守であるだけではありません。かつて小牧山城が信長の「新しい拠点」だったのに対し、ここは信長にとって乗り越えるべき「身内の壁」であった場所。織田一族が睨みを利かせた戦国の最前線から、豊臣秀吉が攻防の要地として狙い、徳川の世には尾張を守る堅城へ――。三つの時代を生き抜いた「歴史の交差点」です。
何よりの価値は、ここが「残された本物の空間」であること。日本に数万あった城の中で、江戸時代以前の姿を今に伝える「現存12天守」はわずか。その中でも、国宝に指定されているのは犬山を含むわずか5城のみです。
そんな犬山城を訪れるなら、最短ルートで直行するのはあまりにも惜しい。おすすめは名鉄犬山駅から本町通を歩き、城下町の軸線をなぞるように進む登城ルートです。商家が連なる通りを抜けるその道筋は、信長の時代から人と物が行き交った城下の記憶そのもの。歩みを進めるごとに、前方の山上に天守が少しずつ姿を現し、やがて視界いっぱいに現れる国宝――“見上げる城”の体験は、写真以上に心を揺さぶります。
本ページでは、この本町通ルートで犬山城へ向かい、秀吉が狙った戦略の要を体感したのち、徳川の世に受け継がれた文化の結晶・日本庭園「有楽苑」、そして廃城後もなお城の記憶を伝える移築門「犬山城移築内田御門」までを、時代の流れに沿って歩いて巡ります。
戦国の緊張、天下への展望、そして泰平の静けさ。 城の迫力、城下の情緒、門に残る物語が重なり合い、一日が「歴史を歩いた記憶」として深く刻まれる旅になるはずです。
アクセス
名古屋駅から名鉄犬山駅まで約30分
犬山駅から犬山城迄徒歩 約25分 1.6㎞
スポット紹介
犬山城移築 松ノ丸裏門
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆☆(江戸末期建立、現存する移築門)
視覚的魅力:☆☆(寺院山門として趣ある風格)
体験的価値:☆(短時間で見学可能)

犬山城二の丸・松ノ丸の裏門は、有事に備えて設けられた逃れ口でした。その門扉は明治維新後に廃城となると競売にかけられ、明治10年(1877年)に近隣の寺院へと移築されます。現在は犬山城にほど近い常満寺の山門としてひっそり佇み、往時を偲ばせています。格式ある薬医門造りのその門は、装飾を排した簡素な意匠ながら力強さを漂わせ、かつての城門としての風格を保っています。江戸時代末期(1830~1867年頃)の建立とされる材木には長年の風雪が刻み込まれ、松ノ丸御殿を有した松ノ丸の重要性と、いざという時の退路として用意された裏門の物語を静かに語りかけてくれます。


| 築造年 | 1830–1867年(江戸時代末期) |
|---|---|
| 築造者 | 犬山藩主成瀬氏(推定) |
| 構造・特徴 | 切妻造、桟瓦葺、一間薬医門。脇に袖塀付き。 |
| 改修・復元歴 | 1877年常満寺に移築。2007年登録有形文化財に登録。 |
| 現存状況 | 常満寺山門として現存 |
| 消滅・損壊 | なし(移築現存) |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(常満寺山門) |
| 備考 | 犬山城松の丸裏門を転用した門。常満寺所在地: 犬山市犬山西古券281 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山西古券281
🚶 アクセス
最寄り駅:名鉄犬山駅から徒歩16分(約1.2km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約15分(説明板や構造を観察)
📍 見どころ
- 常満寺山門:犬山城の城門が移築された寺門。往時の門扉や瓦に城主成瀬家の家紋(片喰紋)が残り、歴史を感じさせます。
- 門の意匠:薬医門形式で、太い棟木や控柱など飾り気のない造りながら威厳があります。城下町の風景に溶け込みつつも存在感十分です。
- 季節限定の楽しみ方:初夏には常満寺境内の新緑や花々と門のコントラストが美しく、趣深い写真が撮れます。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:この門は明治維新後、わずか73円で払い下げられたと伝わります。城の建造物が廃城令で次々売却された時代の名残です。
- 知る人ぞ知る情報:門の瓦には、成瀬家の家紋である「丸に裏波銭」や、魔除けの桃の飾り瓦が確認できます。
- 著名人との関係:初代徳川義直の付家老であった成瀬正成は、元和3年(1617年)に徳川秀忠から犬山城を拝領し、以後成瀬氏が幕末まで城主を務めました。
大手門枡形跡
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(城の正門跡地)
視覚的魅力:☆(遺構表示のみ)
体験的価値:☆(簡単な散策向き)


犬山城の表玄関であった大手門と枡形の跡地です。江戸時代、城の南側正面に外堀と壮麗な大手門が構えられていましたが、明治の廃城に伴い1876年(明治9年)までに取り壊されたことが記録に残っています。その後、城下町の発展により一帯は公共施設用地となっていましたが、令和3年(2021年)に福祉会館の建物が解体撤去され、発掘調査が実施されました。調査の結果、門の枡形を形成していた空堀や土塁の遺構が良好に残されていることが確認され、かつての大手門の規模と構造が具体的に明らかになりました。現在は整備が進められ、石碑や案内板が設置されて往時の姿を偲ぶことができます。広々とした跡地に立てば、城内と城外を隔てた堂々たる正門と、敵を翻弄した枡形構造の威容に想いを馳せることでしょう。
| 築造年 | 不明(江戸時代初期頃か) |
|---|---|
| 築造者 | 成瀬氏(江戸時代の改修による)。織田信康が築いた当初は小規模な砦でしたが、江戸時代に成瀬氏によって巨大な枡形を持つ正門へと整備されました。 |
| 構造・特徴 | 平桝形虎口(左右に曲輪と石垣を配し、 L字に折れ曲がる入口構造) |
| 改修・復元歴 | 1876年までに破却。 2021年発掘調査、遺構を確認。 |
| 現存状況 | 遺構のみ(外堀跡・土塁跡など) |
| 消滅・損壊 | 門と枡形構造は現存せず |
| 文化財指定 | 国史跡「犬山城跡」に追加指定 |
| 備考 | 跡地は現在広場として整備。犬山市福祉会館跡地。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券2
🚶 アクセス
前のスポット「犬山城移築松ノ丸裏門」から徒歩4分(約0.3km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約10分
じっくり観光するなら:約20–30分(発掘跡の詳細確認含む)
📍 見どころ
- 空堀と土塁跡:現在は埋め戻され広場となっていますが、今後、地面に遺構の位置を示す平面表示などが整備される予定です。設置された案内板の図解と照らし合わせながら、広大な堀の跡を想像して歩くことができます。
- 枡形の構造説明板:L字型に屈折した虎口の構造が図解されており、門を突破しようとする敵を側面から狙い撃った仕掛けが理解できます。
- 季節限定の楽しみ方:発掘エリアは現在芝生広場となっており、春には桜や花々が彩りを添えます。桜越しに城郭を偲ぶ風景は格別です。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:明治期に当地へ建てられた犬山市役場や福祉会館は、まさに大手門跡に位置していました。城から役場へと利用目的が移り変わった土地と言えます。
- 知る人ぞ知る情報:令和5年(2023年)に本跡地は国史跡「犬山城跡」の一部として正式に追加指定されました。これにより、今後さらに復元整備が期待されています。
- 著名人との関係:織田信長の叔父・織田信康が犬山城を築いた際、この正門の原型が作られたと伝わります。城の顔として歴史の荒波をくぐり抜けてきた場所なのです。
城とまちミュージアム(犬山市文化史料館 本館)
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(昭和開館の資料館)
視覚的魅力:☆(展示主体の施設)
体験的価値:☆☆(犬山の歴史を学べる)

犬山城と城下町の歴史・文化を紹介する市立の博物館です。昭和62年(1987年)に「城とまちをつなぐ拠点施設」として開館し、平成24年(2012年)にリニューアルオープンしました。館内には江戸時代を中心とした犬山の城下町の暮らしを再現したジオラマや、犬山城下で栄えたからくり人形の実物・模型などが展示されています。また、犬山城主成瀬家に伝わる武具・絵図・古文書など貴重な文化財を保管・公開する「白帝文庫歴史文化館」としての役割も担っており、特別展では国指定重要文化財の短刀や、長篠合戦・小牧長久手合戦図屏風などを見ることができます。建物自体は近代的ですが、館内の展示解説は地域の歴史に触れられる充実した内容となっています。城めぐりの前後に立ち寄れば、犬山の歴史への理解が一層深まることでしょう。
| 築造年 | 1987年(昭和62年)開館 |
|---|---|
| 築造者 | 犬山市(設置者) |
| 構造・特徴 | 鉄筋コンクリート造2階建て。常設展示室・企画展示室あり。 |
| 改修・復元歴 | 2012年改装(展示内容更新) |
| 現存状況 | 現役の博物館として公開中 |
| 消滅・損壊 | なし |
| 文化財指定 | 犬山市指定文化財収蔵(成瀬家資料ほか) |
| 備考 | 別称「城とまちミュージアム」。南館に「からくりミュージアム」併設。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券8
🚶 アクセス
前のスポット「大手門枡形跡」から徒歩2分(約0.2km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約20分
じっくり観光するなら:約50分
📍 見どころ
- 城下町ジオラマ:江戸期の犬山城下町を精巧に再現した大型模型。武家屋敷や商家、町人の賑わいが一望でき、当時の生活に思いを馳せられます。
- 犬山まつりコーナー:ユネスコ無形文化遺産の犬山祭に関する展示。実物の山車車輪やからくり人形の展示があり、祭りの熱気を感じることができます。
- 季節限定の楽しみ方:夏休み期間などに子ども向け歴史体験イベントを開催。甲冑試着や火縄銃の模型操作など、体験を通じて学べる催しが人気です。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:当館の南館「IMASEN犬山からくりミュージアム」は、平成27年(2015年)に開館したからくり専門館で、江戸時代から続く犬山のからくり文化を体系的に展示しています。
- 知る人ぞ知る情報:犬山城の入場券と当館の入館券がセットになったお得な共通券が販売されています。城と資料館双方を訪ねる方におすすめです。
- 著名人との関係:成瀬家伝来の茶器や書状も収蔵されており、茶人として名高い織田有楽斎ゆかりの品も展示されることがあります。城主家と茶道文化の繋がりも垣間見えます。
大手二の門跡(矢来門)
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(城内の門跡としては地味)
視覚的魅力:☆(礎石と案内板のみ)
体験的価値:☆(ごく短時間の見学)

本丸へ続く大手道の第二関門「矢来門」の跡地です。大手門から直進し空堀に突き当たって右折した先に、この矢来門が構えられていました。現在、石畳脇にひとつ門の礎石が残され、傍らに立つ案内板が往時を伝えています。矢来門は簡素な高麗門形式ながら、外から内部を見通しやすくした機能的な造りで、城内への最後の防衛ラインを担っていました。明治維新後に払い下げられ、扶桑町の専修院に山門として移築され現存しています。そのため城跡には門そのものはありませんが、礎石に手を触れると分厚い門扉や高い屋根を戴いた矢来門の姿が目に浮かぶようです。ひっそりとした坂道の中腹で、敵を待ち受けたであろう緊張感に思いを巡らせてみてください。
| 築造年 | 不明(江戸時代初期) |
|---|---|
| 築造者 | 成瀬正成(初代犬山藩主、城改修者) |
| 構造・特徴 | 薬医門(切妻造、太い棟木と控柱を持つ力強い構造)。 |
| 改修・復元歴 | 1876年払い下げ、扶桑町専修院へ移築 |
| 現存状況 | 門は現存せず、礎石1基が残存 |
| 消滅・損壊 | 門扉・構造物は撤去済み |
| 文化財指定 | 専修院山門(矢来門)は扶桑町指定文化財 |
| 備考 | 跡地は大手道沿いに案内板あり。別名「矢来門跡」。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山字西古券
🚶 アクセス
前のスポット「城とまちミュージアム」から徒歩3分(約0.2km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
📍 見どころ
- 矢来門礎石:苔むした大きな礎石が残存し、門の位置と規模を物語ります。踏みしめると往時の門の重厚さが感じられるでしょう。
- 案内板:矢来門の構造や移築の経緯が詳しく説明され、現地にいながら往時の姿を学べます。
- 季節限定の楽しみ方:初夏には周囲の木々が生い茂り、新緑の中に礎石が浮かぶように現れます。静かな雰囲気で、歴史散策に最適です。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:矢来門は「矢来」の名が示す通り、門前に竹や木で組んだ柵(矢来)が巡らされ、敵兵の突入を阻む工夫もあったとされます。
- 知る人ぞ知る情報:移築先の専修院東門(矢来門)は今も扶桑町に現存し、黒塗りの門扉や潜り戸など犬山城当時の面影をよく留めています。
- 著名人との関係:門を移築した専修院がある扶桑町柏森は、戦国武将・兼松正吉が守将を務めた砦跡の地でもあります。歴史好きには興味深い繋がりです。
松の丸門跡
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(門跡のみ、石碑あり)
視覚的魅力:☆(段差と案内板)
体験的価値:☆(短時間で確認可能)

二の丸の一角・松の丸に存在した表門の跡地です。かつて松の丸には御殿が置かれ、城主や尾張藩主が逗留する重要施設でした。その正門にあたる松の丸表門は、明治以降に取り壊され一部部材が流出しましたが、一宮市の浄蓮寺へ門として移築され現存しています。城跡では、針綱神社境内の下段駐車場脇に案内板が立ち、地形に一段の段差が残るのみです。しかし、その案内板を読むと大手道と松の丸への導線が図解され、松の丸表門が大手道と神社領との境に位置していたことがわかります。復元こそされていませんが、遺構は良好に残っており、発掘や研究が進めば枡形虎口として再現できる可能性も秘めています。静かな神社参道の片隅に立ち、往時ここにあった堂々たる表門と、そこから先に広がっていた松の丸御殿の景色に思いを馳せてみましょう。
| 築造年 | 不明(戦国末期〜江戸初期か) |
|---|---|
| 築造者 | 不明(松の丸御殿建立時期に設置か) |
| 構造・特徴 | 薬医門(一間一戸、両開き門扉・脇戸付き) |
| 改修・復元歴 | 1870年代破却。門材の一部が浄蓮寺山門に転用。 |
| 現存状況 | 跡地のみ(段差地形と案内板) |
| 消滅・損壊 | 門構造物は現存せず |
| 文化財指定 | 浄蓮寺山門(松の丸表門)は一宮市指定文化財 |
| 備考 | 針綱神社下段駐車場付近。大手道との境界。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券先
🚶 アクセス
前のスポット「大手二の門跡」から徒歩4分(約0.3km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
📍 見どころ
- 境界の段差:神社敷地との境に一段低くなった地形があり、ここが松の丸への入口だったことを物語ります。
- 案内板:松の丸表門の位置と機能について説明され、門があった頃の配置をイメージする手助けになります。
- 季節限定の楽しみ方:春祭りシーズンには隣接する針綱神社が賑わい、門跡周辺も露店が並び活気づきます。静かな普段とのギャップも楽しめます。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:松の丸表門は犬山城の城門18か所の中で唯一、二の丸(松の丸)に確実に存在が確認された門でした。それだけ松の丸が重要視されていた証です。
- 知る人ぞ知る情報:移築先の浄蓮寺山門(松の丸表門)は薬医門形式で現存し、犬山城主成瀬家の家紋である片喰紋の鬼瓦も残っています。
- 著名人との関係:羽柴(豊臣)秀吉が小牧・長久手合戦の前哨戦で犬山城入城を目論んだ際、この松の丸御殿を本陣にしようとしたとも言われています(諸説あり)。城の心臓部ともいえる場所でした。
小銃櫓(復元)
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(模擬復元)
視覚的魅力:☆☆(雰囲気を醸す復元櫓)
体験的価値:☆☆(城内に当時の雰囲気を演出)


犬山城本丸の入口付近に再建された小さな櫓(やぐら)です。昭和期の城郭整備に際し、かつて本丸南側にあった「鉄砲櫓」(小銃櫓とも)をイメージして復元されたものとされています。黒漆喰壁と格子窓を備えた二階建ての小さな櫓は、天守への登城ルートに趣きを添え、往時の防備の雰囲気を再現しています。実際の江戸期の鉄砲櫓は本丸南隅に存在したと伝わりますが、明治維新後に破却されました。この復元櫓はコンクリート造ながら外観は木造風に仕上げられ、来訪者を迎えるシンボルのひとつとなっています。櫓内部は立ち入り不可ですが、櫓門(鉄門)と組み合わさった姿は絵になります。年代こそ新しいものの、城郭の臨場感を高める演出として、犬山城観光の雰囲気づくりに一役買っています。
| 築造年 | 1965年(昭和40年)頃(推定再建年) |
|---|---|
| 築造者 | 犬山市(模擬櫓として整備) |
| 構造・特徴 | 木造風RC造2階櫓。黒漆喰仕上げ、狭間窓付き。 |
| 改修・復元歴 | 1960年代に鉄門とともに復元整備。 |
| 現存状況 | 模擬建造物として良好 |
| 消滅・損壊 | なし(オリジナルは破却済み) |
| 文化財指定 | なし |
| 備考 | 本丸門(鉄門)左脇に接続。内部非公開。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券65-2(犬山城本丸内)
🚶 アクセス
前のスポット「松の丸門跡」から徒歩5分(約0.1km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
📍 見どころ
- 復元櫓の外観:白漆喰と黒板壁のコントラストが美しく、写真撮影スポットとして人気。天守とともに収めると、城郭らしい迫力ある構図になります。
- 石垣との調和:櫓下の石垣は江戸時代当時からのもの。新旧が融合した姿から、城の歴史の連続性を感じ取れます。
- 季節限定の楽しみ方:冬の朝など、櫓屋根にうっすら雪が積もると、墨絵のような風情。凛とした空気の中でシャッターチャンスを狙いましょう。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:平成初期にはこの模擬櫓の木造再建化も検討されましたが、費用面から見送られています。現状は鉄筋コンクリート製です。
- 知る人ぞ知る情報:実は櫓の右手(東側)石垣上にも小スペースがあり、そこには江戸期「未申櫓」と呼ばれる小櫓があったと伝わります:contentReference[oaicite:74]{index=74}。現在は未復元ですが、今後の整備計画に期待です。
- 著名人との関係:昭和34年(1959年)の伊勢湾台風後、当時の成瀬家当主らが復元計画を推進し、この櫓と鉄門が再建されました。個人所有時代の城を守ろうとした努力の結晶なのです。
本丸鉄門(復元・管理事務所)
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(模擬門)
視覚的魅力:☆☆(雰囲気ある櫓門再現)
体験的価値:☆☆(門をくぐり天守へ)

犬山城本丸の正門にあたる鉄門(くろがねもん)は、現在、昭和期に復元された模擬門がそびえています。往時の鉄門は門扉に鉄板を打ち付けた堅牢な櫓門で、本丸最後の守りとして敵を阻んだ重厚な構えでしたが、明治維新後に資料が少なく詳細不明となりました。そこで現在の門は古写真や城絵図を元に想像復元されたもので、鉄板こそ付いていないものの二階部分に櫓を戴いた立派な櫓門として再現されています。RC造ながら外観は木造に見えるよう仕上げられ、本丸への入口として威厳を見せています。門の右手には券売所、左手には先述の小銃櫓が接続しており、全体で城郭の正門エリアを演出しています。門をくぐると急坂を経て天守へ至る構造で、現代の来城者も当時の武士と同じく門を潜り抜けて本丸へ踏み入る体験ができます。歴史的厳密性はないものの、門があるのと無いのとでは城の雰囲気が大違いであり、犬山城らしさを高める重要な要素となっています。
| 築造年 | 1965年(昭和40年)頃再建 |
|---|---|
| 築造者 | 犬山市(旧成瀬家主導) |
| 構造・特徴 | RC造櫓門(模擬)。二重二階建て、黒漆喰壁、入母屋造。 |
| 改修・復元歴 | 昭和30年代末に鉄門・櫓を想定復元 |
| 現存状況 | 復元門として使用中(城管理事務所併設) |
| 消滅・損壊 | なし(オリジナルは明治期破却) |
| 文化財指定 | なし |
| 備考 | 城管理事務所(券売所)が併設。CC造だが外観木造風。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券65-2(犬山城本丸内)
🚶 アクセス
前のスポット「小銃櫓(復元)」から徒歩1分(約50m)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約10分
📍 見どころ
- 櫓門の迫力:門の上に二階櫓が乗った姿は、写真映えするインパクト。天守とともに収めれば、犬山城の重厚な防御体系を感じられます。
- 門扉の造作:厚みのある木製の観音開き扉が復元されており、鋲打ちも施されています。鉄板は貼られていませんが、往時の鉄門を彷彿とさせます。
- 季節限定の楽しみ方:秋の紅葉シーズン、門周辺のモミジが色づき、黒い門とのコントラストが美しいです。足元の苔むした石垣と相まって趣満点。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:現存天守12城のうち、犬山城のみが平成まで個人所有でした。そのため昭和の復元工事では地元有志や成瀬家が奔走し、この鉄門再建も実現したのです。
- 知る人ぞ知る情報:門の設計にあたっては、昭和初期に撮影された古写真や戦前の建築学会報告を参考にしています。専門家の知見が活かされた模擬門と言えます。
- 著名人との関係:江戸時代、犬山城下を訪れた松尾芭蕉は句に「城下や花に木深き垣の跡」と詠みました。この「垣」は本丸の門を指すとも言われ、鉄門周辺の景色が句に映された可能性があります。
大杉様
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(ご神木の切株)
視覚的魅力:☆(枯木の切株)
体験的価値:☆(信仰対象、触れて祈願)

天守閣東側、石垣に囲まれた場所に鎮座する犬山城の御神木「大杉様(おおすぎさま)」です。築城以前からこの地に根を張っていたとされる巨大な杉の木で、樹齢は約650年とも伝えられます。かつては天守よりもやや高い樹高を誇り、長年にわたり落雷や暴風から城を守ってきた守護神的存在でした。しかし昭和40年(1965年)頃、落雷と伊勢湾台風(1959年)の影響により遂に枯死してしまいます。現在は幹の根元部分が切り株状に残され、周囲を玉垣で囲んで注連縄が掛け替えられ丁重に祀られています。枯れてなお城を護る御神木として城関係者や訪問者に崇敬されており、その大きな切株に手を当てて安全祈願する人も少なくありません。犬山城の長い歴史を黙して見守ってきた大杉様は、今日も天守の足元で静かに城を護り続けています。
| 植生年 | 不明(推定鎌倉〜南北朝時代) |
|---|---|
| 発生由来 | 自然生育(犬山城築城以前から存在) |
| 種類 | スギ(針葉樹、高木) |
| 著名エピソード | 雷から城を守り枯死 |
| 現存状況 | 切株のみ残存、玉垣囲み |
| 枯死年代 | 1965年頃(昭和40年) |
| 文化財指定 | なし(城の守護神として信仰対象) |
| 備考 | 別称「犬山城神木大杉様」。城内のパワースポット。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券65-2(犬山城本丸内)
🚶 アクセス
前のスポット「本丸鉄門(復元・管理事務所)」から徒歩1分(約50m)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約1分
じっくり観光するなら:約5分
📍 見どころ
- 大杉様の切株:直径数メートルに及ぶ巨大な切株。年輪の幅から往時の成長を偲ぶことができます。
- 注連縄:定期的に掛け替えられる太い注連縄が巻かれ、神聖な雰囲気を醸し出しています。城を守護する御神木としての敬意が払われています。
- 季節限定の楽しみ方:夏の夕暮れ、ライトアップされた天守とシルエットになる大杉様は神秘的。幻想的な写真スポットとして隠れた人気があります。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:昭和40年頃に枯死した際、「大杉様を伐採すると祟りがある」との言い伝えから、切株を残して祀る現在の形になったと言われます。
- 知る人ぞ知る情報:大杉様は長らく犬山城主成瀬家が大切に保護してきました。落雷で折れた枝も御神体として城下の祠に祀られていたとか。
- 著名人との関係:昭和28年(1953年)、天守が国宝再指定された際、当時の成瀬家当主は「大杉様が城を守ってくれているお陰」とコメントしています。城主家もその霊験を信じていたようです。
天守閣
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆☆☆(現存最古級の天守、国宝)
視覚的魅力:☆☆☆(威風堂々、美しい意匠)
体験的価値:☆☆☆(登閣可、眺望絶佳)

犬山城の天守閣は三重四階地下二階建ての木造天守で、現存する日本の12天守の中でも最古級に位置します。外観は白漆喰の壁と下見板張りの壁板が組み合わさり、重厚さと優美さを兼ね備えています。南面と西面には付櫓(小天守)が突き出し、最上階には高欄付きの回廊が巡らされているのが特徴です。内部は創建当時のままの太い梁や柱が残り、急勾配の木階段や武具掛けの間など戦国期城郭の機能美を今に伝えます。各階には武器庫や物見窓が配置され、最上階からは木曽川の流れや遠くの御嶽山まで見渡せる絶景が広がります。天守は昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で破損したものの、昭和36~40年(1961~65年)にかけて解体修理が行われ、創建時の姿によみがえりました。現在は国宝として厳重に保存されつつ公開され、訪れた人々を戦国のロマンへと誘っています。犬山城天守閣は、小ぶりながら端正で力強いその姿から「日本で最も美しい城」の一つにも数えられ、歴史ファン・建築ファンを問わず必見のスポットです。





| 完成年 | 1596年(慶長元年)頃 *創建1537年説もあり |
|---|---|
| 構造形式 | 複合式望楼型天守 (3重4階+地下2階) |
| サイズ | 高さ19m(天守台石垣上から) |
| 設計・意匠 | 入母屋破風・唐破風を配し、最上階に高欄廻縁。付櫓2棟付き。 |
| 重要改修 | 1620年頃 成瀬氏により大改修 1961–65年 解体修理 |
| 文化財指定 | 国宝(天守、1952年指定) |
| 備考 | 登閣可能(要入場券)。内部は撮影禁止。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山北古券65-2(犬山城内)
🚶 アクセス
前のスポット「大杉様」から徒歩1分(約50m)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約20分
じっくり観光するなら:約40分(展望・写真撮影等)
📍 見どころ
- 天守最上階の眺望:木曽川や遠くの山並みまで一望でき、特に晴天時は御嶽山や乗鞍岳が望めます。城下町の風景とのコントラストも絶妙です。
- 内部構造:急階段や武者走りと呼ばれる縁側など、戦国の防御機能が随所に見られます。柱や梁には戦国期の墨書きが残り、歴史の重みを感じます。
- 季節限定の楽しみ方:初日の出スポットとして地元で人気があり、元旦早朝には特別開門されることも。天守から拝む朝日は格別で、新年の運気上昇を願う人々で賑わいます。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:天守は一説に安土城天主を模して造られたとも言われ、どっしりした下層と小ぶりな望楼部分の対比が安土城と共通しています。
- 知る人ぞ知る情報:天守一階の床下には「穴蔵」と呼ばれる地下二階構造があります。石垣内部の隠し倉庫のような空間で、外敵に悟られず兵糧や武具を蓄えました。
- 著名人との関係:昭和28年の映画『太閤記』では犬山城天守が織田信長の居城「清須城」として登場しました。歴史映像のロケ地にもなる風格を備えています。
犬山城清水門跡
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆(東郭への門跡)
視覚的魅力:☆(痕跡僅か)
体験的価値:☆(説明板あり)

三の丸と東谷曲輪(ひがしだにくるわ)の間を仕切っていた「清水門(しみずもん)」の跡地です。藩政期、城の東側に位置し、搦手口(裏門)と内田門方面を連絡する重要な門でしたが、明治維新後に取り壊され、その部材は一宮市の運善寺に移築され現存しています。運善寺の山門として残る清水門は堂々たる高麗門で、その鬼瓦や柱には城門らしい風格が漂っています。一方、城跡では門の跡地に案内板が設置されているのみで、遺構はほとんど目に見えません。しかし、近年の発掘調査で門跡付近の土中から基礎石などが確認されつつあり、今後の史跡整備によって目に見える形で跡が示される可能性もあります。現在はひっそりとした城郭東麓の一角ですが、犬山城を訪れた際には裏門の存在にもぜひ思いを巡らせてみてください。
| 築造年 | 不明(江戸初期) |
|---|---|
| 築造者 | 不明(城東郭整備時) |
| 構造・特徴 | 高麗門(平屋門、切妻造、本瓦葺) |
| 改修・復元歴 | 1870年代破却。門材は運善寺山門に転用。 |
| 現存状況 | 跡地は表示のみ。門は運善寺に現存。 |
| 消滅・損壊 | 門構造物は現存しない |
| 文化財指定 | 運善寺山門(清水門)は一宮市指定文化財 |
| 備考 | 城東麓の住宅地内。案内板「清水門跡」あり。 |
🗺 住所:愛知県犬山市犬山東古券付近
🚶 アクセス
前のスポット「天守閣」から徒歩5分(約350m)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約3分
じっくり観光するなら:約5分
📍 見どころ
- 清水門跡案内板:門の構造図と位置関係が記され、東谷曲輪への出入口だった様子が理解できます。
- 地形:わずかながら段丘地形が認められ、ここに堀と門があったことを想像させます。
- 季節限定の楽しみ方:雨上がりには地面が湿り、僅かな石畳や礎石の輪郭が浮かび上がることも。幻の門を探す宝探し気分が味わえます。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:清水門は「榊門」とも呼ばれ、城の鬼門方向を守る門とされていました。神聖な榊(サカキ)にちなむ別名が残っています。
- 知る人ぞ知る情報:移築先の運善寺山門(清水門)は一宮市千秋町に現存し、1877年の濃尾地震で倒壊後に再建された姿ながら、愛知県内でも屈指の巨大門です。
- 著名人との関係:成瀬家文書によると、江戸幕府三代将軍家光が犬山城入城の際、この清水門から城内に入ったとの記録があると伝わります(定かではありませんが興味深い逸話です)。
有楽苑
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆☆☆
視覚的魅力:☆☆☆
体験的価値:☆☆☆

犬山城の麓に広がる日本庭園、それが茶の湯の聖地とも言える有楽苑です。昭和47年(1972年)に犬山城を望む地に開苑したこの庭園は、織田信長の実弟で茶人として著名な織田有楽斎(うらくさい)ゆかりの茶室「如庵」を有します。有楽斎が京都建仁寺に1618年に建てた茶室・如庵は、昭和初期に国宝指定され、幾多の変遷を経てここ犬山の地に移築復元されました。苔むす庭園の中、小さな茅葺の屋根をいただく三畳台目の茶室はひっそりと佇み、その簡素さの中に侘び寂びの極致を見ることができます。


園内には他にも、重要文化財の「旧正伝院書院」や、古図に基づき復元された「元庵」、さらに有楽苑独自の新築茶室「弘庵」など、複数の茶室建築が点在します。池泉回遊式庭園を巡りながら、四季折々に変化する植栽や借景の山々を楽しめば、城下とは思えぬ静寂と景勝が味わえます。特に紅葉シーズンには庭全体が色彩に包まれ、国宝茶室を彩る様は息を呑む美しさです。


有楽苑では毎月一度、国宝茶室「如庵」の内部特別見学会が催され、狭く薄暗い躙口(にじりぐち)や有楽窓(竹格子を埋め込んだ窓)など、有楽斎のこだわりが詰まった意匠を直に体感できます。また、「弘庵」では予約不要でお抹茶と和菓子をいただける呈茶席が設けられており、庭園を眺めながらゆったりと茶の湯を楽しむこともできます。犬山城観光の締めくくりに、有楽斎の心に触れる贅沢なひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。


| 築造年 | 1972年(昭和47年)開苑 ※茶室如庵:1618年(元和4年)創建 |
|---|---|
| 築造者 | 名古屋鉄道株式会社(庭園整備) ※如庵創建者:織田有楽斎 |
| 構造・特徴 | 池泉回遊式庭園。国宝茶室「如庵」(茅葺平屋建て茶室、三畳台目)など茶室群 |
| 改修・復元歴 | 1972年 如庵・旧正伝院書院移築。1983年 名古屋鉄道犬山ホテル付属庭園として一般公開開始 |
| 現存状況 | 現役(庭園・茶室とも良好に維持) |
| 消滅・損壊 | なし。如庵は移築に伴い昭和期に解体修理済 |
| 文化財指定 | 国宝:茶室 如庵 重要文化財:旧正伝院書院 |
| 備考 | 国宝茶席「三名席」の一つ如庵を常時拝観できる唯一の庭園 |
🗺 住所:犬山市御門先1
🚶 アクセス
前のスポット「犬山城清水門跡」から徒歩4分(約350m)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約30分(庭園と如庵外観)
じっくり観光するなら:約1~1.5時間(呈茶・内部見学含む)
📍 見どころ
- 国宝茶室「如庵」:有楽斎好みの質素な小間茶室。腰壁に古暦を貼った「暦張り」や、竹を埋め込んだ「有楽窓」など見どころ満載です。
- 四季の庭園美:春の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、季節ごとに表情を変える庭園風情は、城下であることを忘れるほどの静寂と美しさを湛えています。
- 季節限定の楽しみ方:秋には紅葉ライトアップが開催され、夜間特別拝観で幻想的に照らし出された茶室と庭園を鑑賞できます。茶会や呈茶席も秋の夜長ならではの趣です。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:有楽苑は元々、犬山ホテル(名鉄犬山ホテル)の敷地内庭園でした。ホテル休館後も庭園部分は残され、現在は犬山市に寄贈されて保存運営されています。
- 知る人ぞ知る情報:国宝茶室「如庵」は京都から東京・名古屋と各地を転々とし、最終的に犬山に落ち着きました。移築前は三井家が所有し東京・日本橋にあったこともあり、茶室としては異例の大移動の歴史を持ちます。
- 著名人との関係:茶室「如庵」の名付け親は有楽斎の孫・織田長好(三斎)と伝えられます。有楽苑では毎年、有楽斎を偲ぶ「有楽忌茶会」が開かれ、全国の茶人が犬山に集い茶の湯を楽しみます。
犬山城移築内田御門
⭐おすすめ度
歴史的価値:☆☆☆
視覚的魅力:☆☆
体験的価値:☆

犬山城の裏手、木曽川沿いの寺院「瑞泉寺」に、知る人ぞ知る犬山城ゆかりの門があります。それが犬山城の搦手門だったとされる内田御門です。江戸時代、城の北東に位置し裏口を固めたこの門は、明治の廃城令で破却を免れ、1876年(明治9年)に瑞泉寺へ山門として移築されました。
一見すると質朴な薬医門ですが、太い梁や控柱などに武骨な城門らしさが漂い、どっしりとした風格があります。

伝承では、この内田門は元々美濃国の金山城(兼山城)の大手門だったものを犬山城に移設して使われていたとされます。すなわち二重の意味で「移築門」であり、城郭史的にも貴重な存在です。門をくぐり裏側に回ると、鏡柱を支える控柱の逞しさや簡素ながら堅実な意匠がよく分かります。古い木材には幾多の雨風に耐えてきた痕跡が刻まれ、その一部は改修時に新しい材で補われていますが、大部分は当時のまま。間近で見ると、かすかに城の匂いが感じられるようです。
現在、この瑞泉寺山門(旧内田御門)は地元有志の手で大切に保存され、境内も自由に見学することができます。犬山城天守から歩いて10分ほどの距離にあり、天守とセットで巡ることをおすすめします。普段は静かな寺門ですが、春には境内の桜が咲き誇り、古門との取り合わせが見事です。歴史ファンでなくとも、130年以上前に城から旅をしてきた門に出会えば、長い時の流れとロマンを感じられることでしょう。
| 築造年 | 不明(伝・天文年間頃) |
|---|---|
| 築造者 | 不明(伝・金山城主 森氏?) |
| 構造・特徴 | 切妻造桟瓦葺一間薬医門。左右袖塀付、柱太く簡素ながら剛健な造り |
| 改修・復元歴 | 1876年 瑞泉寺に移築。1893年 濃尾地震被災後に修復。平成5年 再修理 |
| 現存状況 | 現存(瑞泉寺山門として公開) |
| 消滅・損壊 | なし(移築先で補修済) |
| 文化財指定 | 犬山市指定文化財(瑞泉寺山門) |
| 備考 | 旧犬山城内田門(搦手門)。元は美濃金山城大手門との伝承 |
🗺 住所:犬山市犬山瑞泉寺4(瑞泉寺)
🚶 アクセス
前のスポット「有楽苑」から徒歩12分(約0.8km)
⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分(門前見学)
じっくり観光するなら:約15分(門の裏表観察、写真撮影)
📍 見どころ
- 門の歴史銘板:瑞泉寺山門には「犬山城内田門移築」と記された案内板が設置され、門の来歴を知ることができます。
- 犬山城遠望:門前から見上げると、背後の山上に犬山城天守が小さく顔を出します。移築前の門と城が再会したような風景です。
- 季節限定の楽しみ方:春、瑞泉寺境内の桜が満開になると、古色蒼然たる門と薄紅の花のコントラストが楽しめます。歴史ある門が華やかな装いに包まれる瞬間です。
📌 トリビア
- 意外な歴史的背景:内田門の名は近くの地名「内田」に由来しますが、城の裏手に位置し搦手門として機能していました。籠城戦では城主や女性子供たちがこの門から密かに脱出できるよう考えられていたといいます。
- 知る人ぞ知る情報:移築先の瑞泉寺は尾張四観音の一つ「犬山寂光院」の旧末寺で、尾張徳川家とも縁が深い寺院です。そうした背景もあり、犬山城の重要な門が払い下げられたとも考えられています。
- 著名人との関係:昭和初期、犬山城を訪れたドイツ人建築家ブルーノ・タウトは瑞泉寺の内田門も見学し、日本の城門建築の実物が寺社に残っていることに感嘆したと伝えられています。
現存する犬山城 移設建物
犬山城の建物は明治時代に売却されたそうで、点々と残っており紹介します。
興味がある方はそちらも確認ください。
矢来門:専修院山門
黒門:徳林寺山門
松の丸門:浄蓮寺山門
松の丸裏門:常満寺山門
内田門:瑞泉寺山門
榊門:運善寺山門
宗門櫓:森家土蔵 (見学不可)



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