「SHOGUN 将軍」時代考証 フレデリック・クレインス氏 記念講演会参加 2025/8/10

雨の伊東で聞いた、三浦按針と『将軍』の物語

2025年8月10日 伊東市講演会参加記

本記事は、2025年8月10日に伊東市で開催された講演会「テレビドラマ『将軍』がつなぐ三浦按針と伊東の歴史」(講師:フレデリック・クレインス氏/国際日本文化研究センター副所長)を参考に、筆者の体験と感想を交えてまとめたものです。

雨模様の会場と講師プロフィール

悪天候にもかかわらず会場には多くの人。講師のフレデリック・クレインス教授はベルギー出身で、現在は日本在住。ドラマ『将軍』の時代考証を担当した研究者として知られています。私は自分のサイト Following the Shogun で三浦按針の人生やゆかりの地をすでに紹介していますが、今回の講演で新たな発見がいくつもありました。

特に印象に残ったポイント

1. 16〜17世紀の巨大船「カラック」――サイズ感

ポルトガルは「カラック船」(ナウ)と呼ばれる1500トン級の大型船で日本に毎年来航し、交易をほぼ独占していました。代表的な大形例では、全長およそ40〜50m、幅12〜15m級に達するものもあり(船型や時期で差はあります)、当時としては驚異的なスケールです。

2. 按針が関わった約80トン船でも“画期的”だった理由

伊東で建造された按針関与の西洋式帆船は約80トンと小型ですが、西洋型の設計により長距離航海に耐えうる点が革新的でした。これがのちの朱印船貿易の推進にも寄与し、日本の海上交易の可能性を広げたといえます。

3. 「侍」の定義は時代で変わる

戦国期までは「武家に仕える者」全般を意味したですが、幕末以降に来日した欧米人は「刀を帯びた職業軍人」と解釈。この西洋的イメージが逆輸入され、現代の日本でも定着しています。言葉の意味が歴史とともに変化する好例だと感じました。

4. 「青い目の侍」の神話化と小説群

江戸初期に侍となったイギリス人がいた――この事実は19世紀以降の欧米でロマンを帯びて語られ、多くの小説の題材になりました。イギリスで書かれた代表的な作品として、James Clavellの長編小説“Shōgun”(1975)が広く知られています。

5. 小説『Shōgun』誕生のきっかけ

クラベルはロンドンで偶然、娘の教科書にあった「1600年にイギリス人が日本に渡り侍になった」という一文に着目。そこから3〜4年かけて日本史を学び、小説を完成させたという逸話が紹介されました。

6. 1980年、アメリカNBCでテレビドラマ化

1980年にはNBCでドラマ化され、三船敏郎さんや島田陽子さんらが出演。海外視聴者に日本文化の強い印象を残しました。

7. 漂着地「網代」採用と、入浴・上陸シーンの考証

  • 原作では漂着地が架空の「安次郎」ですが、教授は実在の「網代」に置き換えるよう提案。伊東での船建造という史実との結びつきが物語に象徴性を与えるため、採用されました。
  • 脚本にあった「大名夫人が外国人航海士の前で裸になる」場面は史実的に不自然として温泉シーンへ変更。
  • 当時の日本には桟橋が一般化しておらず、大型船からは小舟で上陸するのが適切という理由で、桟橋案は撤回されました。

400年前の伊東にかけられた「架け橋」

約400年前、1人のイギリス人が伊東で西洋式帆船を建造しました。それは木と鉄の船であると同時に、西洋の知識・技術、そして人と人の心を結ぶ架け橋でもありました。講演は、歴史と現代の映像作品、地域文化の発信がどう結びつくかを体感させてくれる内容でした。

講師の著書紹介

『ウィリアム・アダムス 家康に愛された男 三浦按針』(ちくま新書)

按針の生涯と役割を一次史料と考証でたどる決定版。今回の講演内容とも重なる重要ポイントが多数含まれます。

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『戦国武家の死生観』(幻冬舎新書)

切腹や忠義、女性の役割など、戦国〜江戸初期の価値観を読み解く一冊。ドラマ『将軍』の議論を理解する上でも有用です。

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※船のサイズ・数値は代表的な参考値で、船型・建造地・年代により差異があります。

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