小谷城跡の麓〜主郭前衛エリアを歩き順で解説します。小谷城戦国歴史資料館・戦国ガイドステーションから出丸・金吾丸・番所・御茶屋・御馬屋・馬洗場・桜馬場まで9か所を写真つきで紹介します。基本情報・アクセス・コース案内はこちら。

小谷城戦国歴史資料館
登城前の予習拠点。浅井氏三代と城の構造を頭に入れる。
登城前に立ち寄って正解でした。展示は『浅井氏三代』と『小谷城』が中心で、出土遺物や絵図、復元イラストがそろっています。ここで曲輪の位置関係を頭に入れておくと、大広間・本丸・京極丸がどこにあるかを山で迷わず把握できます。館内は写真・映像撮影ができません。
入ってまず目に入るのが浅井氏の年表です。久政・長政と二代にわたる流れが整理されており、元亀争乱の経緯もパネルで丁寧に解説されていました。展示のなかで特に引き込まれたのが長政直筆の書状です。また、落城後に羽柴秀吉が百姓に宛てた判物や、羽柴秀勝の書状も展示されており、城が落ちたあとの土地と人の行方まで追えます。
- 浅井氏三代の展示:年表と元亀争乱の解説で、久政・長政の時代の流れが整理されています。長政の書状など一次資料も見られます。
- 落城後の展示が充実:秀吉・秀勝の書状で、戦後の小谷の地がどう扱われたかまで追えます。
- 小谷城の構造展示:絵図や復元イラストがあり、山へ入る前後で城の構成が頭に入りやすくなります。
- 季節限定の楽しみ方:春や秋は資料館見学のあとに小谷山を歩く流れが組みやすい時期です。

短時間:約10分 / じっくり:約40分
🗺 住所:滋賀県長浜市小谷郡上町139
🚶 アクセス:最寄り駅「河毛駅」から徒歩約30分(2.1km)。車なら小谷城スマートIC方面から向かいやすく、資料館前に駐車場があります。
| 開館時間 | 9:00〜17:00(入館受付16:30まで) |
|---|---|
| 休館日 | 毎週火曜日・年末年始(展示替え・警報時は臨時休館あり) |
| 料金 | 高校生以上350円、小中学生150円 |
| 撮影 | 館内写真・映像撮影不可 |
| 駐車場 | 資料館前に駐車場あり |
| 文化財指定 | ―(小谷城跡関連施設) |
- 山城の遺構だけでなく、城内の生活や攻防戦の具体的なようすまで追えるため、登城前の予習にも使えます。
- 館内は写真・映像撮影が不可で、展示に集中して見学する形式です。
戦国ガイドステーション(浅井三代の里)
大兜モニュメントが目印。登城口の情報確認はここで。
小谷城跡の麓にある案内拠点です。大兜モニュメントが目印で、登城前にルートや当日の状況を確認したいときに使いやすい場所です。観光シーズンはシャトルバス利用の起点になることもあります。所在地は長浜市湖北町伊部757-1。JR河毛駅から徒歩約30分、小谷城スマートICから車で約3分、駐車場は乗用車20台です。
- 大兜モニュメント:登城口の目印としてわかりやすく、写真を撮りやすい場所です。
- 登城前の情報整理:曲輪の順番や見学ルートをここで確認しておくと、山上の遺構を順に追いやすくなります。
- 季節限定の楽しみ方:春と秋の登城シーズンはシャトルバス情報とあわせて活用しやすくなります。

短時間:約10分 / じっくり:約15分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部757-1
🚶 アクセス:JR河毛駅から徒歩約30分。車なら小谷城スマートICから近く、駐車場があります。
| 開館 | イベント時のみ(公式HP要確認) |
|---|---|
| 駐車場 | 乗用車20台 |
| アクセス | 小谷城スマートICから車で約3分 |
| 別称 | 浅井三代の里 |
- 現在は「戦国ガイドステーション」として案内されていますが、市の計画資料では既存施設「浅井三代の里」として位置づけられています。
- 公式観光情報では常時開館の展示施設ではなく、イベント時のみ開館と案内されています。
出丸
主郭尾根の最先端。城下への見張りと独立砦の役割を担った前衛。
出丸は、小谷城主郭尾根の最先端に置かれた独立砦です。上下二段の曲輪と土塁、空堀で構成され、城下と街道、清水谷の居館群への動きを見張る最前線にあたります。
- 二段構えの曲輪:上段と下段に分かれた構成がはっきり残り、独立砦としての役割を地形で読み取れます。
- 尾根先端の防御線:城下や登城路を見渡せる位置にあり、小谷城の守りがどこから始まっていたかがわかります。
- 季節限定の楽しみ方:春は山裾の桜と新緑、秋は紅葉の時期に山城らしい起伏が見やすくなります。





短時間:約10分 / じっくり:約20分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部(小谷城跡・出丸跡)
🚶 アクセス:戦国ガイドステーション側から車道を上ると右手に入口が現れます。
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 主郭尾根最先端の独立砦。上下2段の曲輪、土塁、空堀で構成される。 |
| 改修・復元歴 | 出丸単独の改修・復元歴は不明。 |
| 現存状況 | 曲輪・土塁・空堀が現存する。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の小谷城落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国指定史跡「小谷城跡」の構成遺構 |
| 備考 | 出丸の北から金吾丸跡、番所跡を経て本丸跡へ続く追手道がある。 |
- 出丸は単純な見張り台ではなく、本丸尾根の郭群と清水谷の居館群を守る独立砦と考えられています。
- 江戸時代中期の小谷城絵図には、出丸の北から金吾丸・番所・本丸へ向かう「追手道」が描かれています。
金吾丸
朝倉金吾教景の名を刻む曲輪。尾根先端を押さえる防御拠点。
金吾丸は、小谷城主郭部の南西尾根に張り出す曲輪です。名の由来は、大永5年(1525)に六角氏が小谷城を攻めた際、朝倉金吾教景がここに陣を置いたという伝承にあります。尾根の先端を押さえる地形の使い方に、戦国山城らしい防御の発想が読み取れます。
- 尾根先端の立地:主郭の手前で尾根を押さえる位置にあり、山城の防御線がここから始まっていたことがわかります。
- 金吾丸の由来:朝倉金吾教景の陣所という伝承が、そのまま曲輪名として残っています。
- 季節限定の楽しみ方:新緑の時期は尾根筋の起伏が見やすく、秋は落葉で地形の輪郭を追いやすくなります。




短時間:約5分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(金吾丸付近)
🚶 アクセス:出丸からさらに進むと駐車場があり、そこから奥に進むと案内地図が現れます。
| 築造年 | 不明(大永5年〔1525〕には存在) |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 番所の南西尾根ピークに置かれた曲輪。尾根先端を押さえる防御拠点。 |
| 改修・復元歴 | 金吾丸単独の改修時期は不明。 |
| 現存状況 | 曲輪地形が残る。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 朝倉金吾教景の名を伝える、小谷城でも古い軍事記憶を残す地点。 |
- 金吾丸の名前は浅井氏ではなく、援軍として関わった朝倉方の武将名にちなみます。
- 本丸を急ぐと通り過ぎがちですが、ここを見ると小谷城が尾根ごとに段階的に守られていた構造がよくわかります。
番所
追手道と虎ヶ谷道の合流点。主郭部への入口にして最初の防衛線。
番所は、追手道と虎ヶ谷道が合流する位置にある、小谷城主郭部の入口です。平時は登城者を確認する場所として機能し、戦時には最初の防衛線になります。小谷城が単なる居館でなく実戦を想定した山城だったことは、こうした造りを見るとよくわかります。
- 主郭部の入口:ここから上に主要曲輪が連続し、小谷城の本格的な防御構造が始まります。
- 弓状の土塁:谷筋を押さえる土塁の曲線が、番所の軍事的な役割をよく示しています。
- 季節限定の楽しみ方:冬枯れの時期は土塁や曲輪の輪郭が見やすく、地形観察に向いています。



短時間:約3分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(番所付近)
🚶 アクセス:前のスポット「金吾丸」から道なりに徒歩2分程度
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 登山道と虎ヶ谷道の終点に置かれた重要郭。西側に弓状の土塁、登城道側に礫を盛った土塁がある。 |
| 改修・復元歴 | 昭和45年の環境整備事業時に銅製五輪塔が出土。 |
| 現存状況 | 曲輪・土塁が現存。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 現在の林道終点付近にあたり、ここから上が主郭部の連続地帯となる。 |
- 検問所のような役目だけでなく、籠城戦では最前面の警備拠点として機能したと考えられます。
- 昭和45年の整備事業で、高さ2cmの銅製五輪塔が出土しています。
御茶屋
名は穏やかだが実態は主郭最前面の軍事区画。中央に土塁、奥に庭石。
御茶屋は、番所のすぐ上にある一段の曲輪です。名前から休憩や接客の場を想像しがちですが、実際には主郭最前面を支える軍事性の高い区画です。中央の低い土塁と奥の庭石が、この場所が軍事と格式の両方を兼ねていたことを示しています。
- 低い土塁:広い一段の曲輪をゆるく二分する土塁が、単純な広場ではないことを示しています。
- 庭石の痕跡:軍事施設の顔つきが強い一方で、奥に庭園的な要素も残るのがこの場所の面白さです。
- 季節限定の楽しみ方:初夏は木漏れ日が入りやすく、秋は林床が明るくなって曲輪の広さをつかみやすくなります。




短時間:約3分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(御茶屋付近)
🚶 アクセス:前のスポット「番所」から徒歩約2分
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 番所のすぐ上にある一段の曲輪。中央を二分する低い土塁があり、奥には庭石が据えられる。 |
| 現存状況 | 曲輪・土塁・庭石状遺構が残る。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 現地の道標では番所から160m、本丸まで240mの位置関係が示される。 |
- 「御茶屋」という穏やかな名称ですが、実際には主郭最前面に置かれた軍事拠点です。
- 現地案内では番所から160m、本丸まで240mという距離表示があり、主郭部での位置関係をつかむのに役立ちます。
御馬屋
三方を高土塁で囲む本丸前衛。北西平野部への見通しが開く。
御馬屋は、御茶屋の上に置かれた、三方を高い土塁で囲む曲輪です。本丸前面を守る区画で、籠城戦では兵・馬・物資の動きを支える前衛に近い位置にあたります。
- 三方の高土塁:周囲より一段しっかりした造りで、本丸前面の防御を担ったことが実感できます。
- 二つの虎口:北西・北東のコーナーに出入口を置くことで、山城らしい動線の工夫が見られます。
- 季節限定の楽しみ方:晴れた冬場は視界が開けやすく、北西平野の見通しがよくなります。



短時間:約5分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(御馬屋付近)
🚶 アクセス:前のスポット「御茶屋」から徒歩約3分
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 三方を高さ約2mの高い土塁で囲む曲輪。北西・北東のコーナーに虎口を持つ。 |
| 現存状況 | 曲輪・高土塁・虎口が残る。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 土塁上部から北西平野部の見通しが良い。 |
- 「御馬屋」の名が残る一方で、遺構としては防御性の高い曲輪で、単純な厩ではなかったとみられます。
- 御馬屋の近くには馬洗池跡があり、水の確保と防御を考えた一帯として見ると理解しやすくなります。
馬洗場(馬洗池跡)
岩盤を掘った石積みの貯水池。山城の命綱・水の確保を担った施設。
馬洗場は、現地では馬洗池跡として知られる石積みの貯水池です。御馬屋の北東虎口に面して造られており、山城での水の確保という実務的な役割を担っていました。籠城をしのぐには、こうした水場の存在が不可欠でした。
- 石積みの池跡:山中にこれだけ整った貯水施設があることで、小谷城の備えの厚さがわかります。
- 中央の仕切り:池の内部に石垣の仕切りがあるため、単純な水たまりではないことが見て取れます。
- 季節限定の楽しみ方:雨の多い時期は水面が残りやすく、池としての形がわかりやすくなります。



短時間:約3分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(馬洗場付近)
🚶 アクセス:前のスポット「御馬屋」から徒歩約3分
| 築造年 | 不明 |
|---|---|
| 築造者 | 不明 |
| 構造・特徴 | 御馬屋の北東虎口に面する堀状の貯水池。南北9m、東西6.6mで、四方は小礫の石積み、中央東寄りに石垣の仕切りがある。 |
| 現存状況 | 池跡・石積みが残る。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 現地名称は「馬洗池跡」。馬のためだけでなく、城内用水の役割も考えられている。 |
- 名称は「馬洗場」ですが、実際には籠城時の生活用水・防御用水の性格も考えられています。
- 規模は南北9m、東西6.6mで、山城の池としてはかなり具体的に測定・記録されています。
桜馬場
大広間前面の二段曲輪。湖北平野と琵琶湖を見渡す眺望地点。
桜馬場は、御馬屋の上方、大広間の前面に控える二段の曲輪です。西側の曲輪では礎石が確認されており、主郭部に近い格式と機能をもつ区画でした。先端からは湖北平野と琵琶湖が見渡せます。供養塔が立つ静かな一角で、眺めが良い分、ここで立ち止まる人が多いのも納得です。
- 二段の曲輪構成:手前と奥で高さを変える造りが、主郭部に近づく城の密度を感じさせます。
- 湖北平野の眺望:小谷城内でも景色が開ける場所で、城が押さえた地理条件を実感しやすいです。
- 季節限定の楽しみ方:春は名前どおり桜の印象が映え、秋は紅葉越しに湖北の広がりが見えます。



短時間:約3分 / じっくり:約10分
🗺 住所:滋賀県長浜市湖北町伊部 小谷城跡(桜馬場付近)
🚶 アクセス:前のスポット「馬洗場」から徒歩約5分
| 築造年 | 不明(戦国時代前期には成立) |
|---|---|
| 築造者 | 不明(浅井氏が整備) |
| 構造・特徴 | 東西二段に区切られた曲輪。西側で建物礎石が確認され、先端部から平野と琵琶湖の眺望が良い。 |
| 現存状況 | 二段の曲輪、礎石痕跡、供養塔が残る。 |
| 消滅・損壊 | 天正元年(1573)の落城後に廃城。 |
| 文化財指定 | 国史跡「小谷城跡」の構成遺構。 |
| 備考 | 浅井氏と家臣の供養塔が建ち、小谷城内でも眺望の良い地点として知られる。 |
- 風流な地名ですが、西側の曲輪からは建物礎石が確認されており、主郭前面の重要区画でした。
- 浅井氏と家臣の供養塔があり、景色を楽しむだけでなく、落城後の追悼の場としても意識されています。
次のエリア(黒金門・本丸・山王丸)は主郭〜山王丸ガイドページをご覧ください。360°パノラマ写真は前編・後編で公開しています。
※ 本記事の情報は現地調査・長浜市保存管理計画等の資料をもとに作成しています。開館日・料金は変更になる場合があります。山上には売店・トイレがありません。滑りにくい靴・雨具・飲料水を準備のうえお出かけください。
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