
木曽川に突き出す岩山「城山」——ここが鵜沼城跡(うぬまじょうあと)とされる場所です。城山は立入禁止のため、遺構を”登って見る”タイプの城跡ではありません。
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、犬山城攻めに向かう前段の場面で登場したように、見どころは「川を挟んで犬山城方面と対峙する地形そのもの」。犬山橋付近・木曽川対岸・伊木山(キューピーの鼻展望台)など、眺めやすい地点から楽しむのが定番です。
この記事のポイント
・立入禁止の前提で、どこから見るのが一番わかりやすいか(犬山橋/対岸/伊木山)
・犬山城方面との”にらみ合い”が伝わる見方と、写真が撮りやすい場所
・雨の日/夕方(逆光・日没)にハマりやすい注意点
・犬山城・城下町散策と組み合わせた回り方(短時間〜半日)
アクセスのコツ:城山は立入禁止なので、地図アプリでの目的地は、「登り口探し」ではなく「眺望地点(犬山橋/対岸/伊木山)」とするのがポイントです。
- 城主:大沢次郎左衛門と伝わる
- 木曽川北岸の岩山(城山)を利用した天然の要害
- 永享年間の築城説あり(※要確認)
- 信長の美濃攻略で伊木山に砦が築かれる
- 鵜沼城主が降伏したとする説あり
- 小牧・長久手の戦いで秀吉が鵜沼に布陣
- 『太閤記』に秀吉調略の逸話(軍記物、史実評価は要注意)
- 昭和初期:実業家が別荘を建設
- 戦後:進駐軍クラブを経て旅館「城山荘」として営業
- 平成14年(2002):建物を解体撤去
- 現在:立入禁止・城山緑地として整備計画中
城山麓コース(約20分)
対岸・展望台コース(約40分〜半日)
鵜沼城跡(うぬまじょうあと)
木曽川に爪を立てる断崖の岩山——川を挟んで犬山城と対峙した戦国の要害
木曽川の流れに爪を立てるように突き出した岩山——それが、鵜沼城があった「城山」です。断崖に守られたこの天然の要害は、尾張の犬山城と川を挟んで向かい合い、国境の緊張感を今も景色の中に残しています。城主は大沢氏(大沢次郎左衛門など)と伝わります。永禄8年(1565年)前後の情勢として、信長の美濃攻略に関連して伊木山に砦(伊木山城)が築かれた旨が『信長公記』に見える——と紹介されることがあり、これに伴い鵜沼城側が降伏したとする説明もあります(※記事内に該当箇所の出典を示せると確実です)。また江戸期の軍記『太閤記』には、秀吉が鵜沼城主を調略し、処断命令から守ろうとして人質になったという逸話も描かれますが、軍記物は物語性が強いため史実として扱う際は注意が必要です。真偽の評価は史料に左右されるものの、岩山を見上げると、裏切りと説得が交錯した戦国の息遣いが想像されます。
- 木曽川の対岸から城山ビュー:木曽川にせり出す岩山が圧巻。対岸の犬山城と”にらみ合う”位置関係が一目でわかります。
- 伊木山「キューピーの鼻」展望台:少し引いた高さから、木曽川・犬山城・鵜沼城跡の並びを俯瞰できます。
- 季節限定の楽しみ方:秋は色づきで岩肌とのコントラストが出やすく、春は散策しやすい時期です。

短時間:約10分 / じっくり:約40分〜
🗺 住所:岐阜県各務原市鵜沼南町7-23
🚶 アクセス:鵜沼城跡(城山)は立入禁止のため、駅から”城山に入る”のではなく、眺望ポイントを目的地にするのがコツです。
【鵜沼城のふもと】名鉄「新鵜沼駅」出口1から徒歩約3分 / 名鉄「名古屋駅」から約40分 / 名鉄「岐阜駅」から約40分




🚶 木曽川の対岸から見学する場合:名鉄「犬山遊園駅」出口から徒歩約2分 / 名鉄「名古屋駅」から約40分 / 名鉄「岐阜駅」から約50分

城山は戦国の城跡として知られますが、近代には”木曽川を望む高台”としても注目された場所でした。昭和初期に実業家が別荘を建てたのち、建物は犬山の彩雲閣別館として転用された時期があったとされます。戦後は進駐軍のクラブとして使われ、その後『城山荘』という旅館が営業し、木曽川を望む風光明媚な宿として繁昌したという説明があります。ところが火災や老朽化などを経て、平成14年(2002年)に解体撤去されたとされています。
また、市の都市計画関連資料では、城山を「城山緑地」として整備する予定地として用地取得が行われた旨が記されており、城山一帯を公園・緑地として活用していく構想が示されています。現在は立入禁止のため、見学は犬山橋付近や対岸、伊木山の展望地点から眺めて楽しむ形になります。




| 築造年 | 室町時代ごろ(永享年間とする説があります) |
|---|---|
| 城主 | 大沢次郎左衛門であったとされます |
| 構造・特徴 | 木曽川北岸の岩山(城山)を利用した要害。四方が断崖に近い地形。 |
| 改修・復元歴 | 城郭としての改修・復元:不明 / 昭和初期に別荘建設、戦後は旅館「城山荘」として利用、平成14年(2002年)に解体撤去。 |
| 現存状況 | 城跡内部は立入禁止。外観(岩山)を周辺の眺望地点から望む形で見学。 |
| 消滅・損壊 | 城郭遺構の詳細は不明(現地立入不可のため確認困難) |
| 文化財指定 | 不明(指定なしとする情報もある) |
| おすすめ観賞地点 | 犬山橋周辺、木曽川対岸(犬山遊園駅方面)、伊木山「キューピーの鼻」展望台 |
| 目に見えるもの | 発掘・記録でわかったこと |
|---|---|
| 木曽川に突き出す断崖状の岩山(城山) | 遺構の詳細は立入禁止のため確認困難(※要確認) |
| 対岸の犬山城と向かい合う地形・位置関係 | 『信長公記』に伊木山砦築城の記事あり(城主降伏との関連は諸説あり) |
| 中腹に残る構造物(旅館の名残の可能性) | 昭和〜平成期の旅館「城山荘」の痕跡と推測されるが詳細不明(※要確認) |
『信長公記』(伊木山砦関連記事)、江戸期軍記『太閤記』(秀吉調略の逸話)、各務原市都市計画関連資料(城山緑地整備計画)。なお軍記物の逸話は史実評価に注意が必要。
- 永禄8年(1565年)、信長の美濃侵攻で伊木山に砦が築かれ、鵜沼城主は「守り切れない」と判断して降伏したとされます。
- 江戸期の『太閤記』では、豊臣秀吉が鵜沼城主・大沢次郎左衛門を調略し、処断から守ろうとした逸話が語られます(史料評価は要注意)。
- 小牧・長久手の戦い(1584年)に関連して、秀吉が鵜沼に布陣し犬山への渡し場を重視したという説明があります。
- 昭和初期に実業家が別荘を建て、のちに旅館「城山荘」として木曽川を望む名所となりましたが、平成14年(2002年)に解体撤去されました。
FAQ
新鵜沼駅周辺から城山(鵜沼城跡の岩山)方向の目印はつかみやすいです。出口1から徒歩約3分で城山のふもとに到達できます。ただし城山は立入禁止のため、「城山を眺める地点」を目的地とするのがコツです。
城山に入れないため、見学は外側からとなります。犬山橋付近で眺めるだけなら約10分、木曽川河畔の遊歩道を散策すると約40分が目安です。伊木山の展望地点まで含めるなら半日プランが組みやすいです。
眺望中心の見学スポットなので、雨でも行くこと自体はできます。ただし木曽川沿いは足元が滑りやすく感じる日があり、視界が悪いと鵜沼城跡が見えにくくなる場合があります。
鵜沼城跡(城山)自体は立入禁止で、授与所のある神社仏閣とは性格が異なります。御朱印目的の場合は、周辺の寺社とセットで回る計画にすると立ち寄りやすくなります。
城山は立入禁止のため、遺構を近距離で確認する見学はできません。楽しみ方は「木曽川に突き出す岩山の地形」と「対岸の犬山城と向かい合う位置関係」を眺望で理解する形になります。
城山に登れないため、犬山橋付近や木曽川沿いの平坦な散策で組み立てられます。伊木山の展望地点まで含める場合は、体力や天候に合わせて無理のない範囲で計画すると安心です。
木曽川の対岸(犬山遊園駅方面)が最も撮りやすいです。俯瞰で位置関係を理解したい場合は、伊木山(キューピーの鼻展望台)から木曽川・犬山城・城山の並びを見ると一度で全体像がつかめます。
近くのスポット:犬山城(国宝)へ(徒歩圏内)
犬山城とセットで回ると、鵜沼城跡(城山)の”対岸から見上げる視点”と、犬山城の”城から見下ろす視点”がつながって、木曽川沿いの要衝だったことが体感しやすくなります。犬山城の見どころ・アクセス・所要時間は、こちらの記事でまとめています。
犬山橋から徒歩約18分(1.2km)
おまけ
犬山橋から犬山城がきれいに見えます。

関連ページ
豊臣兄弟! 聖地巡礼まとめページ
織田信長の関連スポットを紹介しています。
本記事の情報は訪問時点(2026年3月)のものです。城山(鵜沼城跡)は立入禁止のため、現地での遺構確認はできません。歴史的事実の一部は複数の説があり、軍記物(『太閤記』等)の逸話については史料評価に注意が必要です。公式情報・最新の立入可否は各務原市の公式サイト等でご確認ください。



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