虎御前山ハイキングの南側エリアを歩き順で解説します。登山口の矢合神社から尾根を北上し、多賀貞能陣所・矢合神社・蜂屋頼隆陣地跡・展望台・丹羽長秀陣地跡・滝川一益陣地跡の6か所を360°パノラマ写真つきで紹介します。
実際に踏破した経験をもとに、蜂屋頼隆陣地跡への分岐など迷いやすいポイントを写真で案内しています。各スポットの詳細データ・所要時間・見どころも掲載しています。基本情報・アクセス・コース案内は虎御前山城跡 完全ガイドをご覧ください。



スポット紹介
伝 多賀貞能(たがさだよし)陣所
包囲線南端を担った、山入り口の守り
虎御前山南端の八相山にある伝承地で、小谷城を包囲した織田軍の前線拠点の南端に位置づけられます。元亀3年(1572)に築かれた虎御前山城の曲輪群の一つとされ、現在の矢合神社境内一帯と重なると説明されることがあります。大きく目立つ遺構は多くありませんが、古墳の地形を生かした要害的な立地から、虎御前山の入口側を意識しやすい場所です。
- 八相山の南端曲輪:包囲線の南端を受け持った構えを現地でたどれます。
- 矢合神社境内一帯:戦国の陣所と地域の信仰空間が重なる独特の景観が残ります。
- 季節の楽しみ:春の桜、秋の紅葉を山歩きとあわせて楽しめます。


パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約5分 / じっくり:約15分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町
🚶 アクセス:JR北陸本線「虎姫」駅から徒歩約15分(約1.2km)
| 築造年 | 元亀3年(1572) |
|---|---|
| 築造者 | 織田信長 |
| 構造・特徴 | 虎御前山最南端の八相山に位置する曲輪で、矢合神社の境内一帯にあたる |
| 改修・復元歴 | 情報なし |
| 現存状況 | 虎御前山城跡の一部として現存 |
| 消滅・損壊 | 境内整備によりかなり削平されている |
| 文化財指定 | 虎御前山として長浜市指定史跡 |
| 備考 | 矢合神社に向かって進み、右手側に入った場所にある |
- 意外な歴史的背景:虎御前山では古墳の地形を利用して多くの砦が築かれました。
- 知る人ぞ知る情報:現地では矢合神社境内一帯が多賀貞能陣所とされています。
- 著名人との関係:虎御前山城では羽柴藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が城番を務めました。
矢合神社
戦国の兵火を越えて残る、山の玄関口に立つ社
虎御前山の登山口に立つ神社で、山へ入る導入部であると同時に、地域の信仰を今に伝える場でもあります。主祭神は葦那陀迦神とされ、水利に恵まれにくかった土地で水を願って祀られてきたと伝わります。元亀・天正年間の兵火を経て、現在の社殿は天明2年(1782)に再建されたとされています。
- 虎御前山の登り口に立つ社地:信仰の場と戦国史跡の導入部が重なる独特の雰囲気があります。
- 社名に残る弓矢の記憶:弓矢の神事と八相山の名が重なり、現在の社名になったと伝わります。
- 季節の楽しみ:春は周辺が桜の見どころになります。




パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約10分 / じっくり:約20分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町1427
🚶 アクセス:JR北陸本線「虎姫」駅から徒歩約15分
| 築造年 | 情報なし |
|---|---|
| 築造者 | 情報なし |
| 構造・特徴 | 虎御前山の登山口に位置する神社で、主祭神は葦那陀迦神 |
| 改修・復元歴 | 天明2年(1782)に現社殿を再建 |
| 現存状況 | 現社殿が現存 |
| 消滅・損壊 | 元亀・天正年間に信長の兵火に遭った |
| 文化財指定 | 情報なし |
| 備考 | 境内を通って虎御前山へ登る |
- 意外な歴史的背景:小谷城攻めの前線基地となった虎御前山の玄関口にあります。
- 知る人ぞ知る情報:主祭神の葦那陀迦神は水に関わる神です。
- 著名人との関係:虎御前山城では羽柴藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が城番を務めました。
伝 蜂屋頼隆(はちやよりたか)陣地跡
前方後円墳を砦に転用した、尾根最初の遺構
矢合神社社殿の裏手から北へ尾根をたどった先にある伝承地で、元亀3年(1572)に築かれた虎御前山城の曲輪群の一角とされます。蜂屋頼隆の陣所と伝わり、前方後円墳を取り込んだ地形や、小土塁を伴う虎口が見どころです。付近の北山古墳からは銅鏡・短甲・剣などが出土しており、古代から重要視された丘陵地形だったことがわかります。
- 前方後円墳を取り込んだ曲輪:古墳の地形をそのまま戦国の陣地に生かした構えです。
- 虎口と一文字状土塁:前線拠点らしい防御構造を観察できます。
- 季節の楽しみ:春は登山道沿いで桜を楽しめます。


⚠ 矢合神社からの迷いポイント:この分岐は実際に迷いやすいため、事前に写真で確認してください。


パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約10分 / じっくり:約20分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町
🚶 アクセス:「矢合神社」から徒歩約5分(上記の分岐写真を参照)
| 築造年 | 元亀3年(1572) |
|---|---|
| 築造者 | 織田信長 |
| 構造・特徴 | 北尾根続きの曲輪で、前方後円墳1基と小土塁を備えた虎口が残る |
| 改修・復元歴 | 情報なし |
| 現存状況 | 虎御前山遺跡の一部として現存 |
| 消滅・損壊 | 情報なし |
| 文化財指定 | 虎御前山遺跡として長浜市指定史跡 |
| 備考 | 北山古墳付近が蜂屋頼隆陣地跡と伝わる |
- 意外な歴史的背景:付近の北山古墳からは銅鏡・短甲・剣などが出土しています。
- 知る人ぞ知る情報:多賀貞能陣地跡から矢合神社を経て進む順路で紹介されることがあります。
- 著名人との関係:虎御前山城全体では羽柴藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が城番を務めました。
虎御前山 展望台
伊吹山と湖北平野が広がる、陣地巡りの中継地
蜂屋頼隆陣地跡と丹羽長秀陣地跡の間にある展望台で、史跡そのものというより、陣地跡めぐりの途中に景色と位置関係をつかむための立ち寄り地点です。伊吹山方面や湖北の田園風景を見渡しながら、これから進む尾根の起伏を確認できます。晴れた日には小谷城方面の山容も視認でき、信長が対岸に前線基地を構えた意図が地形から実感できる場所です。
- 湖北平野を望む眺め:山歩きの途中で景色が一気に開ける地点です。
- 陣地跡散策の中継点:前後の陣地跡の位置関係をつかみやすい場所です。
- 季節の楽しみ:春は桜、秋は紅葉が散策に彩りを添えます。


パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約5分 / じっくり:約15分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町
🚶 アクセス:「伝 蜂屋頼隆陣地跡」から徒歩で尾根を北へ約10分
| 築造年 | 情報なし(展望台として整備) |
|---|---|
| 構造・特徴 | 虎御前山のハイキングコース上にある展望台で、伊吹山方面や湖北平野を見渡しやすい |
| 現存状況 | 展望台として現存 |
| 文化財指定 | 情報なし |
| 備考 | 蜂屋頼隆陣地跡の先から丹羽長秀陣地跡へ向かう途中にある |
- 意外な歴史的背景:晴れた日には小谷城のある山容が対岸に見え、信長の戦略眼を地形から実感できます。
- 知る人ぞ知る情報:地図サービスでは独立した「虎御前山 展望台」として掲載されています。
- 著名人との関係:木下秀吉・柴田勝家・丹羽長秀らの陣地跡に近い場所です。
伝 丹羽長秀(にわながひで)陣地跡
削平されてもなお残る、広大な台地の前線感
虎御前山の尾根上に広がる台地状の伝承地で、丹羽長秀の陣所とされます。かつてキャンプ用の小屋建設により旧状は大きく失われていますが、広い平坦地から前線基地の一角だったことを想像しやすい地点です。遺構そのものよりも、尾根全体に包囲網が敷かれていた配置関係を意識しながら歩くと、この場所の意味が見えてきます。
- 長方形に近い台地:改変後も広い平坦地の存在が前線基地の規模を感じさせます。
- 諸将の陣所が続く尾根道:尾根全体で包囲網が構成されていたことがわかります。
- 季節の楽しみ:春は桜が尾根道を彩ります。


パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約5分 / じっくり:約15分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町
🚶 アクセス:「展望台」から徒歩で尾根を北へ約5分
| 築造年 | 元亀3年(1572) |
|---|---|
| 築造者 | 織田信長 |
| 構造・特徴 | 長方形に近い台地状の曲輪で、後世の整備により地形は大きく削平されている |
| 改修・復元歴 | 情報なし |
| 現存状況 | 伝承地として現存するが旧状は大きく失われている |
| 消滅・損壊 | キャンプ用の小屋建設により完全に削平された |
| 文化財指定 | 長浜市指定史跡「虎御前山」の一部 |
| 備考 | 原形よりも尾根上の配置関係を意識して歩くと価値が見えてきます |
- 意外な歴史的背景:虎御前山城の本格的な築城は元亀3年7月27日に始まり、同年8月9日に完成したと伝わります。
- 知る人ぞ知る情報:遺構よりも尾根上の配置関係を意識して歩くと価値が見えてきます。
- 著名人との関係:虎御前山城全体では羽柴藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が城番を務めました。
伝 滝川一益(たきがわかずます)陣地跡
鉄塔と円墳が同居する、改変の語る歴史
大きく削平された曲輪で、滝川一益の陣所と伝わる場所です。現在は鉄塔が立つ一方、円墳らしいマウンドが3基残り、古墳地形を利用した虎御前山らしい特徴を感じられます。遺構の保存状態は芳しくありませんが、削平や後世の改変の痕跡そのものが、この場所の変遷を物語っています。ここを過ぎると次は北側エリアの入口となる堀秀政陣地跡へとつながります。
- 円墳らしいマウンド3基:削平地の中に残る高まりが印象的です。
- 改変された前線跡:保存状況そのものが現地の変遷を物語ります。
- 季節の楽しみ:秋は紅葉が尾根道を彩ります。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください
短時間:約5分 / じっくり:約15分
🗺 住所:〒529-0103 滋賀県長浜市中野町
🚶 アクセス:「伝 丹羽長秀陣地跡」から徒歩で尾根を北へ約5分
| 築造年 | 元亀3年(1572) |
|---|---|
| 築造者 | 織田信長 |
| 構造・特徴 | 大きく削平された曲輪で、鉄塔と円墳状マウンド3基が残る |
| 改修・復元歴 | 情報なし |
| 現存状況 | 伝承地として現存するが地形は大きく削平されている |
| 消滅・損壊 | 大きく削平され、現地に鉄塔が建つ |
| 文化財指定 | 長浜市指定史跡「虎御前山」の一部 |
| 備考 | ここから北へ進むと北側エリア(堀秀政陣地跡〜展望所)へ続く |
- 意外な歴史的背景:虎御前山では古墳がつくられた尾根地形を利用して砦群が築かれました。
- 知る人ぞ知る情報:遺構の保存状態よりも、円墳状マウンドが残る点に虎御前山らしさがあります。
- 著名人との関係:虎御前山城全体では織田信長の本陣と羽柴藤吉郎(のちの豊臣秀吉)の城番が置かれました。
南側ルートを歩いてみて
南側エリアで特に印象的だったのは、矢合神社から蜂屋頼隆陣地跡への分岐です。案内板倒れていたり、実際に迷いかけた場所でもあります。このページで掲載している分岐写真を事前に確認しておくことを強くおすすめします。
蜂屋頼隆陣地跡は、虎御前山のなかでも前方後円墳の地形をそのまま活用した砦という点で、他にはない独特の空間でした。小土塁と虎口の構造も比較的わかりやすく、「土の城」の構造を体感できる南側随一のスポットだと感じました。
展望台からは湖北の田園風景が広がり、見晴らしが良いです。信長がなぜここに陣を張ったかが、景色から直感的に理解できる瞬間でした。丹羽長秀・滝川一益の両陣地跡は遺構の消滅が進んでいますが、尾根上の配置関係として巡ることで当時の様子を想像できます。
よくある質問(FAQ)
はい、可能です。矢合神社(登山口)から折り返すショートコース(往復1〜1.5時間)が利用できます。南側6か所を巡って同じルートで下山できます。JR虎姫駅から矢合神社まで徒歩約15分です。
矢合神社自体に専用駐車場はありませんが、近くの虎御前山公園駐車場(無料・10台以上)が利用できます。矢合神社(登山口)まで徒歩すぐです。
矢合神社から蜂屋頼隆陣地跡へ向かう際、社殿裏の分岐で迷いやすいポイントがあります。このページでは実際に歩いた写真つきで分岐の案内を掲載していますので、事前に確認してから出発することをおすすめします。
次のエリア(信長・秀吉・柴田の中枢北側ルート)はこちらのガイドページをご覧ください。基本情報・アクセス・コース案内は虎御前山城跡 完全ガイドへ。
※ 掲載情報は現地調査・公開資料をもとにしていますが、遺構の保存状況や伝承地の比定には諸説あります。見学の際は長浜市教育委員会発行の資料や現地案内板もあわせてご参照ください。所要時間・アクセスは目安です。山道のため、天候・体力に応じた準備をお願いします。
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