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名古屋城 西北隅櫓(清洲櫓)― 現存三重櫓で全国2番目の大きさ

名古屋城 西北隅櫓。御深井丸北西隅に建つ、江戸時代から現存する三重三階の櫓(清洲櫓)
名古屋城 御深井丸エリア#2

名古屋城 西北隅櫓(清洲櫓)― 現存三重櫓で全国2番目の大きさ

名古屋城には、全国屈指の規模を誇る「西北隅櫓(清洲櫓)」や、鋭利な突起で敵の侵入を阻む「剣塀」、狭く湾曲した通路で防御性を高めた「鵜の首」など、実戦的かつ美的な防御構造が現存しています。築城の名手たちが仕掛けた知恵と技術を、実際の遺構を通して深く味わえるスポットをご案内します。

エリア御深井丸北西部
竣工1619年(元和5年)頃
指定国宝指定(1930年)→現・重要文化財
見学目安3スポットで計9〜40分
この記事は現地取材にもとづいて作成しています(複数回訪問・最終訪問:2026年6月)。

御深井丸北西部の3スポット

西北隅櫓から剣塀までは徒歩約4分、剣塀から鵜の首までは徒歩約1分と、いずれも徒歩圏内に集まっています。各スポットの詳細(見どころ・所要時間・アクセス・トリビア)はカード内の「詳細を開く」ボタンから確認できます。

西北隅櫓

名古屋城 西北隅櫓。御深井丸北西隅に建つ、江戸時代から現存する三重三階の櫓(清洲櫓)

名古屋城の西北隅櫓(せいほくすみやぐら)は、御深井丸(おふけまる)の北西隅に位置し、1619年(元和5年)頃に建造されたと考えられています。この櫓は外観三重、内部三階の構造で、大きさは東西約13.9メートル、南北約16.9メートル、高さ約16.2メートルを誇ります。江戸時代から現存する三重櫓の中では、全国で2番目の大きさを持ち、その規模は一部の天守を凌ぐほどです。

また、西北隅櫓は「清洲櫓(きよすやぐら)」とも呼ばれています。これは、1611年(慶長16年)に清洲城の天守または小天守を移築したものと伝えられているためです。解体修理の際には、移築や転用の痕跡も見つかっており、実際に清洲城から移築された可能性が指摘されています。

この櫓は、1930年(昭和5年)に国宝に指定され、現在は重要文化財として保存されています。

見どころ
  • 外観の特徴:入母屋造(いりもやづくり)の屋根に、平瓦と丸瓦を組み合わせた本瓦葺きが施されています。北面と西面には敵を攻撃するための石落としが設けられ、各面には千鳥破風(ちどりはふ)が配置されています。
  • 周辺の散策:御深井丸内には、明治時代に建てられた乃木倉庫や、清洲城ゆかりの猿面茶席が復元されており、歴史的な雰囲気を楽しむことができます。
  • 季節限定の楽しみ方:春には周囲の桜が美しく咲き誇り、櫓とのコントラストが見事です。

見学の目安:短時間での見どころ 約3分/じっくり観光するなら 約15分

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城内

アクセス:茶席から徒歩約3分(約200m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:西北隅櫓は、清洲城の天守を移築したものと伝えられ、そのため「清洲櫓」とも呼ばれています。
  • 知る人ぞ知る情報:江戸時代から現存する三重櫓の中では、全国で2番目の大きさを誇り、その規模は一部の天守を凌ぐほどです。
  • 著名人との関係:名古屋城は徳川家康の命により築城され、西北隅櫓もその一部として建造されました。

剣塀(けんべい)

名古屋城 剣塀。本丸御殿南西部の石垣上に現存する、鋭利な三角形の装飾を持つ防御用の塀

剣塀(けんべい)は、名古屋城の防御施設の一部として設けられていた特殊な構造の塀で、敵の侵入や突破を防ぐための武装的な塀として知られています。塀の上部に鋭利な三角形の装飾(「剣」)が施されており、登攀(とうはん)や乗り越えを物理的に困難にする目的で設計されていました。名古屋城では、本丸御殿南西部の石垣上などに現存し、当時の城郭防御思想を視覚的に感じることができる貴重な遺構です。

見どころ
  • 剣塀の構造:三角形の突起(鋸歯状)の形をした上部が特徴で、防御性と威圧感を兼ね備えた実戦的な意匠。近くで見るとその鋭さと形状の工夫がよく分かります。
  • 石垣との一体構造:本丸御殿の石垣と一体になって設置されており、名古屋城ならではの堅牢な防衛設計を象徴しています。
  • 季節限定の楽しみ方:春の桜や秋の紅葉と剣塀の対比が独特の美を見せ、歴史建築の背景として写真映えもします。

見学の目安:短時間での見どころ 約3分/建築的視点でじっくり観察するなら 約10分

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城本丸南西部(石垣上)

アクセス:西北隅櫓から徒歩約4分(約270m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:剣塀は、実際の戦闘を想定して作られた防御構造でありながら、権威を誇示する装飾的な役割も果たしていたと考えられています。
  • 知る人ぞ知る情報:名古屋城以外の城郭では現存例が極めて少なく、現地で実物を間近に見られる数少ない場所のひとつです。
  • 著名人との関係:この塀の整備は、徳川家康による築城命令に基づく名古屋城の建築計画の中で設計されており、尾張徳川家の威信と防衛思想の結晶といえます。

鵜の首

名古屋城 鵜の首。堀を城内深くまで細長く入り込ませ、通路を狭めた防御構造

名古屋城の鵜の首(うのくび)は、堀の一部を城内深くまで細長く入り込ませ、通路を狭めた構造を指します。この設計は、敵の侵入を防ぎ、防御を強化するための工夫として知られています。築城当初、名古屋城には5つの鵜の首が存在しましたが、明治時代に正門近くの1つが埋められ、現在は4つが残っています。

鵜の首の狭隘な通路は、敵兵の侵入を困難にし、防御側が優位に立てるよう設計されています。また、堀の形状を巧みに利用することで、攻撃側の動きを制限し、効果的な防御を可能にしています。

見どころ
  • 防御構造の巧妙さ:鵜の首の狭く曲がりくねった通路は、敵の侵入を防ぐための工夫が随所に見られます。
  • 石垣の技術:堀の形状に合わせて築かれた石垣は、当時の高度な築城技術を物語っています。
  • 季節限定の楽しみ方:春には周囲の桜が美しく咲き、歴史的な構造物と自然の調和を楽しむことができます。

見学の目安:短時間での見どころ 約3分/じっくり観光するなら 約15分

住所:愛知県名古屋市中区本丸1-1 名古屋城 鵜の首

アクセス:剣塀から徒歩約1分(約20m)

豆知識
  • 意外な歴史的背景:埋められた鵜の首は、明治時代に馬車の通行を容易にするために埋め立てられました。
  • 知る人ぞ知る情報:名古屋城の鵜の首は、他の城郭ではあまり見られない独特の防御構造であり、築城当時の戦略的工夫が凝縮されています。
  • 著名人との関係:名古屋城は徳川家康の命により築城され、その際にこのような高度な防御構造が採用されました。
このサイトは実地取材で制作しています。記事が参考になった方は、サポートいただけると励みになります
現地を歩いた判断:時間がないならどう回るか

複数回の現地訪問(最終:2026年6月)にもとづく、筆者個人の優先順位です。名古屋城公式の推奨順ではありません。

最優先
西北隅櫓

このエリアに足を延ばす理由は、ほぼこの一点に集約されます。1619年頃の建造で、江戸時代から現存する三重櫓としては全国で2番目の大きさ(高さ約16.2m)。一部の天守を凌ぐ規模です。清須城の天守または小天守を転用したとの伝承もあり、「清洲櫓」とも呼ばれます。本丸の東南・西南隅櫓とは離れているので、地図で位置を確認してから向かってください。

できれば
剣塀

塀の上部に槍の穂先を並べ、乗り越えを物理的に困難にした防御施設です。本丸御殿南西部の石垣上などに現存しており、当時の防御思想が視覚的に分かります。本丸エリア#3の不明門とセットで見ると理解が深まります。

後回し可
鵜の首

堀の一部を城内深くまで細長く入り込ませ、通路を狭めた構造です。構造を知らずに歩くと、まず気づきません。築城当初は5か所ありましたが、明治時代に正門近くの1つが埋められ、現在は4つが残っています。縄張りに関心があれば探す価値があります。

名古屋城 全体マップ

アクセス・開館時間・入場料(名古屋城 共通)

開館時間9:00〜16:30(本丸御殿への入場は16:00まで)
休館日12月29日〜1月1日
入場料大人 500円(2026年9月30日まで)/1,000円(2026年10月1日から)
中学生以下は無料(改定後も据え置き)
※2026年8月23日時点で確認。名古屋市議会で条例改正が可決済みです。改定日より前に購入した観覧券は、改定後もそのまま使用できます。
最寄り駅地下鉄名城線「名古屋城」駅から徒歩約5分

最新の開館状況・料金は名古屋城公式サイトで事前にご確認ください。

よくある質問

西北隅櫓は1619年(元和5年)頃、御深井丸の北西隅に建造されたと考えられています。外観三重・内部三階の構造で、東西約13.9メートル、南北約16.9メートル、高さ約16.2メートル。江戸時代から現存する三重櫓の中では全国で2番目の大きさを誇り、1930年に国宝に指定され、現在は重要文化財として保存されています。また、清洲城の天守または小天守を移築したものと伝えられ、「清洲櫓」とも呼ばれています。

剣塀は、名古屋城本丸御殿南西部の石垣上に現存する特殊な塀で、上部に鋭利な三角形の装飾(剣)が施され、敵の登攀や乗り越えを物理的に防ぐために設計されました。名古屋城以外では現存例が極めて少なく、実物を間近に見られる貴重なスポットです。

鵜の首は、堀の一部を城内深くまで細長く入り込ませて通路を狭め、敵の侵入を防ぐ防御構造です。築城当初は5つありましたが、明治時代に正門近くの1つが埋められ、現在は4つが残っています。

開館時間は9:00〜16:30(本丸御殿への入場は16:00まで)、休館日は12月29日〜1月1日です。入場料は大人500円ですが、2026年10月から1,000円に改定される予定です。最寄り駅は地下鉄名城線「名古屋城」駅で、徒歩約5分です。

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