三浦按針(ウィリアム・アダムス)―日本初の西洋人武士の生涯

人物三浦 按針 武将紹介人物

ウィリアム・アダムスの生涯

アダムスは1564年、イングランドのギリンガムで生まれました。​1600年、オランダ船リーフデ号の航海士として日本に漂着し、九州の豊後国(現在の大分県)に上陸します。​当時の日本は戦国時代末期にあたり、徳川家康が天下統一を目指していた頃でした。​

徳川家康との関係

アダムスは家康に西洋の航海術や造船技術、天文学などを伝え、その知識を買われて外交顧問に取り立てられました。​250石の領地と武士の身分も与えられ、これが「三浦按針」としての出発点になります。​

日本初の洋式帆船建造

按針は家康の命を受けて、伊豆の伊東で日本初の洋式帆船を建造しました。​この船は海外との交易に使われ、日本の海運史にとっても大きな出来事でした。​

晩年と遺産

按針はその後も日本に留まり、家康のもとで外交や貿易に関わり続けました。​1620年に長崎県の平戸で亡くなり、同地に墓が残っています。​

ドラマ『将軍 SHŌGUN』の物語は按針の実際の人生がベースですが、フィクションとしてかなり脚色されています。​とはいえ、異国の地で武士になり、日本の外交にまで関わった実際の按針の人生は、ドラマに負けないくらい面白いです。

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