大河「豊臣兄弟!」の舞台へ|小牧山城の完全ガイド

2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」――清須を起点に進む物語は、やがて尾張北部の要衝“小牧山城”へと舞台を移します。織田信長が築いたこの城は、彼の死後、1584年の「小牧・長久手の戦い」において、羽柴(豊臣)秀吉と徳川家康が直接対峙した最大級の戦場となりました。秀吉が天下統一へ踏み出す過程で、家康と真っ向から向き合った重要局面――小牧山は、その最前線だったのです。

まずは麓の「れきしるこまき」で、発掘によって明らかになった信長期の石垣や城下町、そして小牧・長久手の戦いの最新研究を押さえましょう。続いて、家康が山全体を巨大な陣城へと変えた復元土塁・空堀・虎口を歩けば、**秀吉軍を迎え撃つために築かれた“実戦の要塞”**であったことが体感できます。

なお、山頂に立つ天守風の建物は当時のものではなく、昭和期に建てられた模擬天守(資料館)です。小牧山城は本来「天守を持たない城」で、土塁・堀・石垣・地形そのものが主役。見どころは山全体に広がるため、歴史背景まで理解しながら巡るなら最低でも60~90分、大河ドラマの舞台を意識して写真や展示も楽しむなら2時間以上を見込むのがおすすめです。

「豊臣兄弟!」で描かれるであろう、秀吉と家康が火花を散らした時代――その空気は、今も小牧山に色濃く残っています。

アクセス

名古屋駅から名鉄 小牧駅まで約45分

スポット紹介

れきしるこまき(小牧山城史跡情報館)

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆☆

小牧山の麓に広がる静かな公園に、現代的な平屋建ての施設があります。これが「れきしるこまき」、小牧山城史跡情報館です。2019年4月、発掘調査で明らかになった織田信長築城当時の石垣や城下町、小牧・長久手の戦いなどの最新情報を伝えるガイダンス施設としてオープンしました。館内では、小牧山城のかつての姿を復元した模型や迫力ある映像が展示され、訪れた人々は戦国のドラマに引き込まれていきます。信長が1563年にこの小牧山に城を築き、4年後に去った後も、1584年の小牧・長久手の戦いで家康が再び山を要塞化した歴史――そんな数奇な運命をたどった城の物語が、この館の中で鮮やかに蘇るのです。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

れきしるこまきの正面

築造年 2019年(平成31年)
築造者 小牧市(整備事業として建設)
構造・特徴 鉄骨造平屋建て(延床約1,000㎡)の展示館
改修・復元歴 常設展示は織田信長築城の石垣や戦いの資料を紹介。令和4年度に展示内容拡充
現存状況 現役の史跡情報館として開館中
消滅・損壊 なし(築造後まだ新しい)
文化財指定 (施設自体は指定外。立地は国指定史跡「小牧山」内)
備考 名称は「歴史を知る小牧」から。小牧山城の御城印もここで購入可能

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目
🚶 アクセス
最寄り駅:名鉄小牧線「小牧駅」から徒歩20分(約1.5km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約15分
じっくり観光するなら:約45分(展示の映像視聴含む)

📍 見どころ

  • 小牧山城全体模型:当時の小牧山城の大型模型があり、一目で城の構造が理解できます。
  • 発掘出土の石垣:近年発掘された安土城にも似た石垣の実物を展示。当時の築城技術の高さに驚かされます。
  • 季節限定の楽しみ方:夏休み期間には子供向けの歴史ワークショップや、冬には城跡散策ツアーが企画されることもあります。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:織田信長の築城から廃城までわずか4年という短命の城でしたが、20年後に徳川家康がこの遺構を徹底活用して陣城化した経緯があります。
  • 知る人ぞ知る情報:館名「れきしるこまき」は「歴史知る小牧」に由来しますが、「れきしるこ」という響きがお汁粉を連想させ、地元では密かに親しまれるネーミングです。
  • 著名人との関係:2023年放映の大河ドラマ「どうする家康」では、小牧山城のエピソードも注目され、当館で関連展示が行われました。

桜の馬場

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆☆
 体験的価値:☆

小牧山の南側中腹にある「桜の馬場」は、現在は四季折々の自然が楽しめる広場として整備されています。名前が示す通り、春には400本近いソメイヨシノやヤマザクラが咲き誇り、小牧山さくらまつりの中心会場として大いに賑わいます。しかし、こののどかな場所にも戦国の記憶が潜んでいます。信長が築いた城の一部であり、かつては武者たちが駆け抜けた腰曲輪の一角でした。1584年、家康が山全体を土塁と空堀で囲んだ際にはこの広場付近にも防御線が引かれ、馬を馳せる「馬場」も一転して最前線の陣地となったのです。現在は子供たちが遊び、花見客が憩う平和な空間ですが、土の下にはそんな激動の歴史が静かに眠っています。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

桜の馬場の正面

築造年 1563年頃(永禄6年)※小牧山城築城時に造成
築造者 織田信長
構造・特徴 南中腹の平坦地(腰曲輪の一部)
改修・復元歴 戦国期後半に徳川家康が防衛のため利用・強化。現在は公園広場として整備
現存状況 曲輪地形が広場として残存
消滅・損壊 なし(地形は残るが構造物は当時のものなし)
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 名称は昭和期以降の呼称。遊具やベンチが設置され、市民の憩いの場に

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(小牧山南麓公園内)
🚶 アクセス
前のスポット「れきしるこまき」から徒歩3分(約0.3km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分(桜の季節以外は通過ポイント)
じっくり観光するなら:約20分(桜まつり期間は屋台巡り含む)

📍 見どころ

  • 桜並木:春には広場周辺に桜のトンネルができ、城と花のコントラストが楽しめます。
  • 信長公銅像:広場の一角には織田信長の胸像が設置され、戦国ロマンを感じさせます。
  • 季節限定の楽しみ方:桜の季節はライトアップされ、夜桜と麓から見上げる城のシルエットが幻想的です。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:この広場部分に関して史料上の名称は残っていませんが、明治期以降に「桜の馬場」と呼ばれるようになりました。実際は城の帯曲輪(横に長い郭)の一つでした。
  • 知る人ぞ知る情報:江戸時代、小牧山は尾張徳川家の禁足地でした。そのため桜の名所として開放されたのは昭和に入ってからとされています。
  • 著名人との関係:昭和天皇が1927年に小牧山を視察した際、この広場付近で休憩したとの記録があります(これが後述の御幸橋口という名の由来にも繋がります)。

復元土塁

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山の麓をぐるりと取り囲むように築かれた「復元土塁」は、戦国の攻防の名残を現代に蘇らせたものです。1584年、羽柴秀吉軍に対抗して徳川家康が築いた二重の土塁と空堀は、当時この山を巨大な要塞に変えました。その一部が明治以降に破壊されたものの、近年の史跡整備事業で可能な限り忠実に再現されています。現在、南麓では高さ約8mに及ぶ土塁が連なり、その内側に深い堀が穿たれた様子を実際に目にできます。土塁の頂に立てば、かつて家康が見渡したであろう戦場の景色を追体験できるでしょう。緑に覆われた静かな土手ですが、その下にはかつて槍や鉄砲の火花が散ったと思うと、ただの土の壁とは思えない迫力と重みを感じるはずです。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

大河ドラマ館の正面

築造年 1584年(天正12年)
築造者 徳川家康
構造・特徴 山麓を囲む二重の土塁・空堀(復元延長約150m以上)
改修・復元歴 2010年代後半~2020年代前半にかけて一部復元整備。元の土塁高さや幅を考証し再現
現存状況 一部が復元され見学可能(その他部分は遺構のみ残存)
消滅・損壊 昭和期に一部破壊(市役所建設等)。復元により外観は回復
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 復元土塁上には散策路、展望デッキが整備され、往時の守りの堅さを体感できる

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(小牧山史跡公園南麓)
🚶 アクセス
前のスポット「桜の馬場」から徒歩1分(約0.1km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約10分(復元区間の散策)
じっくり観光するなら:約30分(土塁上の展望階段で眺望を楽しむ)

📍 見どころ

  • 二重堀切:土塁と土塁の間に掘られた堀が連続する箇所があり、当時の防御の工夫が見て取れます。
  • 展望デッキ:土塁の上に造られた木製デッキからは、市街地越しに遠く名古屋方面まで望め、防衛線の広がりを実感できます。
  • 季節限定の楽しみ方:夏には土塁斜面に緑が生い茂り、秋には周囲の雑木林が色づいて、土塁の風景に彩りを添えます。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:家康が5日間で築き上げたと伝わるこの土塁は、江戸期には「御勝利御開運の御陣跡」と称され、小牧山全体が保護されていたため、明治になるまで土中に良好な状態で残されていました。
  • 知る人ぞ知る情報:復元された土塁の麓に目を凝らすと、礎石状の大きな石が点在しています。これは最近まで地中に埋もれていた石垣の一部で、日本最古級の石垣墨書(石に記された文字)が確認されたものもあります。
  • 著名人との関係:NHK大河ドラマの時代考証にも協力した城郭考古学者が、この復元土塁の監修に携わりました。現場説明会では彼が自ら案内し、当時の陣地構築の凄みを熱く語ったそうです。

大手道跡

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山城の正面入り口にあたる登城路が「大手道跡」です。信長が築城した際、南麓から一直線に伸びる幅5mほどの道が設けられ、その両脇には石垣と排水溝まで備えられていました。これは後の安土城で見られる壮大な大手道に通じる先駆的な試みで、小牧山城が近世城郭への転換点であったことを物語っています。現代の大手道は当時の遺構の上に遊歩道として整備され、緩やかな坂と途中の石段が山頂へと導きます。両側にはうっそうと茂る森が続き、木漏れ日の中を進めば、戦国武将たちが駆け上ったであろう当時を想像して胸が高鳴るでしょう。足元に敷かれた落ち葉の絨毯を踏みしめるとき、歴史の階段を一歩ずつ登っているかのような不思議な感覚にとらわれます。

築造年 1563年(永禄6年)
築造者 織田信長
構造・特徴 山南麓から主郭へ直登する登城路(石垣造の排水溝付き)
改修・復元歴 1584年に徳川家康が必要に応じて補修。現代は一部石段や柵を設置し遊歩道化
現存状況 ルートは現在も登城道として利用可。地下に永禄期の石積み遺構あり
消滅・損壊 表面の石畳等は喪失(遺構として一部埋蔵)
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の構成要素
備考 登り口付近に案内板あり。信長期と家康期で経路に若干変化があったと推測される

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(南登城道)
🚶 アクセス
前のスポット「復元土塁」から徒歩7分(約0.5km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約10分(登城路の雰囲気を味わう)
じっくり観光するなら:約25分(道中の案内板を読みつつ往復)

📍 見どころ

  • 石垣の切通し:道沿いに岩盤を削った切通しがあり、当時の工事痕跡を間近に観察できます。
  • 信長の排水溝跡:現在は埋め戻されていますが、案内板で当時の排水溝構造を確認でき、安土城にも通じる先進性を実感できます。
  • 季節限定の楽しみ方:秋には木々が紅葉し、石段に落ち葉が積もる様子は風情満点。しっとりとした山道散策が楽しめます。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:永禄期の大手道は幅約5m、道の中心に排水溝を通し、両側に石垣を巡らせた堂々たるものでした。これは「魅せる城」としての先駆的な構造であり、後年の安土城大手道に先行する画期的な試みでした。
  • 知る人ぞ知る情報:現在の大手道の地下からは、石敷きの段や瓦片などが見つかっています。これらは信長期の街道の痕跡と考えられ、発掘のたびに新発見が報告されています。
  • 著名人との関係:明治天皇が各地を巡幸した際、小牧山にも登りました。記録によれば、この大手道を登り歴史館の位置まで進んだと伝えられています。

小牧山稲荷神社

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆☆
 体験的価値:☆

大手道を少し外れ、木立の中に進むと真紅の幟がひらめく「小牧山稲荷神社」に辿り着きます。この神社には江戸時代から語り継がれる狐の吉五郎伝説が息づいており、人々は長らく「吉五郎稲荷」と呼んできました。伝説によれば、吉五郎という大狐がこの山に棲み、さまざまな怪異を起こしたと言います。昭和11年、この狐を祀るために社が創建され、以後、小牧山の守護神として信仰を集めました。参道には赤い幟がずらりと並び、小さな朱塗りの鳥居をくぐると、鬱蒼とした森の中に社殿がひっそりと佇んでいます。戦国の城跡とは直接の関わりは薄いものの、城が廃れ人々が遠ざかった小牧山で、狐の伝承が生まれ守られてきたこと自体、歴史の悠久を感じさせるエピソードです。現在でも地元の人々が初詣や祈願に訪れる穴場的なパワースポットとなっています。

築造年 1936年(昭和11年)
築造者 舟橋家(郷土有志により創建)
構造・特徴 木造社殿(小規模な流造)、朱塗り鳥居と幟旗の参道
改修・復元歴 戦後に社殿改修・境内整備。昭和末期に老朽化した鳥居等を更新
現存状況 良好(神社として現役)
消滅・損壊 なし
文化財指定 指定なし(史跡内の一施設)
備考 祭神:倉稲魂命(吉五郎大明神)。毎年2月初午に小さな祭礼が行われる

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(小牧山東南麓)
🚶 アクセス
前のスポット「大手道跡」から徒歩2分(約0.1km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分
じっくり観光するなら:約15分

📍 見どころ

  • 吉五郎狐の石碑:境内には「老狐吉五郎伝説由来」を記した碑があり、伝説のあらましを知ることができます。
  • 朱塗りの小鳥居:参道途中に小さな鳥居が多数並び、鮮やかな朱色が緑の森に映えてフォトスポットになっています。
  • 季節限定の楽しみ方:新緑や紅葉の季節には参道の雰囲気が格別。初夏には近くでホタルも見られることがあります。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:小牧山稲荷神社は戦国時代当時には存在せず、城の廃絶後に発生した狐伝説に基づいて昭和初期に創建されました。城跡が人々の関心から遠のいた時代にも、こうした伝説が山を護っていたのです。
  • 知る人ぞ知る情報:伝説の吉五郎狐は、美人に化けて村人を惑わすなど様々ないたずらをしたとされ、その物語は昭和6年刊行の小説『伝説老狐小牧山吉五郎』にもまとめられています。
  • 著名人との関係:織田信長や徳川家康と直接の関わりはありませんが、城跡が観光地となった現在では両雄を祀る意味合いも込めて参拝されることがあるとか。

空堀跡

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山の斜面に深々と刻まれた「空堀跡」は、戦国の防御システムの迫力を今に伝える生々しい遺構です。土を掘り抜いて造られた堀は、水を湛えない“空”の堀であるものの、敵兵の侵入を阻むための巨大な障壁でした。山の北西側や東側には、現在も幅・深さともに数メートルに及ぶ堀切状の窪地が残っており、うっそうと茂る木々の下、その底に立つと両壁の高さに圧倒されます。1584年、小牧・長久手の戦いで家康は山の外周すべてに空堀と土塁をめぐらせました。これらの堀は時が経つにつれ埋まりかけ、一見するとただの林間の谷間のように見えるかもしれません。しかし足元の落ち葉を踏みしめ、静寂な空間に身を置けば、かつてここを駆け下りた兵士たちの気配が感じられるような気がするから不思議です。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

空堀跡

築造年 1563年(一部)+1584年(拡張)
築造者 織田信長 / 徳川家康
構造・特徴 山腹・山麓部を断ち切る深い堀切・横堀(幅約6m・深さ約5m以上の箇所も)
改修・復元歴 城廃絶後は埋没進行。近年落葉や土砂の除去で輪郭を整備した箇所あり
現存状況 各所に土坑状の窪みとして残存。林内に入り見学可
消滅・損壊 一部は都市開発で破壊・埋没。残存区画も自然埋没が進行
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 近年の調査で、1584年改修時に幅を倍増させた形跡が確認されている

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(山中各所)
🚶 アクセス
前のスポット「小牧山稲荷神社」から徒歩2分(約0.2km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約3分
じっくり観光するなら:約10分

📍 見どころ

  • 北西の虎口堀切:山北駐車場付近にある大きな堀切は、家康の背後を守った重要ポイント。現在も深い切通し状になっています。
  • 東帯曲輪の横堀:東側の帯曲輪下に広がる長い空堀跡。かつての武家屋敷群を外敵から隔てました。
  • 季節限定の楽しみ方:冬場は落葉のおかげで堀の形状が見やすくなります。逆に夏は草木が生い茂り、緑のトンネルのような雰囲気に。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:信長築城当時、小牧山には大規模な堀はなく、山麓に巡らされた惣構え程度でした。家康が改修して初めて現在見るような深い空堀が造られたのです。
  • 知る人ぞ知る情報:現地では「空堀」と案内されていますが、水を張る堀ではないため、厳密には「堀切(ほっきり)」と呼ぶのが正しい部分も含まれます。城ファン同士ではこの用語も飛び交います。
  • 著名人との関係:昭和初期に小説家・吉川英治が小牧山を訪れた際、林の中の空堀跡に立って「家康公、ここに塹壕を穿つ」と感嘆したという逸話があります。

小牧山歴史館

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆☆
 視覚的魅力:☆☆
 体験的価値:☆☆

小牧山の頂上にそびえる「小牧山歴史館」は、一見すると堂々たる天守閣。しかしこれは昭和42年(1967年)に地元実業家・平松茂翁氏の寄付により建てられた模擬天守です。とはいえ、中はしっかりとした資料館。信長が小牧山で過ごした4年間の足跡や、小牧・長久手の戦いにまつわる展示が充実し、戦国ファン垂涎のスポットです。特に目を引くのは、城郭史の転換点といわれる「石の城・小牧山城」に関するコーナー。発掘で明らかになった三重の石垣の一部や、石垣に墨書された「佐久間」の文字(築城奉行・佐久間信盛の関与を示唆)が紹介されており、小牧山城が築城史上極めて重要な存在だったことを教えてくれます。最上階4階は展望室になっており、標高100mからは濃尾平野が一望。眼下に広がる城下町跡や遠く犬山・岐阜方面の山城を探してみれば、信長・家康の見た景色に思いを馳せることができるでしょう。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

小牧山歴史館の正面

小牧山歴史館の最上階

小牧山歴史館からの外の景色

築造年 1967年(昭和42年)
築造者 平松茂翁氏(名古屋市の実業家、建設後に小牧市へ寄贈)
構造・特徴 鉄筋コンクリート造 模擬天守(三層四階建、高さ19.3m)
改修・復元歴 1980年代・2000年代に展示内容リニューアル。2023年から戦国史中心の展示へ全面改装のため一時休館
現存状況 建物存続(2023年からの全面リニューアルを終え、現在は新展示にて公開中)
消滅・損壊 なし(築後半世紀で老朽化進行中)
文化財指定 指定なし(史跡内建造物)
備考 モデルは聚楽第に移築された「西本願寺飛雲閣」。往時の天守とは異なる意匠

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目1
🚶 アクセス
前のスポット「空堀跡」から徒歩5分(約0.4km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約20分(展望のみの場合)
じっくり観光するなら:約50分(全展示観覧と展望台)

📍 見どころ

  • 戦国ジオラマ:家康VS秀吉の小牧・長久手の戦いをジオラマで再現。ミニチュア武将たちの配置が臨場感満点です。
  • 石垣墨書:発掘で見つかった石垣の石に墨で書かれた文字(「佐久間」)の実物展示があり、築城奉行の存在を感じられます。
  • 季節限定の楽しみ方:元旦には展望室から初日の出を見るイベントが行われる年もあり、標高100mからのご来光は格別です。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:昭和40年代当時、小牧市は隣の犬山市(犬山城)に対抗して「うちも城を持とう」という機運があり、この模擬天守建設につながりました。市議会でも賛否が割れたそうです。
  • 知る人ぞ知る情報:小牧市歴史館の建物は長らく郷土資料館として使われていましたが、近年になって戦国専門の展示に舵を切り、大胆なリニューアル計画が進行中です。
  • 著名人との関係:市制施行50周年記念で訪れた昭和天皇は、この歴史館屋上から小牧市街を眺め、「美しく発展した町ですね」とお言葉を残したと言われています。

虎口跡

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

城郭における「虎口(こぐち)」とは、城内への出入口となる場所で、守る側が工夫を凝らした構造を持つものです。小牧山城にも複数の虎口がありましたが、その遺構の一つが「虎口跡」として残っています。山頂の主郭に至る手前にある屈曲した通路跡は、土塁に囲まれ敵の侵入路が複雑に折れ曲がる「食い違い虎口」の形式を今に伝えています。かつてここには木戸や柵が設けられ、侵入者を左右から攻撃できるよう工夫されていました。現在は土塁に囲まれたカーブのついた園路として整備されており、初めて訪れる人には何気ないカーブでも、城マニアはこの曲線に当時の戦略を見て取ります。立ち止まって周囲の土塁を見上げれば、自分が狭間から狙われる敵兵になった気分に…。何も知らず通り過ぎてしまいがちですが、知れば「なるほど、虎口か!」と膝を打つマニアックなスポットです。

パノラマ写真:画像をなぞって360度の現場の雰囲気を確認ください

虎口跡

築造年 1584年(天正12年)
築造者 徳川家康
構造・特徴 土塁と堀に囲まれ屈折した虎口(桝形・食違い併用型)
改修・復元歴 江戸期に維持管理。現代は形状のみ残存(植栽等で整備)
現存状況 地形・遺構として残存(案内表示あり)
消滅・損壊 門扉など構造物は喪失
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 場所は山北側帯曲輪付近。発掘により土塁の形状や礎石位置が確認されている

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(山中北側)
🚶 アクセス
前のスポット「小牧山歴史館」から徒歩4分(約0.2km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約3分(通過しながら見る程度)
じっくり観光するなら:約10分(土塁の形状を観察しつつ)

📍 見どころ

  • 屈曲土塁:虎口部分の土塁がL字に折れ曲がって残存し、敵兵の視界を遮る構造がよくわかります。
  • 桝形虎口跡:虎口の内側には一段広い平場があり、ここが桝形(方形に区画された空間)だったことが推測できます。
  • 季節限定の楽しみ方:春は土塁脇にツツジが花を付け、土の壁に彩りが添えられます。緑の夏場は一層「虎口の隠密性」が増す雰囲気です。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:家康が築いた小牧山陣城の虎口は、秀吉軍との実戦では攻防戦こそ起こらなかったものの、築かれた当時は最新の陣地構築技術の粋が凝らされていました。
  • 知る人ぞ知る情報:この虎口跡一帯は、昭和初期まで「蛇坂(じゃさか)」と呼ばれていました。曲がりくねった様子からそう呼ばれたとも言われ、城の構造が地名に残った珍しい例です。
  • 著名人との関係:戦国史研究で知られる城郭学者・堀田啓一氏は「小牧山の虎口は、実戦を経ていないがゆえに原形をよく留めている」と評価しており、学会でも度々引用されるスポットです。

搦手口跡

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山城の裏手、北側に位置する出入口が「搦手口(からめてぐち)跡」です。大手口(正面入口)に対して、裏口にあたる搦手口は、戦時には兵の出入りや物資運搬に用いられました。現在、北側駐車場から公園内部へ通じる入口付近に案内板や階段が整備されており、往時の搦手口がおおよそこの辺りであったと示されています。周囲には土塁の一部が残り、わずかながら虎口構造の痕跡も見てとれます。実際には家康が小牧山に陣を構えた際、この搦手側にも厳重な防備を敷いていました。敵に背後を衝かれぬよう、山北にも空堀と土塁、そして屈折する虎口が設けられたのです。普段はひっそりとした裏門跡ですが、歴史に思いを馳せながら足を踏み入れると、まるで徳川軍の密かな出撃路に迷い込んだかのような感覚を味わえます。

築造年 1584年(天正12年)
築造者 徳川家康
構造・特徴 北側出入口(土塁間の通路、木橋架橋跡か)
改修・復元歴 明治期以降に大部分消失。近年階段新設や案内板設置で経路を再整備
現存状況 ルート地形のみ残存(駐車場より進入路として利用)
消滅・損壊 門・橋など構造物は消滅
文化財指定 国指定史跡「小牧山」に包含
備考 現在の「山北橋口」付近と重なる。史跡整備時に土塁断面展示の北側に位置

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(小牧山北駐車場付近)
🚶 アクセス
前のスポット「虎口跡」から徒歩5分(約0.3km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約2分(通り抜ける程度)
じっくり観光するなら:約4分(案内板を読み地形を確認)

📍 見どころ

  • 搦手口案内板:入口に立つ解説板には、小牧山陣城時の図や北側虎口の配置が描かれており、当時の様子をイメージできます。
  • 階段付き坂道:現在、駐車場から山道へ続く階段が設置されており、かつての搦手口の傾斜を実感しながら登れます。
  • 季節限定の楽しみ方:冬には周囲の落葉樹のおかげで見通しがよくなり、搦手口から土塁越しに歴史館の建物が望めます。春は足元に山野草が顔を出し、静かな散策路になります。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:小牧長久手の戦いでは、家康はこの搦手口から兵を極秘に出撃させ、秀吉方の岩崎山砦へ奇襲をかける策を検討したと伝わります(実行はされず)。
  • 知る人ぞ知る情報:昭和初期まで小牧山北側の登り口は私有地で、地元民は「裏口(うらぐち)」と呼んでいました。昭和2年の史跡指定以降、公的に整備されて現在の姿になりました。
  • 著名人との関係:歴史小説家の司馬遼太郎も小牧山を訪れた際、この搦手口周辺を散策しています。エッセイの中で「城の背後の路地には、時代の抜け道の趣がある」と表現しました。

土塁断面展示

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

北側駐車場の片隅にひっそりと佇む施設、それが「土塁断面展示」です。一見ただのガラス張りの小屋ですが、中をのぞくと驚きます。家康が築いた土塁の内部を、まるでケーキを切った断面のように観察できるのです。盛り土の層の中に大小の石が混ざり、さらに粘土や砂が交互に積み重ねられている様子がくっきりと分かります。これは発掘調査に伴い、土塁の一部を保存展示したもの。戦国の築城技術のリアルが目の前に迫ります。「土の城」から「石の城」へと移り変わる過程にあった小牧山城では、このような土塁造りの工夫も重要でした。外からでは決して見えない城の「中身」を知ることができるこの展示は、地味ながらも玄人好みのスポット。ガラス越しに戦国の土木技術へ想像を巡らせれば、城を見る目が少し変わるかもしれません。

築造年 1584年(天正12年)※展示対象の土塁
築造者 徳川家康 ※展示対象の土塁
構造・特徴 土塁の断面(高さ約5m相当)を屋根付き施設内に保存・公開
改修・復元歴 2018年に史跡整備の一環で公開開始。強化ガラス越しに展示
現存状況 良好(常時見学可能、照明あり)
消滅・損壊 なし(展示のため切り出し保存)
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 空調設備はないため夏場は蒸し暑い。ガラスにライトの映り込みがあるので、見る際は角度を工夫

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(小牧山北駐車場内)
🚶 アクセス
前のスポット「搦手口跡」から徒歩2分(約0.1km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約3分(内部をざっと見る)
じっくり観光するなら:約10分(層構造を観察し説明を読む)

📍 見どころ

  • 土塁の層構造:土・砂・小石のレイヤーが幾層にも重なる様子がはっきり視認でき、築城当時の工夫が分かります。
  • 礎石の断片:断面の基底部には大きな玉石が敷かれ、排水や安定のための技術が読み取れます。これらは現物で確認可能です。
  • 季節限定の楽しみ方:夏の強い日差しの下では断面の影がはっきりし、凹凸が際立って見えます。逆に曇天の日は光の反射が少なく観察しやすいでしょう。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:小牧山の土塁には、信長時代の惣構(土塁)を家康が盛り土して嵩上げした箇所があり、その様子がこの断面で確認できます。
  • 知る人ぞ知る情報:ガラスケース内の土塁断面は、湿度管理が難しく苔が生えやすいため、ボランティアガイドが定期的に清掃しています。その際、ガイドだけが間近で断面に触れ合えるとか。
  • 著名人との関係:城郭考古学の権威・中井均氏もこの展示を高く評価し、「全国でも希有な試み。小牧山城が日本城郭史に果たした役割を端的に示すもの」と述べています。

井戸跡

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山城の井戸跡(木枠で囲まれた井戸の遺構)

山上で人々が生活するには欠かせない「井戸跡」も、小牧山では発見・整備されています。主郭の一角、現在は木枠で囲われた四角い穴として公開されているのが織田信長時代の「織田井戸」の跡とされる遺構です。石を組んで掘られた深い井戸は、戦国当時に飲料水を確保するために掘削されました。小牧山は標高86mと水の確保が難しい立地ですが、この井戸からはちゃんと湧水が得られたと伝わります。発掘調査では井戸の底から桶の箍(たが)なども出土し、当時の生活感を今に伝えています。現在の見学では、井戸の中を覗き込むことはできませんが、木枠の中に石組みの一部が残る様子がうかがえます。何気なく通り過ぎてしまいそうな小さなスポットですが、「ここで信長も水を汲んだのかもしれない」と思いを馳せると、城での生活がぐっと身近に感じられるでしょう。

築造年 1563年頃(永禄6年)
築造者 織田信長
構造・特徴 石組井戸(推定深さ20m以上)
改修・復元歴 2010年代に発掘、木枠を設置し遺構保護。水は湧出していない
現存状況 遺構のみ(立入禁止の木枠越しに見学可)
消滅・損壊 井戸上部は崩壊し埋没していたものを発掘
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 出土品:桶の箍、井戸枠材など展示あり(小牧市歴史館にて)

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(山上主郭内)
🚶 アクセス
前のスポット「土塁断面展示」から徒歩10分(約0.6km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約2分(場所を確認する程度)
じっくり観光するなら:約5分(城の生活に思いを馳せる)

📍 見どころ

  • 織田井戸の木枠:遺構を囲む木枠には簡単な説明板が付属しており、信長時代の井戸と分かるようになっています。
  • 石組の一部:井戸の角に石垣状の石がいくつか残っており、覗き込めば当時の築造技術の一端を感じることができます。
  • 季節限定の楽しみ方:雨上がりの日には井戸跡の底に水溜りができ、まるで井戸が蘇ったかのような光景が見られることも。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:小牧山城が廃城となった後、尾張徳川家はこの井戸を聖域として管理しました。そのため江戸時代には「信長井戸」と呼ばれ、伝説的な扱いを受けていました。
  • 知る人ぞ知る情報:井戸の出土品には、桶の金属製のタガや井戸側を掘削した際の工具痕など、当時の技術を裏付けるものが多く、市の文化財資料として保管されています。
  • 著名人との関係:ノンフィクション作家・加藤廣氏は著書の中で「信長は小牧山の井戸水で天下布武の夢を育んだ」と記し、井戸跡を物語の舞台装置として用いました。

山北橋口

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆
 体験的価値:☆

小牧山史跡公園の北側入口は、現在「山北橋口」と呼ばれています。眼の前に国道155号を挟んで北駐車場があり、公園への玄関口として整備されました。昭和2年、当地で行われた陸軍特別大演習の際に昭和天皇がこの北側から山に入られたことから、当時架けられた橋が「御幸橋」と名付けられましたが、その橋の南詰がまさに山北橋口の位置にあたります。現在、広場には「小牧山城」と大書された案内看板が建ち、背後には休憩所の建物が見えます。一帯は芝生が広がる穏やかな空間ですが、足元には徳川家康が築いた曲輪(武家屋敷地)の一部が広がっています。発掘によってこの付近からは家臣団の屋敷跡や生活用品も検出され、小牧山城の城下町が存在していたことが判明しています。今ではドライブで立ち寄る家族連れや犬の散歩をする人々で平和な雰囲気ですが、かつてはこの場所を通って多くの武将や兵が城へ向かって入って行ったと考えられます。

現在、広場には「小牧山城」と大書された案内看板が建ち、背後には休憩所の建物が見えます。一帯は芝生が広がる穏やかな空間ですが、足元には徳川家康が築いた曲輪(武家屋敷地)の一部が残っています。発掘によりこの付近から家臣団の屋敷跡や生活用品が検出され、小牧山城の城下町が存在したことが判明しました。今ではドライブで立ち寄る家族連れや犬の散歩をする人々で平和な雰囲気ですが、かつてはこの場所を通って多くの武将や兵たちが城内に出入りしていたと思うと、歴史の重みを感じずにはいられません。

築造年 1584年(天正12年)
築造者 徳川家康
構造・特徴 北側橋架け出入口(家康改修時に木橋設置)
改修・復元歴 1927年に昭和天皇行幸に伴い「御幸橋」架橋。現在は近隣に近代橋設置
現存状況 橋は架け替え済み。出入口周辺は公園門として整備
消滅・損壊 当時の橋・門は現存せず
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の北限部
備考 山北橋口(さんほくきょうぐち) 備考:小牧山の真北に位置し、駐車場に隣接する入り口です。東側の「御幸橋口」と混同されやすいですが、こちらは搦手(裏手)方面へのアクセスに便利です。

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(史跡公園北口)
🚶 アクセス
前のスポット「井戸跡」から徒歩2分(約0.1km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分(案内看板確認のみ)
じっくり観光するなら:約15分(周辺の曲輪跡散策含む)

📍 見どころ

  • 御幸橋の由緒:現地看板で昭和天皇御幸のエピソードが紹介されており、橋の名前の由来が分かります。
  • 北口休憩所:当時の兵站基地とは趣を異にするものの、現在はトイレ・休憩施設があり、観光客に優しい入口になっています。
  • 季節限定の楽しみ方:秋には周辺の芝生広場の紅葉がきれいで、城跡散策の出発点として絶好のフォトスポットになります。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:昭和天皇行幸以前、この北側出入口はただの山道でしたが、行幸を機に整備され、橋も新設されました。それが後に「御幸橋口」として親しまれるように。
  • 知る人ぞ知る情報:現在の御幸橋は平成10年代に新調されたもので、当時の木橋ではありません。しかし基礎の位置はほぼ踏襲され、往時の出入口と一致しています。
  • 著名人との関係:昭和天皇以外にも、大正天皇(皇太子時代)が小牧山を視察した記録があり、彼もまたこの北側ルートを通りました。

御幸橋口

⭐おすすめ度
 歴史的価値:☆☆
 視覚的魅力:☆☆
 体験的価値:☆

小牧山の東麓、合瀬川に架かる「御幸橋口」は、かつての大手口に相当する城の正面入口です。明治以降に合瀬川沿いに道路が整備されると、新たに架けられた橋が昭和天皇行幸(1927年)を機に「御幸橋」と名付けられました。その橋を渡った先にある虎口が御幸橋口で、土塁が折れ曲がる屈折虎口の構造が復元・整備されています。現在は木柵で囲まれた小さな木橋が架けられ、橋のたもとには「④御幸橋口」と書かれた案内板や、当時の縄張図を示す解説パネルが設置されています。敵兵がこの橋を渡り虎口に入ると正面を土塁で遮られ左折せざるを得ない――そんな攻防の舞台を、現地で自分の身体を使って追体験で広がる空堀、両側の高い土塁、曲がり角の先の見通しの悪さに、攻め手の不安と守り手の自信が感じられることでしょう。

築造年 1584年(天正12年)
築造者 徳川家康
構造・特徴 南東側正面虎口(木橋+食い違い土塁)
改修・復元歴 1927年に橋新設(昭和天皇行幸)。近年虎口形状を実物大で復元整備
現存状況 橋は現代の木橋に架け替え済み。虎口土塁は一部復元
消滅・損壊 当時の門は残存せず
文化財指定 国指定史跡「小牧山」の一部
備考 御幸橋=昭和2年に架橋。現在の橋は2代目。虎口土塁は平成期に高さ約3mで復元

🗺 住所:愛知県小牧市堀の内一丁目(東麓公園入口)
🚶 アクセス
前のスポット「山北橋口」から徒歩15分(約0.9km)

⏳ 見学の目安
短時間での見どころ:約5分(橋を渡ってみる)
じっくり観光するなら:約15分(案内板を読み堀と土塁を観察)

📍 見どころ

  • 空堀越しの橋:橋の上から真下の空堀を覗き込むと、その深さに驚きます。敵兵もこの高さに足がすくんだことでしょう。
  • 土塁の折れ:土塁が虎口内でL字に折れており、正面突破を困難にする構造が目に見えて理解できます。
  • 季節限定の楽しみ方:春には周囲にツツジが咲き、赤い花と木橋、土塁の緑が織りなす風景が楽しめます。夏は木陰が涼しく散策向きです。

📌 トリビア

  • 意外な歴史的背景:この南東虎口は本来、信長時代からの大手道に接続する場所でしたが、家康が改修する際に空堀を挟むように新設されました。
  • 知る人ぞ知る情報:2020年代の発掘調査で、現御幸橋の地下から信長期の古い橋台石が見つかりました。それは、信長時代に既にここに橋があった可能性を示唆しています。
  • 著名人との関係:1927年の陸軍特別大演習で昭和天皇が渡られた御幸橋は「昭和天皇御渡橋」とも記録され、戦後に復元された橋にはその旨のプレートが一時期掲げられていました。

関連サイト

その他のドラマの登場スポットの紹介など

秀長のゆかりの地紹介

秀吉のゆかりの地紹介

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