崇禅寺 ~細川ガラシャのお墓~

🏛 概要
大阪市東淀川区の崇禅寺は、天平年間(729〜749年)に行基によって創建され、その後法相宗・曹洞宗と宗派を変えつつも奈良時代から現代に続く歴史を紡いできた寺院です
1441年の嘉吉の乱で足利義教将軍が赤松満祐に殺害され、その首が崇禅寺に「放置された」という伝承により、細川持賢の庇護を受けて粛々と中興され、義教と細川家の菩提寺となりました。
その縁から1600年、細川ガラシャ(明智光秀の娘・細川玉)の遺骨が伝道師により堺から崇禅寺へ改葬され、本堂裏に並んで葬られることとなりました。
そのため、ドラマ『Shogun』のマリコ様のモデルでもあるガラシャゆかりの地として、歴史と信仰、女性武将の悲劇への共感を深く呼び起こすスポットとして今も多くの人々を惹きつけています。

🗺 住所:
大阪府大阪市東淀川区東中島5丁目27-44

🚶 アクセス
最寄り駅:JR・大阪メトロ「新大阪」駅から徒歩約10分 、阪急京都本線「崇禅寺」駅から徒歩約5分

⏳ 見学の目安
短時間:約20〜30分
じっくり:約1時間

📍 見どころ

🔹 足利義教の首塚と細川ガラシャの墓碑:本堂裏手の墓所に、義教将軍の首を弔う首塚とともに、ガラシャの遺骨が祀られた墓塔が並びます。義教の首塚は播磨にも存在し真偽論争もありますが、崇禅寺に残る史料により歴史的重みを感じられます。
🔹 寺院の伽藍と再興史:中興開山・徳叟亨隣を迎えて伽藍が整えられ、細川持賢&勝元らの寄進で中島地域に影響力を持つ寺域が形作られました。
🔹 広大な寺領と文化遺産:かつて寺領を拡大し続けた崇禅寺は、奈良・江戸期の遺跡情報も豊富で、茶席庭園や戦没者碑なども点在します。
🔹 季節の風情:境内には桜や茶の木の植栽があり、新大阪エリアの喧騒から離れる穏やかさと季節の彩りを併せ持つ空間です。

📌 トリビア

  • なぜお墓がここに?:ガラシャの遺骨は、細川屋敷が焼失した際に宣教師により堺の教会墓地へ埋葬され、のちに細川家菩提寺であった崇禅寺へ改葬されたとされています。
  • 義教首塚の謎:首塚の真偽には疑義がありますが、寺伝と市の歴史的証拠により首を弔う拠点として認識されています。
  • 細川ガラシャの最後の辞世:「散りぬべき時知りてこそ…」という辞世が、彼女の信仰と気高さを今に伝えます

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