大河「豊臣兄弟!」の舞台・郡山城「秀長と郡山のあゆみ」展|特別公開の東多聞櫓で出会う300点の資料

2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長。その秀長が拠点とした大和郡山城跡で、展覧会「秀長と郡山のあゆみ」が開催されています。会場は、普段は内部に入ることができない東多聞櫓。弥生時代から近世までの考古資料300点超が並ぶ、見ごたえのある展示です。この記事では、実際に訪問して感じた見どころや、アクセス・入館料などの実用情報をまとめてご紹介します。
この記事でわかること ・展覧会「秀長と郡山のあゆみ」の入館料・会期・開館時間 ・近鉄郡山駅・JR郡山駅・車でのアクセスと駐車場情報 ・城跡内での東多聞櫓への行き方 ・5章構成の展示の見どころ(写真付き) ・大河ドラマ館とセットで回るコツ

展覧会「秀長と郡山のあゆみ」基本情報

会期 令和8年(2026年)1月22日〜令和9年(2027年)1月31日
開館時間 午前10時〜午後5時(最終受付 午後4時半)
入館料 一般 300円
会場 東多聞櫓(史跡郡山城跡内)
※アクセス・駐車場など詳細は記事末尾の「開催情報まとめ」をご覧ください

※休館日の最新情報は大和郡山市公式ページをご確認ください

アクセス——電車・車での行き方

【電車】
近鉄郡山駅から徒歩約10分(近鉄橿原線)
JR郡山駅から徒歩約20分(JR関西本線・大和路線)
※大阪難波駅から近鉄で約37分(大和西大寺乗換)、京都駅から近鉄特急で約37分(大和西大寺乗換)

【車】
・西名阪自動車道「郡山IC」から約6.5km(約14分)
・梅林門前に無料駐車場あり(台数少なめ)
・郡山城情報館駐車場(無料)も利用可
・満車の場合は三の丸駐車場(有料)、やまと郡山城ホール駐車場(2時間無料、以降500円・170台)が便利です

近鉄郡山駅からは、駅を出て北へまっすぐ歩くと10分ほどで城跡に着きます。車の場合は、梅林門前の無料駐車場が便利ですが台数が限られるため、週末は早めの到着がおすすめです。

【大河ドラマ館から】
・大河ドラマ館が開催されている「DMG MORIやまと郡山城ホール」からは、見えるのですがぐるっと大回りして、駅に戻り踏切を渡り行く必要があり徒歩約10分です。


東多聞櫓への行き方——城跡内の道順

大和郡山城の中へ追手門から入ると、東多聞櫓は少し奥まった場所にあります。ただ、道に迷うほどではありません。城跡内のあちこちに、青い空と石垣をあしらった「秀長と郡山のあゆみ」の案内板が立っているので、それをたどっていけば自然と到着します。追手門から入って城跡会館を過ぎ、右手奥へ進んだ先にあります。

城跡内に点在する案内板。赤い矢印に従って進めば迷いません

東多聞櫓は、史跡郡山城跡内に再建された櫓建築で、展覧会の会期中に限りギャラリーとして公開されています。入口には大きな看板が出ているので、すぐにわかります。

東多聞櫓入口の展覧会看板
東多聞櫓の入口。青い看板が目印です

展示の見どころ① 序章「大和大納言」秀長——鬼瓦と肖像画

展示は5章構成になっています。まず序章では、大河ドラマの主人公でもある豊臣秀長その人にスポットが当たります。

入口を入ってすぐ目に飛び込んでくるのは、春岳院の本堂で使われていた鬼瓦です。ラベルには「大棟の鬼瓦(東)」とあります。鬼の表情は迫力があるのに、どこかユーモラスでもあり、屋根の上で長い年月を過ごしてきた時間の厚みが伝わってきます。

春岳院本堂大棟の鬼瓦
春岳院本堂大棟の鬼瓦(東)。間近で見ると予想以上の迫力です

続いて、秀長の肖像画が2点(いずれも複製)展示されています。よく知られた肖像に加え、初めて見るものもありました。大河ドラマで描かれる秀長像とはまた違った、歴史のなかの秀長の姿に出会えます。尾張で生まれ、兄・秀吉とともに各地を転戦し、やがて大和郡山に入って、この地で没するまで。一人の人間としての秀長の略歴が丁寧に紹介されています。

このほか、春岳院に伝わる御朱印箱や長文の日記に関する説明、秀長の墓所・春岳院や大納言塚の紹介もあります。郡山の人々が秀長をどのように敬い、記憶してきたのかを知ることができるコーナーです。


展示の見どころ② 第1章・第2章——弥生から戦国まで、秀長以前の郡山

この展覧会の懐が深いのは、秀長の展示だけで終わらないところです。第1章「郡山の黎明」と第2章「郡山城前夜」では、弥生時代から室町・戦国時代までの郡山の歩みが、出土品とあわせて紹介されています。

弥生時代・古墳時代の土器は、欠けた縁や素朴な形をしています。城や武将の話よりはるか以前から、この土地に人が暮らしていたことが伝わってきます。

弥生・古墳時代の土器
弥生時代・古墳時代の土器。郡山周辺の遺跡から出土したもの

展示品目録によると、田中垣内遺跡の弥生土器、開古墳の形象埴輪、下ツ道東側溝の和同開珎、平城京南方遺跡の蹄脚円面硯や銅製鈴、西市推定地から出土した漆壷・硯・石帯未成品など、展示品は多岐にわたります。300点超という展示数にも納得できる充実ぶりです。

第2章「郡山城前夜」では、平安から室町、そして戦国時代へ。筒井城の堀から出土した土師器や輸入磁器の大皿、鉄砲玉、銅製茶佂蓋なども展示されており、筒井氏と松永久秀の攻防にまで話が及びます。秀長が入る前の郡山には、すでに激しい歴史が積み重なっていたことがわかります。


展示の見どころ③ 第3章〜第5章——秀長が築いた郡山城と城下町

天正13年(1585年)9月3日、羽柴秀長は兄・秀吉とともに5,000人の将兵を従えて郡山城に入りました。大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも描かれるであろうこの場面は、郡山の歴史にとって大きな転換点です。以降、郡山城は豊臣政権の畿内統治の拠点として大規模に整備され、秀長が築いた城と城下町の基盤は、豊臣家の滅亡後も引き継がれて今日の大和郡山市の土台となりました。

第3章「秀長と郡山城」では、郡山城の構造が紹介されています。どこに曲輪があり、どう防御が組まれ、どのように城下町と結びついていたのか。展示を見てから城跡を歩くと、石垣や地形の意味がよくわかります。

第4章「郡山城の石垣」では、天守台石垣に転用された石仏・石塔・石臼なども紹介されています。城の建設に際して周辺から集められた石材のなかに仏像や墓石が混じっているという事実は、当時の城づくりの規模と切迫感を物語っています。

第5章「近世郡山の隆盛」では、城下町の出土品が並びます。陶磁器の破片、刀装具の鍔や切羽、ガラス製品、木製の刷毛、鞴の羽口まで。武将の足跡だけでなく、その時代にこの町で暮らした人々の日常が見えてくる展示です。

三ノ丸の埋設土器
本丸造成土の土器

訪問のコツ——大河ドラマ館とセットで楽しむのがおすすめ

この展覧会は、大河ドラマ館と合わせて訪れるのがおすすめです。ドラマ館で秀長という人物への関心が高まったあとに、城跡の東多聞櫓でその秀長と郡山の歩みをたどると、ドラマで得た知識が実感に変わっていきます。ドラマ館だけで帰ってしまうのはもったいないので、ぜひ足を延ばしてみてください。

訪問前に知っておくと便利なこと
・館内は撮影自由。気になった展示品を写真に残せます
・中学生以下は無料です
・所要時間の目安は30分〜1時間程度
・展示品は前期・後期で一部入れ替えがあります(目録に☆★で表記)
・城跡内は舗装されていない箇所もあるため、歩きやすい靴がおすすめです

春岳院でたまたま耳にした情報がきっかけで立ち寄った東多聞櫓でしたが、結果としてこの日いちばんの発見になりました。ふと耳に入った情報に背中を押されて歩いてみた先で、その土地の歴史が思いがけず深く開いてくる。大和郡山は、そういう出会いがある町です。

よくある質問(FAQ)

Q. 東多聞櫓はいつまで公開されていますか? A. 展覧会「秀長と郡山のあゆみ」の会期中(令和9年1月31日まで)に限り公開されています。会期終了後の公開予定は未定です。

Q. 大河ドラマ館と同じ場所ですか? A. 別の場所です。大河ドラマ館は「DMG MORIやまと郡山城ホール」、展覧会は城跡内の東多聞櫓で開催されています。ドラマ館から東多聞櫓へは徒歩約10分です。

Q. 展示品の写真撮影はできますか? A. はい、館内は撮影自由です。

Q. 所要時間はどのくらいですか? A. 20分〜40分が目安です。展示をじっくり読みながら回ると1時間程度かかります。

Q. 前期・後期で展示内容は変わりますか? A. 一部の展示品が入れ替わります。展示品目録に☆(前期)★(後期)で表記されています。

展覧会「秀長と郡山のあゆみ」開催情報まとめ

展覧会名 秀長と郡山のあゆみ
会期 令和8年(2026年)1月22日〜令和9年(2027年)1月31日
開館時間 午前10時〜午後5時(最終受付 午後4時半)
休館日 原則無休(年末年始・大河ドラマ館休館日は休館)
入館料 一般 300円(中学生以下無料)
会場 東多聞櫓(史跡郡山城跡内)
奈良県大和郡山市城内町253-2
アクセス 近鉄郡山駅から徒歩約10分/JR郡山駅から徒歩約15分
車:西名阪自動車道 郡山ICから約14分
駐車場 梅林門前駐車場(無料・台数少)
郡山城情報館駐車場(無料)
やまと郡山城ホール駐車場(2時間無料・170台)
公式ページ 大和郡山市公式サイト

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